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12- 誰だ、お前は!?




 槍のような黒い糸が、幾つも地面に突き刺さる。

 突き刺さった地面は抉られ、糸が周囲に撒き散らされる。

 まるで空爆のように連続し弾けていく。その後には墓標のように突き立った糸の塊だけが残っていた。


 墓織りは自分のテリトリーを急速に拡大させ、自ら作り上げた蜘蛛の巣の上を高速で移動する。

 圧倒的に有利な状況を作り出したはずの墓織り。だがそれを制御する墓織りのAIは明確に逃げに徹していた。


「ハハッ……これってさ、別にお前だけが有利って訳でもないんだな」


 瞬間、墓織りは脚を切り裂かれた。


──キィイイイイイイ!


 その分厚い岩石のような装甲を通すには至らず、致命傷には程遠い一撃。だが、先ほどから同じ箇所を延々と攻撃されている。

 それより下は柔らかい関節部のある場所だ。

 墓織りは攻撃してきた人間へと糸を飛ばす。


 本来、空中で身動き取れないはずの人間へと向かって。だが、絶対に当たるタイミングで飛ばしたはずなのに、一寸差で避けられる。

 明らかにその人間は空を飛んでいたのだ。

 いや、正確には空を飛ぶように移動し続けている。

 自らが無数に張り巡らせた糸を手繰り寄せ、時に弾力で制御し、器用という言葉では当てはまらない運動量で空を駆け回る。


 墓織りにとって理解しがたかったのは、本来相手に理不尽な状況を押し付けるはずの糸が、逆に利用されている事だった。

 それ故に必勝とも言える攻撃パターンがすべて無効化され、逆に自らの足枷にすらなっている。


 だが、墓織りが煩わしいと感じているのはそれだけではない。



 旋風。

 まるで嵐のような槍の薙ぎ払いが正面から腹を叩き上げ、自らの巨体が浮きあがらせる。


「自己成長型のAIが裏目に出てますね」


 咄嗟に鎌のような上腕を振り下ろすが、いなされ、さらにその上から上腕を叩きつけられ地面に大きくめり込ませる。

 それだけの行動で相手がステータスなどよりも、別の所で上手だと理解する。

 もう片方の腕で叩きつけようと腕をあげる。


「スパイダーキックッ!」


 振り下ろすよりも速く、腕を上げた剥き出しの柔らかい関節を後ろから刈り取るように切り裂かれる。



──ィィエェェェィィィィィイイイイイ!!!!


 甲高い響きを上げ上に乗った人間を振りほどくように暴れまわる。だが、下にいる人間がそんなタイミングを見逃すはずがない。


「せめて蹴ったらどうです」


 言葉にでた軽口とは裏腹に鬼の形相をし、目の前に来ていた人間はすでに槍を突き刺す構えであった。


 行動はおろか、思考すら許さない一瞬の閃光。


 衝撃が走り周囲の糸がはじけ飛ぶ。

 攻撃に特化し、さらにそれ以外の全てを投げ捨て、ようやく得ることのできる怪力から生み出される渾身の一撃。

 自らの強固な装甲で持ってして防ぎきれない暴虐。


 それが五月雨のように降り注ぐ。

 その全てが必殺にも等しい攻撃。


 頭の装甲を弾き飛ばされながら、笑う。

 墓織りのキタンジェラは笑う。



──キギィイイイイイイギギギ!



 攻略法を思考しろ。

 自己を作り変えろ。

 進化するのだ。

 己は数少ないそれが許された存在なのだから。



───




 槍による乱撃からその攻撃をいなしきり、跳ねるような跳躍によって墓織りが抜け出す。

 舌打ちをするキチゥ。

 根本的な移動速度が違いすぎて追撃が入らない。


「ッ! ……今ので仕留め切れませんか……」


 実際、突きを放ったキチゥの方が体力を消耗していた。

 元より攻撃に特化し相手に短期決戦を強いるスタイル、それをプレイヤースキルで持って無理矢理に盾役と両立させているのだ。

 一瞬の攻防ですら尋常ではない集中力を必要とする。

 命をかけた状況ならば尚更だ。


 キチゥはそれを常人離れしたフィジカルを持ってして制御していた。

 息を整え、再び槍を構える。


 墓織りから黒い糸がまき散らされる。

 糸は意思を持つように曲がりくねり、不規則な軌道を描きながら高速で通り過ぎていく。その間をすり抜けるようにキチゥは前へと歩を進める。


 戦闘単位において、後ろに逃げるのは常に悪手であるとキチゥは考える。

 それはある種の美学であり、一見すると自らの選択肢を削っている面もある。

 だが、それでも尚、それが自らのスタイルに最も合致し、最高効率を求める最適解であるとキチゥは信仰する。


 思考する時間すら与えない事によって、相手の本領を発揮させる間もなく沈める。


 常に最大火力を秘めた無慈悲な速攻により、数多の敵を葬ってきた。

 それは他のネームドモンスターとて例外ではない。

 なにせ、ライムワールドにおけるネームドモンスターの討伐数は断トツの一位を誇っていたのがキチゥというプレイヤーである。


 それだけにキチゥは墓織りの異常な硬さにうすら寒さすら感じていた。


 墓織りが待ちの姿勢に入ろうとすると、それを咎めるようにルルが攻撃をしかける。

 それに追随するように逃れようとした墓織りの先を取ろうとする。

 幾度か繰り返された即席の連携。だが、それを察知したように墓織りはあえて速度を上げてタイミングをずらしてくる。


「……ッ!」


 その行動を読んだルルが追撃を与えるが、装甲に弾かれ久方ぶりに地面へと着地する。


「マジで硬いな……唯一の救いは若い個体って事なんだが……」


「……かなり学習速度も速いです。もう対応されるようになってました」


 戦闘経験を積んだネームドモンスターは対プレイヤーに特化した行動を取るようになる。

 プレイヤーの技術を吸収し、自らの体に最適化された戦闘術を編み出す。

 墓織りは最初こそ空中からの攻撃に無防備だったが、反撃をするようになり、間合いをはかるようなり、果ては牽制やフェイントを使いわけるようになってきていた。


 とはいえ、拙い技術で出す付け焼き刃の攻撃など、格好の隙でしかなく。それに合わせられないようなランカーはいない。


 だが、一度受けた技は二度目には対策され、三度目には避けられ、四度目には完成された形で反撃すらされる。そこまでいくと話しは別だ。


 墓織りは急速に成長し続けていた。それこそ、何千時間という練習をただの数秒で持って実践させる。

 不完全な完成されたAI。

 その成長を人と比較すること自体おこがましい。


 20分。


 戦闘開始からこれまで。その時間は墓織りを確実に強くしていた。

 それでも、これまで蓄積させたダメージが無いわけではない。


「……うまく合わせろ」


「誰にモノを言ってるんです」


 どちらかが息を合わせでもなく、同時に二人は走り出す。


 墓織りは天井に向けて黒い糸を飛ばす。明らかに狙いがある、これまでしてこなかった行動。


「ああ、クソッ……そこまでやるか!」


 その行動の意味を察したルルが苦笑いをしながら、その隙を逃すまいとできるだけ接近する。

 ギチギチと糸が音を立て、天井の岩が砕け散り、ゆっくりと崩落し始める。

 それまで無数に張り巡らされた糸に絡まりながら。


「……キチゥッ!」


 股下を通り抜け、無防備な墓織りの装甲の薄い部分にルルが連続して刃を通す。

 それでも尚、墓織りは今の行動を止めようとはしない。

 岩が墓織りの周りに崩れ落ちてくる。


「逃がすな!」


 そして自ら残した一本だけを手繰るように墓織りは上へと向かう。


「安置でイモスナ決めようなんて、いい度胸じゃないですか」


 槍を片手に飛び上がっていたキチゥ。ルルが攻撃し続けた脚の部分に向けて槍を突き刺す。そして無理矢理に地面へと墓織りを追い落とし、そのままの勢いで地面と脚を縫い付ける。

 黒い血しぶきを上げ、墓織りはバランスを崩す。

 その装甲に覆われた頭の部分の継ぎ目。そこに背後からルルが剣を深く、深く突き入れた。

 頭を大きく上げ、墓織りは鳴いた。


──ギィイイイイイイイイイイイイイィ!!!


 さらに突き入れた剣を力いっぱい横なぎに引き抜く。


「手ごたえ──あり!」


 腹の下では拳を握りしめたキチゥがいた。

 武器こそ使っていないが、全身の筋肉をフルに使い、唸るような声と共に繰り出されたその拳は装甲を変形させ、内部まで直接衝撃を伝播させる。

 それをゆっくり、二度、三度。


 地鳴りのような打撃音が響くたび、墓織りの巨体が岩石と共にズズと位置をずらす。

 墓織りが抵抗しようと脚をもがかせるが、ルルがそれをキチゥにまで届かせない。いなすように力の方向を変え、全てかろうじてキチゥに当たらない軌道に変化させる。


「これで、お別れです!」


 六度目の轟音が鳴り響く。


 墓織りのキタンジェラは沈黙した。



 周囲に音が消える。

 小石が地面に落ちる小さな音だけが微かに振動する。



 墓織りの脚がピクリと動いた。


 瞬間、爆発するような勢いで大量の黒い糸が墓織りの全身を突き破るように飛び出してくる。

 突然発生した質量保存など無視した糸の爆発に周囲の岩ごとキチゥが壁に叩きつけられる。


「……ッ! なッ!?」


 ルルは咄嗟にキチゥの突き刺した槍を盾にし、吹き飛ばされる勢いと共に飛び上がり、糸の粘着を使い岩の壁へと張り付いた。


「キチゥ!」


 諸にくらったキチゥは地面に膝をつき吐血していた。

 それでも、身動きが取れない程ではなく、ゆっくりと立ち上がる。


「…………ッ! 生きて……ます」


 


 墓織りの装甲に包まれていた銀色の複眼。

 それが剥き出しになり、脈打つ糸によって別の生き物のように再び空中へと持ち上げられていく。



 それはある種の神々しさすらあった。

 だが、同時にどうしようもなく気色の悪いものに思えて仕方がなかった。




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