Intermezzo Norræn goðafræði
わたしたちは、二人でひとつだった。
空に浮かぶ光がふたつであったように、当然わたしたちもふたつだった。
もう、届かない。
宵闇が深く溶ける森の、開けたところに鎮座する岩に腰掛ける。
そっと目枷を外せば、皮肉にも月のような色をした瞳が露わになった。
忌々しく空に輝く満月を見つめながら、ゆっくりと右手を伸ばす。
いつかはあれを追いかけて空を駆るのが日常だったのに、御伽噺に呼ばれたわたしは一人だけだった。
空を駆けるすべは失われ、醜くも大地に縫いとめられてしまう。
月を追うわたしと共に太陽を追う、姉さんがここには居ない。
太陽と月を喰らうこと。
それがわたしたちの目的だった。
しかし、わたしだけではその目的を果たすことが出来ない。
――姉さんが居れば。
何度そう思ったか。
この世界のどこかに姉さんが居てくれて、見つけることが出来れば、また二人で空を駆けられるのではないかと期待した。
しかし、いくらこの御伽噺のあちこちを巡っても、姉さんの存在を示唆するものは見つからない。
決定的だったのは、忌々しいあの兎。
あいつが何をどこまで知っているのかはわたしにも解らない。
ただ、あいつはわたしを最初から『半分の哀れな少女』と言った。
それが意味するところは、『この世界に姉さんは居ない』に他ならない。
真のヒロインなんかには興味がない。
わたしはただ、姉さんと一緒に居られるだけで良かった。
ハクトは、この世界に呼ばれた理由を理解できないわたしにとある話をした。
――この儀式は、ただの自然現象なのだと。
少女が集められて、各々の物語のために殺しあうこと。
そして、物語を完結にまで導けた少女が、真の主人公として人々の記憶に刻まれる。
くだらない、と思った。
でも、逃げられないのだとハクトは笑う。
わたしはこの儀式を円滑にさせるために呼ばれた、いわば自然現象が選んだ駒であり、盤上から降りるには死のほかにないのだと。
何故?
わたしから姉さんを取り上げて、興味もない主人公争いのサポートをしなきゃならないなんて。
でも、もし。
その主人公としての記憶を書き換えるような大きな出来事を実現するエネルギーをもってすれば、この世界に姉さんを呼び出すことも可能なんじゃないか。
突拍子も無い発想だとは思った。
現実味も無く、成功する可能性も低い。
それでも、わたしはただ姉さんのそばに居たかった。
ならば、真の主人公が決まる直前までサポートに回り、隙を見てその現象を喰ってやればどうだろうか。
主人公候補たちは、わたしを裏切り者と罵るかもしれない。
それでもいい。
わたしには、姉さんしか見えていない。
おまえたちを助けるのは、わたしの目的のためでしかない。
目枷をするのは、美しい主人公を見ないため。
月のような瞳を、見られないようにするため。
わたしにはこの鋭い嗅覚と、聴覚と、そして醜い右腕があればいい。
ゆめゆめ忘れるな。
おまえたちのことは、いつか絶対に殺す。
全員、一人残さず、余さず。
ただ、今は。
今だけは。
助けてやるのは、おまえたちのためじゃない。