第百十三話 ダンタリオンの世界
ダンタリオンに付いて広野を少し歩くと、唐突に大きな屋敷が現れた。
「…………!? 幻覚か!? 」
『いやいや本物だよ。見えない様にしていただけさ。何もない光景が好きなんでね』
ダンタリオンの屋敷は少し暗い雰囲気はするものの、普通の屋敷だった。…………いや、豪華は豪華なんだが、ベルツドの屋敷や比奈の屋敷も見ているからな。感覚が鈍っている様だ。
「ダンタリオン殿」
『君はベルツドだったかな? すまないが王族とは言え人間相手にへりくだる気は無いんだが…………』
「それは構わない。私はバッバラ達がどうなったのかを知りたいだけだ」
『ああ、そうか。言ってなかったか。彼等の身体はこの屋敷の地下牢に移動させた。見るかい? 』
ダンタリオンが手をかざすと大きなウインドウが現れ、そこに地下牢の壁に鎖で繋がれて項垂れているバッバラ達の姿が映し出された。
バッバラが連れていた騎士や奴隷達も、牢屋こそ違うが同じ様に壁に鎖で繋がれている。
「…………何だこれは……。いや、それよりもバッバラ達は生きているのか? 」
『もちろんだ。殺しは私の美学には無い。私は『思考を操る悪魔』ダンタリオン。わが快楽は『操る』事にある。…………真剣に遊ぶのも好きだがね』
そう言いながらダンタリオンは俺にウインクして見せた。褐色イケメンのウインクか、誤解を招きそうだから止めてもらいたいな。
「…………それで、バッバラ達は生きているのか? 」
『まあ待て。こんな所で立ち話もあるまい? 私について来ると良い』
ダンタリオンが歩き出すと、その前にはいつの間にか二人のメイドの姿があった。
そして俺達は豪華な長テーブルの置かれた広間に通され、ダンタリオンに促されて席に着くと、ダンタリオンについていたメイドと、この部屋にいたメイドの合わせて五人のメイドが、俺達に紅茶を入れてくれた。
しかし、彼女らは一体? どこからどう見ても人間に見えるのだが、ここは悪魔の棲む魔界だ。魔界に人間? どういう事なのだろうか?
『彼女らが気になるかね? ハヤト』
「…………ああ。彼女達は人間だよな? なんで魔界に居るんだ? 」
『うん。魔界の悪魔、それも力の弱い悪魔の中には人間の悪い感情をエネルギー源としている者がいるのだが、彼等の中には、時折人間を拐って来て飼う奴がいる。彼女らは私の領地でそんな目に合っていたのを発見し保護した者達だ』
「保護? …………人間界には帰せないのか? 」
『…………残念ながら、彼女らは魔界に長く居すぎた。最早その体が魔界に染まってしまっているのだよ。そうなってしまっては、『殺して魂を解き放つ』以外に解放の術が無いのだよ』
本当かよ。と思いながらラルファを見ると、ラルファはハッキリと頷いた。
『魔界に染まった者を人間界に帰す事は可能ではあります。しかしその状態で人間界に帰せば、魔界で体に染み付いた悪魔の力が暴走します。その結果、今までかなりの数の悲しい事柄がおきました。分かりやすいのは、いわゆる『魔女』として裁判にかけられてしまう事でしょうか』
…………『魔女裁判』かよ。最後は絶対に殺されるヤツじゃねーか! 確かにそれじゃ帰せないな。それにここで働いている彼女達の様子を見ると、嫌々働いている感じはしないのだ。
むしろこの生活を楽しんでいる様に見える。ならば放っておくのが一番良いだろうな。
『…………おっと、忘れる所だった。バッバラ達の躾についてだったな? 』
「…………躾? 」
『ああ。だが、詳しい事は解らん。私は奴らに関する全てを僕に任せているからな』
「なぁ、ダンタリオン。さっきからその、私とか僕とかってのは何だ? 」
『ん? …………ああそうか。私は人間が言う所の『多重人格』と言うヤツだ。私の中に幾つかの人格が存在しているのだ。主人格が『私』で、その他は『僕』だ。私は幻覚世界に捕らえた者の事を、基本的に『僕』に任せている』
「あっ! じゃあこの前、僕と隼人さんが会ったダンタリオンは…………! 」
『ウム。あれは『享楽』の僕だな。今、バッバラ達を躾ているのは『嗜虐』の僕だ』
なるほど、だからこの前とは別人の様だったのか。人格が違うのならば納得だ。それにしても『享楽』に『嗜虐』か。感情毎に人格があるのかも知れないな。
『…………『嗜虐』の僕はサディストだが、調教の腕は良い。思考操作も同時に行うから、少し待てば別人になっている筈だ』
「…………あの王子がクズだというのは解りますが、そこまでして良いのでしょうか? 」
「何を言うのよメテオラ! アイツは本当に最低なのよ! 」
『そうだな、私が軽く思考を読んだだけでも、暴行・誘拐・強姦・搾取・殺人と、これだけ出て来たぞ? 気にやむ必要は無いと思うが。ちなみに、取り巻きや奴隷の女共も似たようなモノだったから、一緒に躾ている最中だ』
…………ろくでもないな。しかし、ダンタリオンに任せておけば大丈夫だろう。
俺達は、ダンタリオンの言う所の『躾』が終るのを、紅茶を飲みつつ談笑して待つ事にした。