第百七十話 十六夜桃椿
元・『錬剣の試練』ダンジョンマスター『ツバキ』。
彼女自身が知る事は無いが、ツバキの元となっているのは日本の戦国時代の刀に宿った魂、いわゆる『付喪神』である。
ツバキの元となった刀は、有名でこそ無いが主人に愛された逸品であり、その銘を『十六夜桃椿』という。
ツバキの主人は女性だった。戦国の世を夫と共に駆け抜け、自らも刀を振るって戦った。夫が討ち死にした後は城で暮らす戦えぬ者達を逃がす為に兵を率いて戦い、戦場にて壮絶に散った。
主人と共に戦い、乱戦の最中にその身を折ったツバキは、何の因果か刀に宿った魂だけが世界を渡り、ダンジョンマスターとして生まれ変る。
もちろんツバキに刀だった頃の記憶などない。しかし、時折心の底から『ツバキ』と自分を呼ぶ優しげな女性の声が、聞こえる気がするのだ。だから彼女は、自らを『ツバキ』と名付けた。それが自分の名前だと信じて。
◇
国中に散らばるロボットを全て集めた巨大ロボットは、上半身が人で下半身が馬のケンタウロス型だった。
無事な物だろうと壊れた物だろうとを、手当たり次第に組み上げたその姿は異様であり、不気味である。
『オオォォ!!!! 』
雄叫びを上げるケンタウロス型のロボット。彼は、銀の鎧をまとい巨人武者となったツバキを、自らの敵と見定めた。
ツバキを目掛けて走りながら、体を形成するロボット達の一部を集めて固め、歪な槍を生み出す。歪な様相も相まって恐怖を振り撒く禍々しい槍。しかしツバキはそれを鼻で笑った。
『そのようなナマクラで! 拙者達に打ち勝てると思うな!! 』
『オオーーーーン!! 』
突き出される槍を、ツバキは刀で上に打ち払い、刃を返して上段から斬り下ろす! ケンタウロス型は人型部分の頭と左腕を斬り落とされたが、そのままツバキの横を駆け抜けた。
そしてその体が蠢き、失くした頭と左腕を再生した。
『チッ! 元がガラクタの寄せ集めだからな、失くしたモンはまたガラクタで作りやがる』
『クーマ! 』
『何だアルジャン? …………成る程な。ツバキ、切り落としたガラクタに左手を向けろ』
体の中から聞こえるジンマの声に従って、ツバキが地面に転がる敵の頭と左腕に手を向けると、闇の球が放出されてガラクタを消し飛ばした。
『また取り込まれると厄介だからな。ツバキ、どんどん削ってやれ! ガラクタ掃除はワシがやってやるわい! 』
『承知!! 』
ツバキは刀を中段に構え、ケンタウロス型は体のガラクタを集めて二本目の槍を作り両手に構えた。
『フゥー! フゥーー!! 』
『…………数の問題ではない。貴様の攻撃が軽いのは、その魂の問題だと知れ! 』
互いに走りより、斬撃を交えて駆け抜ける。
ツバキにはかすり傷一つなく、ケンタウロス型は頭と両手を失った。すかさず左手をかざすツバキ。ケンタウロス型から斬り落とされたガラクタは、再び闇の中に消えた。
『オオォォオーーーーーーーーン!!!! 』
雄叫びと共にケンタウロス型はその形を大きく変える。下半身の馬が蛇の様な胴体に変わり、その変化によって余ったガラクタが上半身に四本の新たな腕と、六本の槍を作り出す。
頭部は首から少し盛り上がった丘の様な形状に変わり、そこに四つの眼と、目の下から鳩尾にかけて縦に裂けた口が作られた。
『おぞましい。しかし貴様は、やはり解っていない』
『オオォォオ!!!! 』
『強さとは、恐ろしい姿でも、ましてや武器の数でもない』
『グボオォォオオーーーーッ!! 』
『…………その輝く魂と、曲がらぬ信念に宿るのだ!! 』
六本の槍を構え、地面を押し潰しながら迫る敵を前に、ツバキは刀を鞘に納め、頭を下げて前傾姿勢をとった。
視線を外したツバキに対し、それを好機と取った敵が、六本の槍を一斉に放つ!
しかし、槍はツバキの残像をすり抜けて地面をえぐっただけだった。
『グゴッ!!?? 』
突然姿を消したツバキに戸惑う敵のすぐ隣で、銀の輝きが煌めいた。
『秘剣・椿落とし』
それは抜刀から始まる連撃。速さを殺さず、しなやかさを持って舞う様に放たれる無数の剣撃。
それは戦国の世を駆け抜けた、一人の女剣士の奥義である。わずか数秒の間に、木に咲き誇る椿の花を全て斬り落とした妙技。
記憶はなくとも、その剣はツバキの魂に刻まれている。
『……………………崩れなさい』
『グガアァァーーーー……………………!!?? 』
ツバキの舞が終わりを迎え、その刀が鞘に納まった時、そこにはバラバラと崩れていくガラクタの姿があった。
『…………我が妹ながら恐ろしいな。アレは怒らせてはダメなやつだぞ? 』
『…………クマ』
アルジャンのモフモフの毛を撫でながら、ジンマは魔法を発動し、外のガラクタを一掃した。