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21- わ、わ、わ





 雨が降っていた。

 赤いサイレンが鳴り響く。

 雨音すらも頭に響き、誰かの叫びが木霊する。


 眼の前から色が遠のいて、視界から輪郭だけが歪む。

 立っている事すらできない混濁。

 夢を見ているかのような浮遊感。


 交通事故。

 地元の新聞に小さく掲載されたそれ。

 他人事でないはずなのに、テレビに映る興味のない深夜アニメ以上に遠く見えた。


 もし、奇跡など起きなければ。

 失うこともなかったかもしれないのに。

 そう願おうと叶いはしない。


 だから。


 この人生に転機と呼べるものがあるとすならば。

 きっと、この瞬間の事を言うのだろう。


 父がリハビリ用に持ってきてくれたNCVRのデバイスと小さな四角いケースに入ったゲームソフト。


 タイトルは。


──ライムワールド


 聞いた事のない新作のタイトル。世界で始めて神経を通して操作するゲーム機。

 手にとって見た時にはあまり関心は持てなかったが、そのゲームのPVを動画で見て、心が震えた。


 自由なで魅力的な世界。


 その世界なら自分を塗り潰して。

 何もかもから逃げ出して。

 別の誰かになれる。そんな予感がした。


 そして。


 性別も。

 性格も。

 何もかも正反対の少女。


 その日、ルルが生まれた。



 ───



「ひっでぇ顔してやがるwww」


 戻ってきて一番、ガロから最初に出る言葉がこれである。

 顔に手を当てるが、流石に感触では何もわからない。けれど、鏡を見ずとも予想はつく程度の脳はある。


「…………そんなにか……」


「自覚があったのかw こりゃさらに重症だなw」


「……あ? なんでだよ」


「世の中、分かっててもどうにもならんモノの方が厄介なんだよw」


「そりゃ……そうか」


 ドスンと隣に座るガロ。

 買ってきたスポーツドリンク入りのビンの蓋を開けてこちらに差し出してくる。

 大人しく受け取り一口だけ喉を通す。

 やけに冷えていて自分が熱を持っていたのだと感じさせる。


「その様子じゃ仲直りしてハッピーエンドっつー訳にはいかなかったみたいだなw」


「元々、相容れないんだよ」


「……何言ってんだ。自分と相容れない人間なんているかよw」


 長い付き合いだが、この手の屁理屈をドヤ顔で言ってくるのは腹が立つ。


「もうあのルルと私は別物なんだ」


「はーん……そうかい、俺にはそう変わんねーように見えたがな」


 小馬鹿にしたように煽ってくるガロを睨みつける。


「なにがだよ?」


「自分のキャラを演じるのに必死で、後先とか考えず、とりあえず殴って解決させようとする頭悪そうな所とか、まんまルルじゃんw」


「……ガロが私の事をどう思っていたのかよくわかった。というかルルってどっちのルルかわかんねぇんだけど」


「キャラ名みろよ自分をルルだと思ってるクソ虫な件についてwww」


「うるさいぞ。あいつはAIだしAIルルだ」


「安直すぎw もっとドッペルアルルとかオルタとか、なんか捻れよw」


「知るか」


「しっかし、アレの元が補助思考AIね……ま、確かに一番、人間に近いAIではあったけどなw」


 相談半分、情報提供半分でガロにはアイとAIルルの事については喋っている。


「ライムは割と実験的なシステムが多かったから、その一つだろ」


「流石にパーソナルデータの蓄積から、思考トレースを行う補助思考AIはヤバイと思ってたけど。あそこまでいくと汚染された感じだなw」


「人の思考データを汚物みたいな扱いすんな」


「悪い悪いw それよか、ぼちぼち時間じゃね」


 言われてコンソールの時計を確認する。すでに転送許可を求めるコンソールが出てきていた。

 急いでスポーツドリンクを口に流し込む。ゴミはアイテム欄の中に入れておく。


「……行ってくる」


「お前が勝つのに賭けてんだから負けんなよw」


「おい、胴元だろうが」


「自分とこじゃ、やんねぇよw」


「ほどほどにしとけ」


 ガロに軽く別れの言葉をいい転送の許可をする。

 本戦の試合が始まるため、規定時間より前につか控え室に飛ばされた。

 石造りの薄暗い場所に何人かの人間がいて、砂っぽい演出まで入っている。

 初戦はシード枠だったので出なかったが、すでに終わっていたため、その入れ替わりのように何人かが入ってきた。


 シードなので試合数は7回。

 同ブロックにシード枠にいるキチゥ、準々決勝でくくる、そしてAIルルと当たるためには決勝まで行かなくてはならない。

 直近の相手を見ると、ロゼッタが一回戦を抜けていた。

 奇しくも、最初の対戦相手はロゼッタだ。


 正直、ロゼッタのプレイヤースキルはガロよりも少し上手い程度で、いい所、運が良ければ本戦に入れるぐらいの実力。

 長く一緒にやっているため、その行動パターンも読める。

 負ける要素などない。


 試合の準備が出来たのか通路の方へと誘導され、真っ直ぐ歩いていくと試合会場についた。

 碁盤の目のように四角い闘技場。それまで薄暗い場所にいたためか日の光が強い。

 随分と情緒がある演出だ。


「お前が出るなんて珍しいじゃないか」


 先についていた少女に声をかける。

 オレンジの髪を鬱陶しそうに掻き分けて、ロゼッタは笑う。


「テメェにアイツをやらせる訳にはいかないんでね。テメェはここでシネ」


「ロゼ、なんで、あっちにつくんだよ」


「そりゃ、僕の目的に必要だからですよ」


「目的? なんだよそれ」


「言うかよ、バーカ」


 手に持つ杖をこちらに向けて構えを取る。

 杖を主武器としているが、ロゼッタは符術という設置型の魔法を行使をする。


 相手の行動を制限し、思考を誘導し、自分の有利な状況を常に作り出す。けれど、その制御は難しく脳内でマルチタスクを必要とするため、あまり好まれるスタイルではない。

 けれど、極まればこれほど厄介な相手はいない。


「どうせくだらない事だろ、諸共すぐに終わらせてやるよ」


「……あんま舐め腐ってると痛い目みせてやりますよ、クソ虫」


「ハッ……できればいいな」


 剣を構える。

 コンソールにカウントダウンが入り、そして試合が開始される。


 目の前から一瞬にしてロゼッタが消えた。


「…………」


 一瞬の静寂。


「…………よっわ」


 つい漏らしてしまった本音。

 後ろで切り裂かれたロゼッタが消えていく。

 悔しそうにこちらを睨みつけていた。たぶん何か専用の対策を用意していたのだろうが、先に削り切れば何の問題もない。

 元々、試合中に準備を必要とする符術は序盤に生き残るのが非常に難しいスタイルだ。完璧に使いこなしている人間など、それこそくくるぐらいしか知らない。


「クッソ!! ムリゲーなんだよ畜生! ルルのアホがーー!」


 ものすごく無様な断末魔を残してロゼッタは消えていった。


「もう少し練習しろよ……」


 届かない言葉をロゼッタに送り、初戦はむなしい勝利を飾った。



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