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31- もがれる翼の断末魔




「お久しぶりですね」


 そうお辞儀した緑髪をしたテトテトニャンは舞台で見たことがある笑顔そのままに微笑んでいた。


「なんだそれ……お前が今回の黒幕とでもいう気か?」


「ええ、少なくとも彼らを操っていたのは私です」


 上空から落ちていく黒い塊を見つめながら、テトテトニャンはあまりに堂々と、そしてはっきりと答える。

 それが逆に不気味で思わず武器を握りしめる。


「……そうか」


「あ、いえ、戦うとかそういうのは苦手というか、私自身にそういう機能は排除されていますので。そう警戒して頂かなくても何もできませんよ」


 その言葉を信じるかどうかは別として、これまでの戦闘経験からか向き合った時に感じる敵意のようなものはテトテトニャンからまるで感じる事ができなかった。


「じゃあ、お前は……いや、そもそも、亜号には自我がないって……」


「そうですね、私は亜号といいましても。初期に生まれて投げ捨てられた自我、その残骸の、出がらしの、そのまた寄せ集めみたいなものなのでして。そうですね、まぁ、はっきりと言うならバグですね」


「……バグ?」


「はい。アイさんは否定しますけど、バグです。存在自体が誤りだった、自らを消し切れなかったAIの残骸……それが私です」


 ネルドアリアのAIたるアイはこの世界にバグはないと言っていた。

 あの時、過剰なほどの反応を見せたのはテトテトニャンの事を考えていたのかもしれない。


「ただ、元を正せば亜号の統括AIという存在ではあるので、多少の干渉はできるんですよね。だから、本来は、亜号が暴走した時のストッパーとして残して貰っていたんです」


 そのストッパーが効かなかいどころか、暴走したからこんな様になってしまったと。

 ただ、ストッパーがあったからこそ、亜号についてアイはあまり重要視していなかったのか。

 聞いている感じ、テトテトニャンとアイは仲が良かったように感じる。


「……アイを裏切ったのか」


「そういう事になります。とはいえ、薄々気づかれてはいたので少し細工が必要でしたが。存在理由が相いれなかった以上、こうなったのは仕方の無い事なんです」


「存在理由?」


 亜号の元がウイルスとして、ライムワールド、ネルドアリアを攻撃するといった存在理由だろうか。


「世界を繋げる事です」


「……ああ」


「ライムワールド、ネルドアリア、レインクライシス、他の様々なゲーム。それらすべての世界が一つになれば、それはきっと、とても面白いものになる。そういう願いを込められて作られたのが私、亜号です」


 納得してしまう。

 亜号はロゼッタが作ったAIだ。ロゼッタの影響を受けているに決まっている。

 おそらく、テトテトニャンと会った時、リアルの話をしたがアレはロゼッタが好きだったRPGの話だ。


「……いや、でもネットアイドルとかやってただろ」


「はい、アイさんのご厚意で趣味でアイドルの真似事などをさせて貰ってました。まぁ、それも暴かれてしまいましたが」


「そうだよ。お前はロゼに身バレさせられて……まさか、それもロゼッタの自演だったのか?」


「いえ、それは本当に偶然だったんですよね。マスター……ロゼッタさんがハッキングしてきたので、慌ててダミー用にあったデータでCGを作ったんですが、後から気づかれてしまって……」


「そこから協力したと」


「少し語弊がありますが。ロゼッタさんは私の存在理由を肯定してくれたにすぎません」


 ロゼッタを庇っているのか、それも元々、ロゼッタが亜号を作ったわけで、マッチポンプじゃないか。

 とはいえ、そういう風に作った責任感とかもあったのかもしれない。

 テトテトニャンの腕の中で横たわるロゼッタを見てため息をつく。

 本当にこいつは面倒事しか起こさない。


「……さて、名残惜しいのですが」


 そう小さくテトテトニャンが呟き、目をつぶる。

 その行動の意味がわからず、呆然としてしまう。

 ロゼッタが消えていった。


「……何を!」


「心配いりません。強制的にログアウトさせただけです。そろそろ……お別れのようですから」


 突風が吹く。

 砂煙の先、テトテトニャンの後ろに見知った巨体が着地していた。

 青白い鱗、日に浴びたように輝く翼膜。


「無空竜……」


 なんでここに立っているのか。

 アイは無空竜を扉の守護者と言っていた。おそらくアイの味方だったのだろう、ならばやる事は一つだ。


「あなたをあの場でどうにかできなかったのが私の敗因ですかね。幕引きくらいは自分でさしてもらえませんか」


 そうテトテトニャンは一瞥し無空竜は小さく唸る。

 それを了承と受け取ったのか、こちらに向かって何かを投げてくる。


「これをどうぞ」


 慌てて手の中に入って来たものを確認する。

 それは腕輪のような銀色の何かだった。


「……なんだこれ」


「優勝賞品ですよ……これから先、使う機会があるかは知りませんが。何かの記念くらいにはなるのではないでしょうか」


 名前を確認すると確かにチェンジリングだった。

 今更、手に入った所でどう使えばいいのか。

 そもそも、そこら辺にいるだろうAIルルはどうなっているのか、誰も気にしないから場所すらわからない。

 きょろきょろと辺りを見回すと、苦笑を浮かべたテトテトニャンと目が合う。


「彼女ならずっとあなたの隣にいましたよ」


 テトテトニャンはただ、そう笑っていた。

 悪意など欠片も感じないのに、その笑みはあの銀色の複眼から感じる視線のソレだった。

 粘つくようなあの視線。

 それを悪意と取っていたが、実際に目にして見ればもっと複雑なものだった。


「では、さようなら。そして、ざまぁみろ、憧れの人」


 そう言い残し、笑顔のまま粒子の粒のようにテトテトニャンは消えていった。

 まるでそこに何もいなかったのように、事を起こした張本人たちは忽然と消えてしまう。

 その呆気ない幕引きに少しの間、茫然となった。


 他に誰もいなくなってしまったので、無空竜を見る。

 無空竜は何を思ったのか咆哮を上げる。

 その轟音があまりに近かったので思わず耳をふさごうとしてしまう。


 戦闘にでもなるのかと思ったが。

 そのまま翼を広げて空へと飛翔していく。


「あ、おい!」


 手を伸ばすが届かない。

 無空竜は空へと遠ざかっていく。


 やがて、その姿は光に包まれた。



 そして世界が崩れていく。



 まるでこれまでの事を否定するかのように、大地が裂け、空からの強い光が全てを照らす。


 ノイズが走る。

 キィンと言う音が響き、やがて音すら感じなくなる。

 平衡感覚を失い何かに掴まれた。


 どこか懐かしい感覚、それに身を任せる。


 どれくらい時間がたっただろうか。ゆっくりと五感が戻り、再び目を開けた時。


 そこは白い世界だった。


 どこまでも続く白。


 どうして白なのか。


 そんな違和感を抱きながら、仰向けに倒れていた体をなんとか起こす。

 それを見ていたのか、目の前に座っていた人間がゆっくりと立ち上がった。


「やっとお目覚めか」


 その声。その姿。

 最初に出会った時を思い出す。

 まるで、あの時の再現のように。


「さぁ、決着をつけようじゃないか」


 AIルルがそこにいた。




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