Episode1-7 竹取物語
御伽噺の最東端に位置する小さな町の外れにある、素朴な小屋。
こんこん、と。
歪んだ木の扉をノックすれば、乾いた音が響いた。
しかし、叩けども叩けども中から反応は無く。
不在かと思いつつノブに手を遣れば、施錠はされていなかった。
ゆっくりとそれを捻って薄くドアを開けると、その細い隙間を狙いすましたかのように何かが飛んでくる。
「あっ……ぶないな! 来訪者をいきなり弓で射る主人公なんてキミくらいだよ!」
「人が居ないって言ってるのに勝手に入るからよ。泥棒! 空き巣! 不法侵入! そもそも今何時だと思ってるわけ? 非常識!」
「居るじゃないか! なにもかもが詭弁だなあ!? ま、まあ、この時間に来訪した無礼は詫びるよ」
ハクトの額目掛けて飛んできた矢は寸でのところで避けられて、後方の森の木立のどこかへと消え去った。
むすりとした表情で嫌悪感を隠しもしない少女は小屋の奥にある、なにやら解らないものだらけのテーブルの前に鎮座する椅子にふてぶてしい態度で座っている。
奇しくもハクトと同じ兎の耳のようなアンテナが頭頂部に揺れ、月色のさらりとした髪はミディアムに切り揃えられていた。
どこか高貴さを漂わせる紫色の羽織をアシンメトリーに羽織っているものの、その態度の悪さで上品さが帳消しになっている気がするのはやや残念か。
レッドベリルの双眸でハクトを睨むと、右手に携えていた弓をテーブルへと置いた。
「あのね、ここはアタシの研究室なわけ。叡智の空間、智慧の結晶、そして発想の宝箱。あんたみたいな頭の悪そうな奴にお茶を出すような客間じゃないの。トップシークレットの塊なの。おわかり? そもそもあんた誰なのよ」
「えっと……ちょっとさすがにこの僕も若干の反論をしたいところなのだけれど。まあいっか。僕は白兎。キミたち主人公のサポート役だよ。そういうキミは……かぐや姫あたりかな?」
ハクトはゆっくりと小屋に入って少女に近寄りながらシルクハットの角度を弄りつつ声を濁らせかけるが、すぐさま普段通りの調子を取り戻すと自分の名前と立場を明らかにする。
ハクトの口にした推測を聞くと、少女はテーブルに肘をつき、頬をそれで支えた。
「ふぅん、サポート役? そう言うからにはちゃんと役に立つんでしょうね? まぁ名前くらいなら教えてやってもいいわ。アタシは莉月。その通り、『かぐや姫』よ」
訝しむような声であるものの、一応は筋を通したハクトに対して筋を通し返す、莉月と名乗った少女。
しかしその直後に、どたどたと入り口の扉が音を立てる。
「チャンスね」
そう呟いて唇を弓形に描くと、莉月は立ち上がってドアを開ける。
何がどうチャンスなのか、とハクトが質問するより前に、飛び込んできたのは小型の魔女だった。
しかしそれは近くの街に住んでいる大人しいタイプの魔女で、40cmくらいしかない身体を飛び跳ねさせるように莉月にしがみ付く。
「凶暴な魔女が出たみたい。あんた、サポート役って言うからにはアタシのこと手伝ってくれるのは当たり前よね?」
「あ、ああ……キミも、街の魔女を守っているのか。まぁそれは主人公がここで過ごしやすくするためには必要なことだし……」
「御託は良いのよ。あんたが『使える』か『使えない』のか、アタシにとって大切なのはそれだけ。付いて来なさい」
莉月のようなタイプが街を守っているのは意外だったが、街を守っているからこそこうして外れに小屋を持つことを認められているのも納得が行った。
それを口にするより早く莉月はテーブルの弓を取り上げると小屋を出て行ってしまったので、ハクトは駆け足でその後ろ姿を追う。
二人が街に着くと、そこでは大きな鴉のような魔女が暴虐の限りを尽くしていた。
小型の大人しい魔女が一生懸命組み上げた家や店をその嘴で突いて壊し、街の魔女はなすすべもなく蜘蛛の子を散らすように逃げるだけが精一杯のようである。
「飛んでるヤツはいい的。地上からは攻撃されないと慢心している馬鹿が多いから」
そう不敵に呟くと、莉月は弓に矢を番える。
月明かりが鴉型魔女の輪郭を不気味に浮かび上がらせ、莉月は鋭い視線で狙いを定めた。
風を切る音もなく、一本の矢が魔女の右目に命中する。
空中で翼をバタつかせ、コントロールを失った紙飛行機のようにめちゃくちゃに暴れるそいつを見て、莉月は小さな舌打ちを漏らした。
「アタシ一人じゃこうやって追っ払うのが限界なのよ。でも、あんたがここであいつを仕留めてくれるなら話は違う。言いたいこと、解るわね」
「あーはいはい。解りました解りました。――炎よ」
溜息を吐くと、ハクトはステッキを取り出して鴉型魔女へと向ける。
次の刹那、黒い羽毛の先端から真っ赤な炎が噴き出して、やがてその体躯は飲み込まれていった。
塵すら残さず消えた魔女を見て、街の魔女たちは物陰から恐る恐る現れる。
「さあ、これでもう安心ね。復旧作業、頑張んなさい」
「……そこは手伝わないんだ……」
さっさと小屋の方向に引き返そうとする莉月を見て、小声で呆れた声を投げかける。
それを無視してか聞こえていないのかは定かではないが、少女の足取りは軽やかだった。