8- 俺は悪くねぇっ!
そこは雨の降り続ける町のエリアだった。
雨に揺れる麦穂に心奪われる。
「……あんなふうに雨に打たれても、根を貼りつづけられる。そんな人に私はなりたい」
人生に打ちひしがれた私は、しめじめと、牛馬のいる家畜小屋に三角座りで座っていた。
ロゼに飛ばされた先は近くの麦畑だった。
のそのそとここまで歩いてきたが、そこまでだった。
ロゼッタが転送した時、自分で思う以上にショックを受けていた。
初めてロゼッタとゲームをしたのはもう覚えていないくらい前の事だ。
それ以降、ロゼッタがレインクライシスに私がライムワールド、それぞれ別のゲームにのめり込んだ時でさえ疎遠になる事はなかった。
喧嘩なんてのは星の数ほどしたが、それでも結局、友達を続けていた。
裏切られたとは少し違う。期待しすぎた自分への自己嫌悪。誰かをあてにしすぎたツケ。
どうしようもなく、どうしたらいいのかわからなかった。
放っていたら治るかもしれない。もう、それにかけるんでいいのではないか、そんな風に考えていると何もやる気が起きなかった。
「麦は湿害に弱い作物なんです。雨しか振らないこのエリアで育つわけないんですよね。全部枯れますよ。私みたいに…………へっ」
ふと、どこかで見たことあるような気がする少女が座って遠くを見つめていた。
薄いエメラルドグリーンの髪と瞳。
露出の多いゴスロリちっくな服装。
そこはかとなくメンヘラっぽい感じがするその姿は雨に濡れ、哀愁が漂っていた。
声をかけてきたのか微妙だったが、何も言わないのもどうかと思い口を開く。
「そこはほら、設定だし……」
これだよ。出た言葉にこれ黙ってた方がよかったなと心の中で評価をつける。
「設定…………設定が悪いんですかね」
「さ……さぁ?」
「私、思うんですよね。こういう人が生きてる描写をしないゲームの設定て、どこまでいってもチープなものしかないんじゃないかって……」
なんかこの人いきなり、色んな所に喧嘩売った気がする。
「雨で育つ麦って設定なのかもしれない」
「…………ワカメの親戚だった説ですか。ま、このエリアのゲームはアマゾソレビューが星ニだったんで、そんな事考えてなかったんたでしょうね」
「やったことあるんだ」
「NCVRで始めて買ったゲームだったこともあって、好きで、好きで、すごくやりこんだんですよね。やりこんだ後、こんな素晴らしいゲームがなんで星ニなんですかって思ったんですよ」
「大概……ネットのレビューなんて、そんなもんだから気にすることもないだろ」
「ううん、そうじゃないんですよ。ストーリーは全体で見たらちぐはぐでも、終わりはそれなりに奇麗だったし、ゲームのシステムも使い古されたものではあっても楽しめたんです」
「それじゃ……」
「比べられたんです。ライムワールドに……」
「……」
あの頃のゲームはライムワールドが最初期に出たこともあって、比較対象にされたゲームは評価が低かったというのはある。
ただ、それだけNCVRに期待が寄せられていたという面もあるのだろう。
「ライムワールドは私の好きで、好きで、たまらなかったゲームの上位互換だったんです。というか、このゲーム、かなり意識して作られたんでしょうね。ぶっちゃけ、パクリっぽいとこありましたし、そりゃ、星も低くなりますよ……」
「なるほど……」
「でも、好きだったんですよね。……だから、こうしてアンノウンで嫌な事があると、つい、ここに来てしまうんです」
「嫌な事って?」
「あー」と微妙な顔をした少女と目が合う。
「聞いちゃいますか、いえ、まぁ……隠すほどアレな話ではないんで、聞いてもらえますか、逆に。……実はですね……顔ばれしちゃいまして」
「…………ん? 顔ばれってリアルの?」
なんか最近、似たような事があったような気がした頭の中で検索をかけてみると引っかからない。
「はい、そうです。それも……フレンドが見ている前でしたんで、ちょっといざこざが起きて、色んな人に迷惑をかけてしまったんですよね」
「………………………んんん?」
なんか検索に引っかかった気がする。
「それでアンノウンの引退もやむなしかなって思いまして……」
「……ま、まぁ、よくある話ではあるし……もしかして、生配信とか……?」
「よくわかりましたね。友達に勧められて少し……たいした人数ではないんですが、応援していただい方もそれなりにいらっしゃいました。感謝しています」
「顔ばれって、事故とかじゃなく、やられた感じのやつですか?」
「はい、プロテクトを頼んでいたんですが、相手の方が上手だったそうです」
やばい。
「……復讐とかは」
「少しも考えなかったと言えば嘘になりますが、全て私の至らなさが原因です。無意識のうちでも何か気に触る事をしてしまったんでしょう」
「…………あ、はい」
やばい、覚えがあるはずだよ。
テトテトニャン。
テトテトニャンだ。
テトテトニャンでした。
猫耳がなかったから気づかなかった。
気づいてしまえばなんかすごく申し訳ない。
というか、聖人かよこの人。
「最後の見納めかなってここに来たんですけど……まさか、先に人がいるとはって言う感じですね」
アンノウンには無数のエリアがある、だから人気の場所とそうでない場所が生まれるのは当然の結果だ。
それこそ、自分一人しかいないエリアというのも時折見る。中には懐かしいゲームのスポットとして人気を集めている場所などもあるが、大半はそうではない。
そんな場所で一人で座るテトテトニャン。
その姿に自分を重ねてしまう。
「そんなに……あっさり、やめてしまうんですか……」
私らのせいですけどね、本当に申し訳ない。
いざ面を合わせると、つい、敬語が出てしまうくらい申し訳ない。
なぜあの時、ロゼッタを滅ぼしてでも止めなかったのか後悔が滲み出す。
「ゲームくらいは楽しかったな……って感じに終わらせたいじゃないですか。きっと、ここから先は辛いことしかないと思うんで……人生みたいに」
無理して作った笑顔がすごく重い。
「…………だったら、もう少しやるべきことがあるんじゃないですか?」
「え?」
「最後くらい、奇麗に終わらせなきゃ……楽しかったで終わらせられないでしょうが。今のままだと、嫌いなまま終るんじゃないですか?」
どの口が偉そうにほざく。
やめることすらできない分際でと自嘲してしまう。
「……でも、どうしたらいいか、わからないんですよね。それこそ、ライムワールドの時のルル様みたいに開き直れたらいいんですけど……」
「…………ソ、ソウダネ」
ルルも一度、ライムワールドで顔ばれしてるし、実は本人だとバレているのではないかという可能性。
油断させて後ろから刺されそう。
とかそんな事はなく、少し困った顔をしていたテトテトニャンははにかんだように微笑んだ。
「憧れだったんですよね。ライムワールドの時のルル様」
「……へ、へぇ」
「本気でゲームを楽しんでて……私もあんなふうになりたい、そう思わせてくれる人でした」
少し、引っかかる物言いだった。
「……今のは違う?」
「今のルル様は超然としてて……なんか不思議とライムワールドの頃みたいに憧れたりはしないんです。まぁ、今は配信とかしてないんで、よく分かんないってのもあるかもです」
「そう……なんだ」
言われてなんとなく気づく。
確かにあの頃は、ルルを演じるのに必死だった。
髪型も服も、性格も、全部、自分の理想に近づけるために努力した。
ルルはああ見えて優しいから、色んな人のピンチを助けた。
ルルは最強だから、大会にでて優勝した。
ルルは心が強いから、どんなピンチも跳ね除けた。
ルルは私を救うヒーローだったから──。
いつからだろう。
そんなルルでいることが当たり前になったのは。
「……なんか、話したら少し元気がでました。もう少しだけ頑張ってみます」
「あ、ああ……頑張って…………応援してる」
「…………ッ! ありがとうございます!」
何を思ったのか満面の笑みを浮かべ、ご丁寧にペコリとお辞儀をして去っていく。
その姿には迷いがなく。
まさしく。
「…………ネカマなんだよなぁ」
無論、私が言えた義理でなはない。
ふと、立ち上がろうとすると、ポーンという音と共にフレンド申請が送られてくる。
送信者、ガロ
「いいタイミングで送ってきやがる。ま、ああ言った手前、もう少し……頑張るしかないな」