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双翼のイストワール  作者: 双翼のイストワール
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Episode1-4 La Belle au bois dormant

白磁のカップに注がれた琥珀色の液体は、ふわふわとした湯気を漂わせると同時に特有の馥郁とした香りで鼻腔を擽った。

と言うとなにか特別なもののように聞こえるかもしれないが、なんてことはない、ただの紅茶だ。

紅茶を美味しく淹れるにはいくつかのコツが存在する。

それは地道で、つまらなくて、面倒なものであるが、その一手間二手間を淹れた者の愛情とするのならば、あながち馬鹿にしたものでもないだろう。


「……それでだね、トゥーリア?」


『街』のやや外れに構えられた小さなお茶会。

白い丸テーブルには二脚の椅子が向かい合わせになるように置かれており、それぞれ人物が腰を下ろしていた。

片方は、御伽噺(フェアリーテイル)における補佐役を自称するハクト。

このお茶会セットも、彼が能力を用いて異空間から取り出したものである。


トゥーリア、と呼ばれた少女は、長い睫毛が影を落としている。

静かに閉じられた瞼は一見すれば眠っているかのように思えるが、ふっくらと色付いた頬や形の良い唇は、彼女の華やかさをより鮮やかにしていた。


「はい?」

「単刀直入に言うとね、キミの物語(イストワール)は少しばかり、過酷になりうる要素が多いと僕は感じるんだ。茨の森の奥深くに眠る茨姫……キミがその物語(イストワール)をなぞる主人公(ヒロイン)ならば、必ず魔女の妨害がある」


どうやらハクトはトゥーリアの持つ物語(イストワール)の難易度について憂慮しているらしい。

言われた少女はさほど動じた様子も見せず、琥珀色の液体にひとつ口をつける。

芳醇な香りを帯びたそれは心地よい熱を持って喉を通り抜けた。


「そうですね、茨の森を掻き分けるのも大変でしょうし。そこに悪い魔女が居たらきっと、それも大変ですわ」

「……その割には緊迫感がないような気がするのは僕の思い過ごしかな?」


挿絵(By みてみん)


ハクトは頬杖を付き、トゥーリアに胡乱げな目を向ける。

トゥーリアは、戦闘もあまり得意ではないらしい。

しかし彼女の物語(イストワール)、『茨姫』は、深い茨の森に城が飲み込まれてしまうというお話だ。

そもそも眠りの呪いをかけたのも魔女であるし、その魔女がこの御伽噺(フェアリーテイル)における魔女としてさらに悪いものに変化していない保証はない。

トゥーリアはくすくすと笑みを零すと、ほっそりとした白い指で口許を隠した。


「でも、なるようになるのではないでしょうか? 確かに私は強くありません。でも、貴方が手伝ってくれるのでしょう?」

「まあ、ある程度はね。だけど、真の運命を切り開くのは、キミたち主人公(ヒロイン)本人でなくてはならない」

「ならば、お見せしましょうか。私も、なにも何の覚悟もないわけではありません」


淡い桃色の上品なドレスを乱さぬようすっと丁寧な所作で立ち上がると、トゥーリアは傍らに立て掛けていた糸車の紡錘型短剣を手に取る。

その真意を汲みかねたハクトが「トゥーリア?」と彼女の名を呼ぶが、瞼を閉じたままのトゥーリアの気持ちを推し量るのは少し難しかった。


「確か、ステッキを使いましたね」

「え? あぁうん、そうだけど」

「なら、そこから私に襲いかかってみてください。攻撃を受け流すくらいならば出来ると、お見せしましょう」


その言葉を飲み込むのに、ハクトは数秒の間を要する。

凛と立ったトゥーリアのミルクティー色の髪が風に揺れた。

はて、どうすべきか――と思案したが、おそらく、トゥーリアがそうしたがるのであれば拒否したところで終わらない。

やれやれと肩を竦めると、ハクトも立ち上がってステッキを取り出した。


「キミ、それで見えてるの?」

「見えていますわ」


にこにこと微笑む彼女に、本当に襲いかかって良いものだろうか。

逡巡を帯びた眼差しを向けても、トゥーリアにそれが見えているのかいないのか判然としない。

まあ、なるようになるしかない。


ハクトはステッキを握る手に力を込めると、袈裟斬りの要領でトゥーリアにそれを振り下ろした。


――カン!


高い金属音が響く。

トゥーリアの持つ紡錘型短剣は的確にハクトのステッキを受け止めていた。


ならば、と数度角度を変えて振り下ろしたり、突きを放ってみたりする。

そのどれもをトゥーリアは皮一枚ながらも避けたりいなしたりして、なるほど確かに受け流すくらいなら出来るという言葉に偽りはないようだ。


「……やめよう、トゥーリア。解ったし、キミも疲れたろう?」

「……そう、ですわね。はい、口ではああ言いましたが、やはり私は戦いが得意とは言えないかもしれません」


数度の応酬であったが、トゥーリアの身体に張り詰めた緊張が少しずつ深くなっているのを見逃すハクトではなかった。

トゥーリアは戦えないわけではない。

しかし、得意なわけでもないのだろう。


「キミはキミらしく、無理せずに自分の出来ることをしたらいいのさ。喉が乾いたよね? さ、お代わりを淹れてあげるから、座りなよ」


ハクトはステッキをぽんと宙に放る。

幻のようにかき消えたそれの次に手に持たれていたのは白磁のポットで、静かな動作でカップに新しい琥珀を注ぎ込んだ。


トゥーリアは眉尻を下げながら笑って、ハクトの言葉に頷き腰を下ろした。

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