5- 全てを脱ぎ捨ててでも、守りたい。守りたい?
ライムワールドは万人が認める神ゲーである。
神経接続型バーチャルリアル、いわゆるNCVRの開発元が実績ある企業と提携し世に出したそれは、それまでVRゲームの課題とされてきた全てに答えをだした。
簡潔に完成されたインターフェイス。
ありのままの世界をスキャンする事で作成されたハイグラフィックのオープンワールド。
乗り物、クエスト、成長要素を始めとした、これまで培ってきたMMO技術の総結集と言っても過言ではない多様性。
そして奇跡とも呼べる数学的に完璧かつ、面白さが最大限に発揮されるバランス調整。
世界初のNCVRのMMORPGでありながら、ライムワールドは新しい時代の頂点であった。
NCVRをやるのならばライムワールドをやらない理由はない。
そう言われるくらいに輝いていた。
完成された未知の世界。
冒険も、出会いも、何もかもが新鮮でありながら、どこか懐かしさすら漂う。
かつてRPGをプレイした誰もが求めていたゲーム。
それが妥協のない形で、現実になった。
全てのゲームはライムワールドを生むために生まれたのだと、そう思えるほどに完成されていた。
だから、初めてライムワールドにふれたとき。
この世界でなら、別の誰かになれる。
そういうロールプレイができると思ったのだ。
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そこは草原だった。
何処までも広がる世界。
緑の大地は風と共に走り、やがて大きな海へと至る。
その海の向こうには小さな島が見えた。
天を貫くような山々の先には雲がかかり、その周りをドラゴンが飛び交っている。
忘れるはずもない。
ライムワールドの始まりの大地。
これからの冒険を感じさせる全てがそこにある。
あってしまった。
ライムワールドのマップ。
それまでアンノウンで発見されていなかったものの一つ。
そこで私は倒れていた。
「裸で」
その姿はリアルのそれだ。
ステータス画面を見れば全ての数値が1に揃っている。言うまでもなく初期値である。
そして、プレイヤーネームの欄には慣れ親しんだ名前はなく。
──クソプラナリアゴミムシ菌。
「ふっざけんな……小学生の嫌がらせか! あいつ……ルルを……私のルルを……許さない。絶対に……許さない!」
コンソールはまともに動いているのでログアウトしようと試みボタンを押す。
だが、一分、二分といつまだたっても、動く気配はなかった。
外部ツールに繋げようとするも、アンノウンに弾かれているのか応答がない。
未だに謎の現象は何も終わってなどいないのだと、そう告げていた。
「クソ……今どき、ログアウト不能のデスゲームとか……馬鹿らしい」
ふと、アイテムの欄を確認するがレアアイテムはおろか消耗品の一つも存在しない。
「クッソ! クッソ……! せめてライムの……あの剣だけは残してくれよォ!」
一番に思い入れのあった武器に思いをはせても帰ってくるものはなく、数秒茫然としてしまう。
考えがまとまらずそれでも何かをしなければという思いで立ち上がる。
「とりあえず……歩くか、裸はまずい」
最も近いランドマーク、古びた教会に足を向ける。
ライムワールドそのままだったら初心者用の防具があったはずだ。
そんなことを思い出していると、こんな状況だというのに心のどこかでわくわくしている自分がいた。
それはライムワールドを始めた時の、全てが未知で、新鮮だった頃に似ていたからかもしれない。
そう遠くない、歩いて5分くらいの場所。
木々に囲まれながら、古びた教会は佇んでいた。
丸石を並べて固められた壁は半分崩れており、屋根にも大きな穴がいくつも開いている。
その中でも一際大きな穴、数えきれないプレイヤーが投身自殺をおこなった所から、光が差し込んでいた。
それは、中央に立つ石像の周りを照らす光だ。
神聖で幻想的な光景。
始まりの女神フラクタの石像。
跪き空へ手を掲げる女性。ライムワールドを構成す七十ニ柱の神々の一柱。
その石像の裏に宝箱が──
「ぇ……!?」
目が合う。
「ファッ……!?」
人間だった。それも女性。
あまりにも突然、人に出会ってしまったから咄嗟に飛び退き、空手っぽい体制をとってしまう。
裸で。
互いに思考が停止していた。
「ぅぁぁ……うあぁああああ!」
停止していた車が急発射するように、頭が一気に回転する。
そして、この状況から導き出される最適解。
大事な部分を隠して逃げる。
しかし、無理な体制で体を動かしたせいか、苔で足を滑らせてしまう。
気づけばボテッと正面から無様にこけていた。
痛い。
静寂があたりを支配する。
「プッ……ハハハ!」
そんな笑い声がいやに響いた。
普段なら絶対しない失敗に、恥ずかしさと情けなさで死にたくなる。
俯いたまま、なんとか立ち上がろうとして、頭の上に何か乗せられる。
「はい、何か知らないけどコレとりにきたんでしょ」
それは革でできた服だった。
まさしくこの装備を求めてきた訳だが。
「あぁぁ……ぁりが……とう」
上ずった声をなんとか外に出しながら受け取る。
相手は最初はキョトンとしていたが、ニコリと笑い振り返る。
「どういたしまして? 後ろ向いてるから、とっとと装備しちゃってよ」
いそいそと装備する。
服を着ると、人間として大切なものを少し取り戻した気がした。失った分はかなり大きいが。
改めて石像の方を見ると少女が微笑んでいた。
「いやー、まさかここに人が来るなんておもってなくてさ、びっくりしたよ」
肩辺りで纏められた薄く淡い青の髪、どれくらいモデルを弄ったのか、大きい瞳に長い睫毛、均整の取れた顔立ち。
しかし、装備は初期の方で作れるものばかり。
「私だけの秘密の場所だと思ってたのに、ちょっと残念。実は有名だったりする?」
「い、いや……ちが……」
「そっか、よかったー。あたしはソラ。あなたは?」
「ル……ル」
「ルル? あー、ルル様かー、ルル様にあやかっちゃた口かー。有名人だもんねー」
あやかったってなんだ。
そう言ってやりたいが、口が動かなかった。
いつもと違う、いやいつもが違った。
いつもはルルがやっていた。
自分はもう、ルルじゃないのだから、できるわけがない。
なぜか、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
「それで、なんで裸でこんなところまで? 新手のPKでもされた? ダメだよ、そこらへんは自前でプロテクトかけなきゃ、まとめて取られちゃうって、wikiにも書いてるよ」
「いや……ちが」
プロテクトぐらいかけている。
そしてwiki のプロテクトはすでに抜かれ方が出回ってる。
とはいえ、いったい自分に何が起きたのかなんてわからない。
「あー、じゃーアレか、お楽しみでしたか。若いっていーねー」
ニヒヒと奇妙な笑い方をするソラ。
MMOで女の子から、おっさん臭いセリフがでるとネカマを疑う。そして悲しいことにだいたいの場合あってる。
「どうしてそうなる。私は……」
「私は? ん? 何? 続けて?」
ホラホラとせかすようにソラは手招きする。
急に何も言う気がなくなってしまう。
「なんでもない……」
「だー。なんだよー。コミュ障? コミュ障なの? それじゃ、私の中じゃ裸で歩くただの変態だよー? いいのー?」
それはかなり抵抗がある。
とはいえ別段、隠す必要があることでもない。話したところで何かデメリットがある訳ではないだろうし、話すたびにころころと百面相をするソラは話しやすく、つい事のあらましをほとんど話してしまった。
そのうちに慣れてきたのか普通に喋れるようになったのは怪我の功名だ。
喋りながら自分の身に起きたことの再確認をする。
話し終えた後、ソラは非常に渋い顔をしていた。
「んー。じゃあ、ルルはルル様で、ルル様じゃなくなっちゃったと。そんでもってログアウトできない……」
悩んだすえ、バッと頭をあげ、その中が空っぽで笑うソラ。
「なんかたいへんだったんだねー」
「あんたに話したのは時間の無駄だった……」
「わー冗談! 冗談だってば! 場を和ませるソラさんの小粋なジョークだよ!」
こほんと咳払いをしてソラは仕切り直す。
「とりあえず、このエリアから出て、自治会の人に話すのはどう?」
自治会とは実質的な運営のいないアンノウンにおける、ブレイヤー同士の相互互助を目的とした複数のギルド連合である。
治安維持をしたり、技術的な相談にのったり、イベントをしたり、不正ブレイヤーのPC を再起不能にしたり、悪質な嫌がらせ行為への報復措置を行ったり、一応バグの情報収集なんかもやっていたりと、その活動はギルドという枠組みを超えて多岐にわたっている。
しかし、その実態はリアルマネートレードの相場操作を生業するネトゲヤクザだ。
何せこの自治会の幹部、大半がネルドアリアのトッププレイヤー。
古今東西いずれも類を見ないレベルに血も涙も金も人生すらも吐きつくした畜生の中の猛者たち。
ゲームにリアルマネーを積むのに一瞬の躊躇もなく、そして、それを支えるだけの財力を持っている。
相手を蹴落とすためならばどんな弱みも突き止め、リアルマネーと合わせて敵ギルドのプレイヤーすら課金したと豪語する。
総じてある種のサイコパスのような精神構造を共通して持っている。
世紀末と化したネルドアリアでトッププレイヤーでいたとは、つまりはそういうことなのだ。
そんなやつらが自治会なんてのを立ち上げたのは慈善活動であるはずもなく、システムで得られない支配欲と体のいい大義名分を求めた結果でしかない。
ゲーム内でリアルの真似事をする、哀れで救えない奴らだ。
そしてだ。
そんな自治会を頼る?
「……ないわー……」
「えー、もしかして相談するのが恥ずかしいとか? 解るよー! 私もね、初めて救急車に乗るときなんか緊張するかもって思ってた! でもね! それどころじゃなかったから! 今きっとそんな感じでしょ!」
「なにいってんだあんた……。……自治会なんて頼ったら良くて泥沼……悪けりゃアイテム扱いだ。誰が頼るか、あんなクズども」
「アイテム扱いとかクズとかって、そういう事いうのいいくないよー」
人差し指を立ててノンノンと首を振る。
「……いやいや、それはあんたがあいつらを知らないからだろ」
「そりゃ、知らないかもしれないけど。人の悪口を言うとね、相手の事を嫌いになるし、巡りめぐって相手からも嫌われる。だから、いいことない!」
「……うわ。うざっ…」
こいつとは根本的なところで合わない。
人間の根本が善であるかのような考え方。無知であることをいいことに、他人をドツボに引き込む。
正直、嫌いなタイプだ。
「この装備ありがと、もういいよ。私は行く。これまでの話は忘れて」
「じゃ」と軽く手を上げて、足を動かし脱兎のごとく、全力で疾走する。
その様子をポカーンとしていたソラははっとしたように、声を上げた。
「あ、ちょっ! 急にどこ行くのさー! ちょっとー!? まって、このエリアは──!?」
何か叫びながら追いかけてくるが、引き離すのは苦ではない、何せここはライムワールドが原型のエリア。
もはや第二の故郷と言っても過言ではない。
草の配置から、雲の動きまで、全て親の顔より見た光景だ。
全力で走れば、人を一人、撒くのにそう時間もかからなかった。