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双翼のイストワール  作者: 双翼のイストワール
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Episode1-6 Den lille Havfrue

水滴が弾け、踊る。

揺らぐ水面は光を乱反射し、舞い散った飛沫がそれを拡散した。

照り付ける太陽は燦々と陽光を降り注がせ、それは帯となって海面へと差し込んでゆく。


「んん~っ……気持ちいい!」


ばしゃりと水面に顔を出した少女は、額に張り付く濡れた薄縹の髪を指先で軽く除けた。

表情は満足げで、まさに水を得た魚のようで。


挿絵(By みてみん)


すうと大きく息を吸い込むと、再び海中へと潜っていく。

水面へと降り注いだ複雑に揺れる光が煌めき、少女の輪郭を影として落とした。

水の中で自在に泳ぐ少女はさながらイルカの如く、時折近寄ってくる小魚とはしゃぎながら海中遊泳を楽しんでいる。


「……あれは。……(Den )( lille )( Havfrue)?」


御伽噺(フェアリーテイル)を巡回していたハリエットは、少女の存在に気付いた。

海で泳ぎそうな主人公(ヒロイン)と言えばだいたいの想像は付く。

おそらく彼女は『人魚姫』だろう、と推測すると、波打ち際の岩に登ってそこに座り込んだ。

声を掛けようか掛けまいか迷ったが、向こうがこちらに気付いてからで構わないと判断したためである。


そうすることおよそ30分。


「……あら? 誰かいるの?」


休憩でもしようと思ったか、少女が浜辺へと近付いて来た。

岩上に佇むハリエットに気付くと、「よいしょ」と海面からそのまま岩に登りつつ、ハリエットの隣へと腰掛ける。

濡れた髪をゆっくりと絞りながら、快活な声で質問を投げかけた。


「こんにちは! 貴方も主人公(ヒロイン)?」

「ごきげんよう。主人公(ヒロイン)と言うよりは裏方だから気にしないで。おまえ、『人魚姫』?」

「うん。私はローネ! 貴方は?」

「ハリエット。で、ここにずっと居ると危ないってことを忠告しに来たんだけど」


端的に述べるハリエットの態度に困惑することもなく、ローネと名乗った少女は顎に手を遣って思案顔になる。

しかし考えるのは得意ではないのか、次の瞬間にはぱあっと笑顔になると、両手をばっと広げた。


「私ね! 海が大好きなの! 泳いでいるととっても幸せで、だからつい飛び込んでしまって。この世界にこんなに綺麗な海があるなんて、知らなかったから」

「……ここは『早送りの海』。遊んでいたらあっという間に陽が暮れて鮫型の魔女が来るわよ。死にたくなければさっさと帰りなさい」


死、という剣呑な言葉をハリエットが出したにも関わらず、ローネはぽかんとした顔をする。

その現実味のない言葉をいまいち飲み込みきれないのか、ローネはふっと上体から力を抜いた。

そのまま少女の身体は海に投げ出されるが、水面から顔を出したローネは手を伸ばしてハリエットの腕を引こうとする。


「海はそんなに怖いところじゃないと思うなぁ。大丈夫だよ! ね、ハリエットも泳ごう!」

「いや、わたしは……」


拒絶しようとしたハリエットの言葉が形を持つより早く、その身体は水の中へ。

首から上を海面に出したハリエットは、やや刺々しい声でローネを非難した。


「強引ね。泳がないって言ってるのに」

「でも、いざ泳いでみたら気持ちいい。でしょ?」

「まったく、おまえは……」


はあ、と聞こえよがしに溜息を吐くが、ハリエットの耳が異音を捉える。

声色に警戒を滲ませると、ローネの手を引いた。


「何か来る。陸に上がるわよ」

「え? ……あ、ほんとだ」


向こうに大きな魚影が見える。

それはどうやら鮫か(しゃち)か、どちらにせよ小魚とは形容できない。

ハリエットは水を掻いて陸に上がろうとするが、着いてこないローネに荒い声をぶつけた。


「何してるの、逃げないと襲われるわよ。わたしも海中では上手く戦える自信がない」

「大丈夫大丈夫、見ててね~」


ふふん、と得意げに笑ったローネは、右手を軽く上に上げる。

すると、魚影付近の海面が急に渦を巻き始めた。

やがてそれは大きな竜巻のように海上に柱となって立ち昇ると、そのまま沖に向けて凄まじい勢いで飛ばされていく。

……どうやら、海水ごと魔女の影を遠くへと吹っ飛ばしたらしい。


「悪い子はばいばいなの! ね? これで安心でしょ?」

「……とんでもない能力ね。途方も無いわ」


くるりと振り返ると悪びれた様子もなく笑うローネに、ハリエットは掛ける言葉を失った。

強引だが確実な方法は確かに暫くの安全を保障する。

あの様子ならこちらを警戒してまた近付いてこないかもしれない。

しかし、ハリエットの表情に滲んでいた緊迫は薄れることはなかった。


「どちらにせよ、陽が暮れたら危ないわ。わたしは忠告したから。それじゃ」


それだけ言い残して、ハリエットは陸へと上がろうとする。

ひとまずの危険が去って、そしてそれについてきちんと警鐘を鳴らしたのなら、自分の仕事はここまでだと言うように。

濡れたドレスの裾を絞って水を落としながら、ゆっくりとローネから離れていった。


「うん、ばいばーい。またね!」


ぶんぶんと手を振って、少女はただそれを見送る。

太陽は少しだけ傾き始めていた。

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