軍人
今回は視点の違うお話
すっかり夜も更け、辺りが松明で照らされる時間。エストリア帝国帝都にある闘技場に、剣戟の音が甲高く響き渡っていた。音の主は、精悍な顔付きをした軍人と無機質な瞳の軍人だった。
カランカラン、と弾かれた剣が闘技場の隅に落ちる。喉元に剣を突き付けられた男は、楽しげに笑いながら両手をあげた。
「参った、参った! 全く……お前には勝てねえな、ヴィルヘルム」
「それほどでもない、リオネルが後一歩速ければ私は負けていた」
銀髪に琥珀色の瞳を持つ、ヴィルヘルムと呼ばれた男は無機質に答える。だが、リオネルはそれに気を害した様子もなく、そうか、とからからと笑った。
二人は共にエストリア帝国の軍人だ。軍の保有する闘技場は軍人達の鍛練する場であり、こうして個人個人で武を鍛える場でもある。リオネルはヴィルヘルムを伴ってよくここへ来るが、それはヴィルヘルムという男の持つ摩可不思議な魅力に惹かれてだった。
王ではないのに、誰よりも王に相応しく見える。誰かに何かを与えるのが得意で、それは時に危ういとすら思える。しかし、真実迷える子羊を導く太陽に見えていたのだ。だからリオネルはヴィルヘルムと共に時を過ごす。
落ちた剣を拾ったリオネルは、ヴィルヘルムを見やる。
「なぁ、お前。夢はあんのか?」
「夢、夢か……」
「そうだよ。ルーセル伯爵家の養子とは言え、お前だって元々はフリューリング王国の王子だったんだろ?」
何とはなしにリオネルは言うが、フリューリング王国はもう17年も前に滅んだ王国だ。遠縁であった事を理由にルーセル伯爵家に引き取られたものの、かつて王子であったヴィルヘルムは今となっては一介の軍人に過ぎない。
しかし、ヴィルヘルムには夢があった。それは広大な夢が。夢物語と一蹴されかねないようなものではあったが。
「…………世界を、ただ一人の王の許に統一したい」
これにはお気楽なリオネルも目を見開いた。
「お前……世界を、って…………」
「ああ、分かっている。だが、それでも争いのない世界にしたいからこそだ。私のような戦災孤児を生み出さないためにも、世界を統べねばならないとすら思う」
リオネルは笑わなかった。ヴィルヘルムの瞳はいつも空虚な色ばかりだったのに、今は力強い意志が宿っていたのだから。