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13- 斬り、咲け



 銀の玉には小さな体がついており、そこから細く鋭い7本と千切れかけた1本の脚が生えていた。

 それが墓織りの本体。

 一回りほど小さくなり不気味さもましていた。


 即座に勝負を決めるため、墓織りに切り込もうと突貫する。



 それに対応して墓織りは器用に脚を使い、まるで巨大なヌンチャクのように何かを振り回す。

 それが墓織り自身が装甲として使っていたものだと理解するのに時間はかからなかった。


 咄嗟に距離を開け、回避する。

 糸で操り人形のように縦横無尽に動く墓織りの手足の装甲。

 右腕、右脚が2つ、左脚が1つ。それぞれの装甲が墓織りの糸によって別の行動原理を持つ生物のように襲い掛かってくる。



「……こいつ!」


 振り回される四肢を避け続けながら隙を伺う。

 だが、糸をつけておきながら、まだ動いていない箇所が墓織りノ手元に幾つかある。それは近づいてきた敵への迎撃用に残されたものだろう。


 実際、近づこうとフェイントをかけると、微かに糸が揺れる。

 あえて警戒させている感じもするが、誘いであることには違いない。

 そして厄介な事にどこから攻撃をしようと、迎撃用の装甲に阻まれ、先に攻撃を受ける道筋しか見当たらない。

 下手に突っ込めば、それこそたどり着く事すら許されず弾き飛ばされる。


 そういう風につめた『構え』だと理解する。

 それは攻防を別で合わせ待った人外の武術。


「ネームドはどいつもこいつも!」


 やられて一番いやな事をしてくる。

 時間を稼ぎ、焦れて突っ込んできた所を刈り取る腹積もりだろう。

 それでも、ライムの時はここまで露骨ではなかった。


「……ネクソAIが手を出してるのか知らないけど! 意地が悪すぎる!」


「…………私が動きを止めます。あなたがやりなさい」


 ドリンク形式の回復アイテムを使用し終え、ビンを投げ捨てながらキチゥが前へと進む。

 ステータス的に回復したとはいえ、完全に回復しきるまで痛みは引くことはない。


「大丈夫なのか」


「すごく痛いですね。……ただ、所詮はその程度……」


 振り回してきた脚の装甲を真正面から、その全身で受け止めるキチゥ。

 キチゥの足が地面を滑りながらも、その速度を静止状態にまで戻す。


「……筋肉を上手く使い! 我慢すれば! 痛みなどありません!!」


 そのまま、墓織りの方を引き寄せようとキチゥが装甲ごと引っ張り上げる。その行動は墓織りも想定外だったのか、そうはさせじとキチゥを引き寄せようとする。

 互い互いを引き寄せようと綱引きのような形になった。


「うん! …………うん?」


 今、何かおかしい事を言った気がするが、気のせいだろう。

 そもそも、自らの体躯と同じサイズの脚を受け止めるキチゥの怪力は頭がおかしい。


 動きが止まった墓織り目掛けて走る。

 すぐに別の糸を操り墓織りは装甲を振り上げようとする。だが、すんでのタイミングでキチゥがさらに強く引き寄せ、狙いがはずれ、ズレた場所に落ちていく。

 それでもすぐに補正をかけ、別の腕の装甲を引き寄せる。

 だが、横合いから装甲がぶつかり、糸が絡まる。

 糸の操作のミスではない、キチゥが脚の装甲をぶん投げ無効化させたのだ。


「捉えた!」


 すでに手が届く間合いに入っていた銀色の玉から細い光の糸筋が放出される。

 それを認識した瞬間に言い知れぬ悪寒を感じ、攻撃動作を全てやめ、しゃがむような姿勢に無理矢理体を丸めた。


「……ッ!?」


 果たしてそれは、糸であったのかすら疑わしい。

 まるで水流カッターのように後ろに存在した岩を切り裂いた。


 高速の糸、おそらく奥の手のようなものだと判断し、地面を強く踏みしめて、突きを放つ。

 銀色の玉へと吸い込まれるように。


 だが、墓織りはその細い脚で横あいから蹴られ、わずかに軌道をずらされる。

 それでも完全にはいなしきれらておらず、微かに切り裂く。


「…………このッ!」


 懐から予備のナイフを取り出し、突き立てようとするが別の脚がそれを阻む。

 自由に動く墓織りに残された4本の脚と2本の腕で撃ち合いが始まるった


 墓織りの脚は研ぎ澄まされたレイピアのような切れ味をしており、手数でもって突き刺そうとしてくる。


 だが、それも所詮は悪あがきの類いだ。

 経験が違う。

 たった4本の腕で私に挑むべきではなかった。


「蜘蛛が剣術ごっこなんて──!」


 すべての攻撃を受けきり、切り上げるように脚を飛ばし体制を崩させる。

 キチゥがそれに合わせ、糸を引っ張り上げた。


「今です……!」


 キチゥが声に出さずともタイミングは完璧だった。

 空中でむき出しとなった銀色の玉は今、無防備な状態を晒していた。

 踏み込み、片腕を大きく上げ、剣を振るう。


「千年はやいんだよ!」


 銀の色の玉を縦に両断した。

 一撃にしてトドメ。

 声にすらならない断末魔が響き渡る。 


 地面へと銀色の玉は落ち、 頭を失った墓織りの脚が細かく痙攣して、やがて動きが止まり赤い粒子となって消えていく。


 そこら中に撒き散らされていた糸も粒子となって飛んでいく。


「……なんとかなりましたか」


「みたいだな」


 ふぅと息を吐くと全身の筋肉の緊張がほぐれていく。

 傷に回復アイテムの塗り薬を塗り、槍を回収したキチゥが近づいてくる。


「戦闘経験の少ない個体だったのが幸いでしたね」


「そうだな……ドロップアイテムは……なんだこれ、文字化けしてやがる」


 そこには■■■■と意味不明な文字で書かれたアイテムがあった、その説明もほとんど読めない。


「私の方は墓織りの卵とありますね」


 卵、虫の卵って食べれるのだろうか。おなか壊しそう。


「食材アイテムではなさそうです」


使えないことはないはずだから。


「……ま、これでようやく、元に戻れる訳だ!」


 コンソールを見るとクエストは達成済みになっており、後は戻ってアイテムを貰うだけだ。


「ええ、でも、ここは帰還アイテムが効かないみたいですね」


「それじゃ、はやく…………」


 外に出ようと、そう言葉は出なかった。

 目前には槍を横に伸ばし持ったキチゥが立ちふさがっていた。


「……なんの真似だキチゥ」


「丁度いいと思いまして」


 その目は一切の感情を持たないかのような冷たさをしていた。


「殺し合いましょう、ルル」


「……は?」


「全力のあなたを倒す、それがアンノウンに私が望む全てです」


 一歩一歩、踏みしめるようにキチゥの巨体が近づいてくる。

 その威圧は冗談の類いでは決してない。

 キチゥが私との勝負に執着していたのは前からだが、根が常識人的な所があるため、こんなタイミングで言ってくるとは思わなかった。


「なんで今なんだよ。もっと万全の状態で……それこそ戻ってからでも……」


「それではダメなんですよ。あなたはきっと命をかけるくらい追い詰められて、ようやく本領を発揮できる質のようですから」


「それは………………私がアンノウンを本気でやってないって言いたいのか?」


「いえ、度合いの問題なんです。足りなかったのは命懸けの必死さ」

 間合いにまで入りキチゥは足を止める。

「断言しましょう。今の貴方こそライムワールドの頃に勝てなかった……これから私が倒すべき……ルルという存在そのものです!」


 問答無用に振りおろれる槍。

 勝負は一瞬だった。

 喉元に突き付けられた切っ先。


「……悪いけど、プレイヤーには殺されても戻れるから、戦う意味なんてない」


「死ぬほど痛いですよ」


 静寂が辺りを包む。

 睨みあいが続く。


 やがて、何事もなかったかのようにキチゥは槍を引いた。


「やれやれ……上手くいかないものです。まぁ、収穫がなかった訳ではないですし、今日は筋トレに戻るとしましょう」


 キチゥの言葉に安堵する。

 実際、キチゥからしてみれば戦う気のない相手と戦っても意味はない。

 出口に向けて歩き出すキチゥが言葉をつづけた。


「ですが、私もようやく合点がいきました。……ライムワールドの時、貴方は常に追い詰められていた」


 その言葉は私にまるで腹の底を抉られるような不快感を与えた。


「それこそ、本当に命をかけるくらいに──そうまでして、ルルというキャラクターでありたかったんですね」


 ルルというキャラを作った時、最初、無邪気にキャラクターを作った。

 特徴、強さ、性格まで事細かに。


 けれど、それこそ絶対のルール。ルルであるためにはそのルールを破れない、破れば自分はルルというキャラではなくなる。

 そういう強迫観念にとらわれていた時期は確かにあった。

 それを他人から見れば追い詰められていたというのなら、そうなんだろう。


「それでも…………私はルルだ」




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