第百二十九話 海を愛する悪魔『フォカロル』
「『変身』! 」
『ゲーートセーーット!! 』
海を見ながら、『森の木漏れ日』の旦那さんが作ってくれた弁当を食べた後、俺は海を渡るのに必要な悪魔との契約に挑む事にした。
「来い! 『フォカロル』! 」
そして俺が悪魔の名を呼ぶと、いつもの如く時間が止まり、空間がひび割れた。
『穏やかなるも海、荒れ狂うも海。海は生命の母であり父である。優しく包み込んでもくれるし、激しい波で全てを奪う程の、試練も与えてくれる』
「……………………」
『とどのつまりは『愛』! そう! 私は海を心の底から愛している!! 』
…………どうしよう、かなり暑苦しい。しかし、海を安全に渡るにはフォカロルの力が必要だ。…………それに。
「…………は、隼人さん! こ、これって!? 」
「メテオラ、あんまり動くな。簡単にはひっくり返ったりしないから! 」
「で、でも…………」
メテオラが涙目で俺に抱きついて来た。…………まあ、状況が状況だし好きにさせておこう。何せ俺達は今、大海原の中心で大きなビート板に乗った状態なのだ。
「…………もしかしてメテオラは泳げないのか? 」
「だ、だって僕が入れるような水なんて無かったんですよ! 」
…………そうだったな。メテオラの正体は『時空間破壊龍』だった。本来の大きさだと惑星よりデカイんだよな。そりゃ泳いだ事なんか無いわ。
『ああ、海。海!! 素晴らしき海!! 大好きだ!!!! 』
そして目の前に浮かんでいる黒いブーメランパンツで引き締まった肉体の日焼けした男。背中には鷲の様な大きな羽があるが、身につけている物がブーメランパンツだけなので変態にしか見えない。
ずっと恍惚の表情だし、本当にどうしたらいいんだこれ? 斬ればいいんだろうか? …………うん。斬ればいいんじゃないかな。
『君達! 君達も海が好きだろう!? 美しいだろう? 海は! 』
うわ、話しかけて来たよ。
「…………いや、好きか嫌いかで言われれば好きだよ? 」
「ぼ、僕は正直良く分かりませんが、海があって青く見える星はキレイだと思います…………」
「…………星? 」
…………メテオラの海は宇宙目線が基本になっているらしい。
『ふっ、なるほど。君達も海を愛する同士な訳だ! 』
「「違う!? 」」
思わずハモってしまった。何だかコイツと同類になるのは嫌だ。しかし、フォカロルの力が必要なのも事実だ。
『ならば! 君達の愛を私に見せてくれ! 』
フォカロルが体を弓なりに仰け反りながら俺達を指差した。本当にウザイんだけど。斬っちゃダメだろうか? …………まあ、ダメなんだけどさ。
「愛を見せるってのは? 何をすればいいんだ? 」
『ウム。この海は、…………誰だ君達は? 何故私の海にいるのだ? 』
「いまさら!? …………はぁ。……俺は本郷隼人。こっちはメテオラだ。フォカロル、貴方の力を借りたい」
『私の力! それは海! 』
「ああ、はい。海を渡るのにその力を借りたいんですよ」
『では試練だ! 君達の愛を私に見せてくれ! 』
「………………(イラッ)」
…………さっきと同じセリフが来た、凄くムカつくんだけど。斬っちゃおうかな本当に。
俺がイラついているのを感じたのか、メテオラが代わりにフォカロルに質問してくれた。ビート板の上が不安で俺の腕を掴みながらしゃがみ込んでいるのに、いい奴である。
「…………愛を見せるとは、どうすればいいんですか? 」
『ウム。この海は私の固有世界だ! つまり、何でも思いのままなのだ! そして今、君達にも私の権限を分け与えた! 』
「…………つまり思いのままに物を生み出せるって事か? 」
『その通りだ! 君達の相棒たる『船』を見せてくれ! 私の心を揺さぶるような船を!! 』
「なるほど、そう来たか」
「船? …………すいません隼人さん。僕は船をマトモに見た事がありません」
まあ、そりゃそうだろう。と言うか、俺だって船なんてちゃんと見た事なんかないぞ? 思いつく船といったら、多分日本で一番有名な海賊船…………。
と、その時。俺とメテオラの立つビート板が持ち上がり、形を変えていった。段々と大きくなり、その形を何だか見覚えのあるシルエットに…………!
「えぇ!? ま、マジか!? アレになんの!? 」
「…………!? え、ええ!? こ、これ船ですか!? 」
…………数秒後。その変化が終わると、俺達は日本で一番有名な海賊船の上に立っていた。
あぁ…………。何だろう、やっちまった感がある。…………いやでも、俺と同じ状況に立ったら、大体の日本人は俺と同じ結果になるはずだ。
『ほほぅ!! これは面白い! 甲板が芝生なのか! ム!? 仕掛けの数も多いな!! パドルシップにもなるのか!? 』
「凄い! これとても凄いですよ!? 部屋の中に大きな水槽がありました! 」
『ほほう、これは生け簀だな? こんな船は見た事がないな! 素晴らしい出会いだ! 』
「………………………………」
はしゃぐ二人を置いといて、やらかした感の強い俺は、遠くの方を見ていた。そして、そんな状態の俺に構わず、目の前にはフォカロルの鍵が浮かんでいた。