少女漫画で邪魔する脇役ボブ女の仕事
「もういいのよ。行って!」
「わかった。ありがとう」
そう言って走り去る彼に涙をこらえて手を振る私。
私が少女漫画の主人公ならこの後、泣いて雪の中うずくまる私のところに彼女とは別れを告げた彼がゆっくりと雪を踏みしめて戻ってくる。
が、それは私の仕事ではない。
「行って!」と言ったら本当に彼は戻ってこない。そしてすれ違っていた彼女の誤解を無事に解いて、二人はまた元通り。
残された私は一人、学校の裏庭でベンチに座り、このクソ寒い冬の空の下、立ち上がる気力が復活するまで時を待つ。
私はいつもこうして見事なアシストばかりしている。
惹かれあう二人にとっては私なんて障害どころかマンネリ解消のちょうどいいスパイス、ただのカンフル剤だ。
だが、この絶妙な引き具合が職人技なのだ。立ちはだかりすぎると物凄いしっぺ返しを食らうことになる。かと言って中途半端で辞めてしまえば、ただいつも彼氏彼女にちょっかいをかける嫌な奴として広まることになり、学校生活上支障がでる。
小学校、中学校ときて、現在高校二年生の今も、いつも本気で人を好きになっていた。
けれど、私の恋はずっとそんな脇役の恋でしかなかった。
それも、漫画によくいる脇役ボブ女の立ち位置だった。
主人公たちの恋愛を邪魔して、結果盛り上げるが二人が無事くっついた後は一人捨て去られる。自分が漫画を読んでいるときには他の読者同様に脇役ボブに腹を立て、コメントで「ボブ女はいつもいらんことしかしない」だの、シンプルに「邪魔。」だの叩かれているのを見ては激しく同意しているのに、現実では自分がその役回りを演じているということに心から何でだろうと首を曲げる。
こうして冷静に分析できるようになるまでには紆余曲折があった。
そこに至るまでの過程を少々遡らせていただこう。
小学五年生の頃、家が近かった幼馴染がある日突然現れた転校生と惹かれあうのを眼前にしてしまい、私はとかく焦った。なんとか足掻きたい一心で、幼馴染だから知っているあんなことやこんなことを披露しマウントにかかったが、転校生の少し色素の薄い細い髪と華奢な手足がいかにも儚げで周囲の同情を誘い、私はすっかり意地悪キャラと位置づけられてしまった。
幼馴染には「そんな昔のこと、今更みんなの前で言うなよ!」と恥ずかしがるどころか本気の剣幕で睨まれてしまい、完全に嫌われた。
私だって、突然現れた転校生に横からかっさらわれて悔しかったのだ。黙って見ていられなかった。足掻き方を間違えたとは思うのだが、本能的に圧倒的不利を悟っており、真っ当に戦う思考は沸いてこなかったのだと思う。
そして周囲は美男美女の交際を邪魔する者に冷たい。これは漫画でも現実でも同じようである。
わたしは小学校の残り二年を尼僧のように静謐に暮らした。
中学生の時は、バスケ部でいつも張り合っていた同級生の男子を好きになり、友達という関係からどうしても抜け出せずにいるうちに、子ウサギのようにかわいい後輩マネージャーが現れあっという間にかっさらわれた。
隣を任せられるのはお前だけだ! 的なポジションが嬉しいのは男同士の友情であって、男女間では片思いしてしまったら負けなのである。
しかも私はいつも彼の隣にいたから、子ウサギ後輩には目をつけられ、裏でも表でもあることないこと吹聴され、勝手に悪役にされて、結果二人は燃え上がってしまった。
またもや「ナイスアシストご苦労様、私」だった。
小学生の時のことを教訓として、子ウサギ後輩にはマウントを取らず正攻法でいったのに、今度は相手の女が性悪計算女で、並みのモブには歯が立たなかった。
性悪計算女は少女漫画なら脇役のはずだが、彼(と私)が卒業するまでの一年間、きっちり付き合っていたから十分主人公だったと思う。
そんな性根も見抜けずデレデレしている彼を見て幻滅できたら楽だったのに、その後もしばらくそのデレデレと子ウサギの上目遣いを眼前に青春をバスケに費やすことになった。しかも部活でもクラスでもまたもや意地悪キャラにされて中学時代も地獄だった。バスケはチームスポーツだから、皆に嫌われた私は試合にも出られなかった。どんなに青春をつぎ込んでも、得られたものは思い出ではなく筋肉強化だけだった。
そして受験勉強のための引退により、筋肉すらもあっさり私から離れていった。
そうしてやっと高校生になり、髪型が自由になった。
ここで私は決めた。
ボブをやめよう。
大抵少女漫画で邪魔してくる嫌われ女モブはボブだ。
これまでのことはこの髪型のせいだったのではないか。
そうとでも思わないと、また同じことが起こるのではと恐ろしく、とても高校生活に足を踏み出す勇気を持てなかった。冬の頃から徐々に髪を伸ばし、お小遣いを貯め、卒業式後の春休みにカラーとデジパをかけることにした。
ところが、私は一生ボブキャラを抜け出せないことが判明した。
髪が首や肩の辺りにつくと、肌荒れを起こしてしまったのである。
皮膚科に駆け込むと、ただシンプルに髪を切れと言われ、思春期少女のささやかな変身願望は絶たれた。
せめてカラーだけでも、と染めたら余計に意地悪ボブっぽくなってしまった。
何故そんなに意地悪ボブ役に陥ってしまうかと言うと、実は私は顔も性格もそれほど悪くないせいもある。
自分で言うのもなんだが、目鼻立ちもはっきりしているし、性格も明るい。
だがその「中の上」加減が、傍から見ると意地悪ボブキャラという立ち位置に絶妙にフィットしてしまうのである。意地悪もしていないのに、とかく燃え上がった二人にとっての邪魔扱いされる。
これが「下の中」くらいだったら、恋愛事に絡まない人と見做され、ただの幼馴染、ただの友人でおさまり、三角関係にも至らなかったことだろう。
「上の中」くらいだったら、これまでの相手の内一人くらいとは両思いになれたのではないかと思う。
だが私に興味を持ってくれるのはチャラい子犬タイプか、私と同じく想っていた彼女に見向きもされなかったナイスアシストを終えた脇役男子だけで、いずれも脇役ボブが好かれるパターンの域を出ない。
しかも、私が振られたのが決定的になるや、前者は「俺がいるよ!」と慰めを装って一歩踏み込んでくるし、後者は同士として苦笑を浮かべて互いの失恋を笑い話に昇華しに来ようとする。
だがどちらもお断りだ。
振られたからといって誰でもいいなら、こんな不器用な人生は送っていない。
「中の上」だって恵まれた立場のはずだ。
だがそれをどうしても活かせない。
悪い方にしか転がらない。
勿論私が悪かった点があるのは認める。
だが意地悪を言わなくても、何故かいつも私は嫌われボブ女になってしまうのだ。
反感を恐れず、自らを正直に「中の上」と称するのも、全くいいことがなく自慢にならないからである。
そんな私の価値観を変えるに至ったのが、高校一年のときだった。
じゃんけんで負けて押し付けられた文化祭実行委員で隣の席に座った他クラスの男子と話すようになったが、彼女がいることを知らなかった。
彼については全く意識などしておらず、まだ友人ですらなかった。本当に、文化祭実行委員の仕事として話していただけだった。
それなのに、付き合っている彼女に誤解され、あっちの世界で嫉妬とその反動によるイチャイチャが繰り広げられ、第三者ですらもなく単なるモブなのに見せつけられたその時、思ったのだ。
損しかしてない。
と。
いつもいつも好きな人には振り向いてもらえないどころか悪役扱いされ、大事な青春が寺暮らし状態と化してしまう。ついには私の気持ちに関係なく、邪魔する脇役のボブを演じさせられたのだ。
それが変えられないなら他のところでマイナスをプラスに変えなければとてもこの先の人生を前向きに歩いてはいけない。
だから決めたのだ。
金をとろう。いや、これを仕事にしよう、と。
そうして私は学校の秘密探偵めいた方法を用い、百葉箱にいれられた手紙と食堂の食券三日分を受け取り、カップルまたはカップル予定者たちに近づき、邪魔な脇役ボブとしてアシストすることにした。
報酬が現金ではなく、しかも紙幣レベル未満というところに私の小物さが表れている。だからこそ安心して依頼も来るのだろう。
そして今日も他人の彼氏の背中を押し、彼女の元へ送り出して一組の仕事を終えたところなのである。
今日もいい仕事をした。
報酬も既にもらっている。明日はその食券で己の労をねぎらい、唐揚げ定食を食べるつもりだ。
だが気持ちは晴れない。
何故なら私は根が真面目なため、いつも全力で向き合ってしまい、依頼先の男子と仲良く接するうち、つい、ちょっといいな、と思ってしまうのだ。だって相手は誰かがこうして策を弄してでも狙っているくらいの優良男子なのである。
仕事だと言い聞かせてセーブしているが、それでも毎回仕事の終わりにはダメージをくらう。
だって、計画的とはいえ、自分の魅力を最大限に知らしめる努力をしているのに、結果として見向きもされないのだからそれは自分に魅力がないと自らに知らしめる結果になってしまうわけで。
全然報酬に見合ってない。
やはりこんな小物には仕事として役割をこなすには荷が大きかった。
せめて食券五日分くらいに値上げしたいが、タイミングを逸している。
仕方なく依頼があるたびに男子生徒に接近し、何組もの男女をアシストしてきたが、そろそろ潮時かもしれない。
だが、どうやって退職しましたと周知しようか。
脇役ボブ女仕事人の噂を流して依頼をもらう分には、信じた人だけが依頼するだけだからよかったのだが、逆はそうはいかない。退職したらしいと噂を流しても、それを知らない人、信じない人が依頼をしてきてしまってはいつまでも退職できない。
そんなことを考えながらぼんやりとベンチに座り込んでいると、後ろから「おい」と声をかけられた。
振り向くと、高校に入ってからずっと天敵であった風紀委員の姿があった。
「げ」
思わず声が漏れるが、銀縁メガネにきっちり第一ボタンまで留めた彼はそれくらいではもはや眉一つ動かさない。
茶髪にピアスと着崩した制服、と校則を緩く破っている私に、彼はいつもちくちくと絡んできた。
「風紀委員が校門に立ってチェックする日は第三月曜日と決まってるんだ、その日だけちゃんと校則通りにしてくればいいだろう。あとはどこでどんな格好をしてようと俺たちの知ったことではないんだからな」
とは彼の言だが、彼の言う通り、みんな普段は校則なんてあってないものとばかりにそれぞれ校則破りの格好をしていても、第三月曜日だけはそれなりに引っ掛からないような恰好をしていた。
別に「私は私のスタイルを貫く!」とか、そんな高い志があるわけでも、「校則には屈しない!」という反骨精神があるわけでもなく、単に月一回だからこそ忘れてしまうだけなのである。
今日も彼の先程のたった二文字の語調とその顔から呆れが滲んでおり、また説教が始まるのだと覚悟する。
だが矛先は想像とは違ったものだった。
「お前、まだこんなことやってるのか。前にも忠告しただろう。そんなつまらんことに時間を浪費するな」
彼は私が脇役ボブ女を仕事として請け負っていることを知っている。
前に百葉箱を開けているところを見られ、あまりの挙動不審さに尋問され、結果全部ペロリと喋ってしまったのである。
それ以来、何度かこうして忠告されているのだが、現時点では私もそうしたい気持ちでいっぱいだ。初めて何も反論せず、ただ黙っている私に、彼は片眉を上げた。
「なんだ。やっと思い知ったのか」
「正直限界を感じた。けど、辞めるって言っても辞め方がわかんないのよね」
「本物の彼氏作って学校中を練り歩けばいいだろ」
本物だろうが偽物だろうがその相手ができないからこんな仕事を請け負ってダメージを負うに至っているわけで、心底腹が立つのでスルーした。
「それに、これを辞めたら私の存在価値がわかんなくなるじゃない」
「別に誰かのために生きる必要はないだろう」
「ずっと自分のために生きてきたけど、何も得られないんだもん。どうせ邪魔な脇役ボブになるんなら、実りのない恋愛してるばっかりじゃなくて、誰かの役に立ったと思う方が報われるじゃない」
「お前がいなければ成立しない恋愛なんぞ、どうせすぐ腐る。続く奴らは、お前がいなくても続く。思い上がるなよ」
今日はいつにも増して冷たく響く。
ただでさえダメージを受けて時間と言う唯一の味方に癒してもらっているところだったのに追い打ちをかけられ、思わず涙目になる。悔しくて、それが零れないよう口元をぎゅっと結ぶと、頭上からため息が下りてきた。
背後に立つ彼には涙など見えていないはずだ。そう思いたい。
彼は、おもむろに私の髪をぱっぱと払った。
「頭に雪が積もってるぞ」
「ドウモ」
涙声にならぬよう、最低限の受け答えに留める。
続いて彼は肩の雪も払ってくれた。
涙が重たくなってきたので何も言えず、されるがままになっていると、ふぁさり、と頭上に何か温かみのあるものがかけられ、くるりと頭を巻かれていた。
「ちょっと、ぐるぐる巻きにしないでよ、苦しいわ!」
口元にかかったそれを慌てて首元に除けると、それは彼が先程までしていたはずのマフラーだった。
「見られるの嫌なんだろ」
何だそのキラーワード。
「やることがクサい……」
顔の周りを覆うマフラーが、零れかけていた涙を隠してくれているのだと気づくと、せっかく目の淵に留めていたのに、ぽろりと零れ落ちる。
「お前は、お前がいないと成立しない恋愛してればいいんだよ」
「『俺とな』とか言ったら腹の底から大爆笑するか、二歩くらい引く」
先んじて言うと、彼が押し黙った。
まさか図星だったわけではあるまい。
思わず振り向くと、彼は顎に手を当て、難しい顔をして考え込んでいた。
「いや、何であんたがそんな漫画みたいなこと言うのよ」
「俺は俺の世界の主人公だからな。ここぞというときはクサかろうが何だろうが、効きそうなセリフは言っとく」
まじか。
「いやいやちょっと待って。いつから? え、自分で聞くのもなんだけど、あんた私のこと好きだったの?」
「そりゃそうだろう。じゃなければこんないいタイミングで現れない。見かけても親指をグッと立てて通り過ぎる」
そうだ、彼はそんな奴だ。
「ちなみに去年の秋ごろからだ」
律儀な返答が返され、たじろぐ。
ということは、一年以上も、その、私を気にかけて、ええと、興味を持って、くれて? いたということになる。
いやいや心の中でまでしどろもどろになってどうする。
突然の事態に完全に動転していた。
律儀に仕事はこなすものの、大体のことはどうでもいいと思っているような彼が、まさか私をそういう風に見てくれていたとは、思いもしなかった。
確かに思い返してみれば、同じように第三月曜日に校則に則った格好にチェンジするのを忘れた生徒は他にもいたのに、彼は毎回私に突っかかっていた。毎回忘れるから目をつけられているのだと思っていたのだが、そうではなかったということか。
「最初はおまえがいつもいつも第三月曜日に校則破りしてくるから、喧嘩売ってんのかコノヤロウと思っていただけだった。だが毎回本気で忘れてたって顔してるから、ただのアホなんだなと思って、しょうがねえなと思うようになった。そうやって何度も見てたから、校内でもよく目につくようになって、いっつも勝ち目のない奴に色恋沙汰で絡んでは破れて、馬鹿だなと思うようになった」
交際ではなく決闘の申し込みがしたいのならもっと早く言ってほしい。
知らず涙は引っ込み、十六歳の少女ながら額にぴきりと青筋が浮きそうになるのをセーブする間に、彼の言葉は続いた。
「それからこなくそとばかりにそんなつまらんアシスト業務を請け負ってるのを知って、放っておけなくなった」
いつも見てた、と言われたらキモいと返すつもりで準備していたが、そのセリフは来なかった。
いいことを言われてるのに、戦闘態勢が抜けず浸れない。
「お前ももう脇役やめろよ」
「辞めたくて辞められるんだったらとっくに辞めてるわよ」
わざわざこんな苦渋舐めたいわけがない。
「お前が逃げてるだけだろ。どうせ脇役だから無理だって思ってるだけだろうが」
「核心ついてくるのは結構だけど、それなら、じゃあ、どうすればいいっていうのよ」
「だから、お前を好きになった奴をお前も好きになればいいだろ」
「それじゃ私、主人公じゃないじゃん」
「俺のヒロインでいいじゃん」
思わず鼻と口を手で覆う。
「『クサい』はせめて口で言え」
宙に「ξ」の字を書く。
「古代ギリシア語もやめろ」
一通り考えてあったことはやりつくしたので、黙って彼の言葉を考える。
確かにこれまでにはないパターンだった。
程よく邪魔して去るだけの脇役ボブ女にここまでのサイドストーリーはない。
そこで、はっとした。
それまでモブ的な、いまいちぱっとしない人生を歩んでいた主人公というのもいるじゃないか。
風紀委員が相手役になるのも主人公格だ。
ただし、短編の。
なるほど。
誰もが憧れるイケメンとか爽やかスポーツ青年でも、私にだけつっかかってくる学校一のイケメン悪でもなく、風紀委員というキャラ立ちで読ませるタイプは出オチ感が強く、連載には至らない。
予想外の相手が自分を好きだった、ちょっとなんかあって結局OKする、で短編は終わりだ。
それなら、漫画にもならないような平凡な恋愛がその先にはあるのではないだろうか。
意地悪脇役ボブ女ではない、私が心から求めたただの同級生A的なモブとしての平凡な人生がここから始められるのではないか。そう期待できた。
そんな風に心の中でうだうだと考えまくっていたのは、自分をクールダウンさせるためのちょっとした現実逃避だったのかもしれない。
これまで彼のことはそういう対象として見ていなかったはずだが、正直さっきからクサいクサいと言いながらしっかり心臓はぎゅんぎゅんに高鳴っているのであり、逆に言うともう勝手に始まっていると言わざるをえなかった。
演じることなく素で接していたのも、思えば彼だけだった。
「ありがとう。誰かの脇役は引退する。あんたのヒロインになるわけじゃないけど、私も私の世界の主人公に戻るわ」
とりあえず何と返答すればいいのかわからず、ぐるぐる巻きにされた彼のマフラーで顔を隠しながら、やっとそれだけを言う。
「それはどっちの意でとればいいんだ? わかりにくいぞ」
「わざとわかりにくくしてんじゃない」
コノヤロウ、と思いながらそう返すと、突然背後からおでこを指でぐいと後方に軽く押され、自然と顔が上向けさせられた。
「なに?!」
頭が仰け反ったせいで喉が絞られ、擦れ声になる。
彼は、はっはっはと快活な声で笑って、にやけた笑みを見せた。
「お前、言葉と違って顔は素直だから。返事、ありがとな」
それはドSのする所業だ。絶対顔が真っ赤であることを知っていたに違いない。
くそう、と心底悔しくなる。
風紀委員でドSなのはキャラが立ちすぎだ。
勝てる気がしない。
だが彼の満足そうな笑みに、手遅れを悟る。
「明日から、帰りは教室に迎えに行くから。もう依頼が来ないように、みんなに引退を知らしめないとな? すれ違いで依頼があっても、もう受けるなよ。お前、根が単純だからすぐに他の奴好きになるからなあ」
「そんなこと……!」
――あった。確かにこれまではそうだった。彼は本当によく見ている。
だが、今後はもうないと思う。
たぶん、彼を超える者はもう現れない気がするから。
「今日はこれから委員会だから、明日な。お前も雪が積もんないうちに帰れよ」
そう言って彼は、爽やかに笑って去っていった。
残された私は、上向いた額と頬の熱で雪が溶けていくのが悔しく、おもむろに立ち上がり、しばらく地団太を踏んでから帰った。
最後に一人で帰る道なのに、全然一人を感じない帰り道だった。