9 夜襲駆けてみました
1日目
決戦の朝でアル。
気合いを入れる私の前に、朝から嬉しそうにお父様がやってきた。
車いすを買ってきたらしい。
職人に特注したらしく椅子には薔薇の刺繍が施され、持ち手には宝石ちりばめられている。
いったい幾ら掛ったのだろう?
「ルイーゼの美しさに合わせて薔薇にしてみたんだよ。あと、ここには万が一に備えて仕込み針がはいってるから。それから……」
嬉しそうに車いすの機能を説明してくれる。
ねんざなのよ? 2週間くらいで治るのよ? 車いす必要?
仕込み針に至っては、意味が分からない。
暗殺者なの? 暗殺者なの?
もったいない! と元日本人精神を発揮しそうになったが、
お父様が、『ほめて!、ほめて!』という顔をしてたから、ぐっと堪えて有り難く受け取っておいた。
そうだ! お父様が年を取って介護が必要になったら、再利用させてもらおう。
薔薇の車いすに、かわいいおじいちゃんを座らせよう。仕込み針は危ないから外すけどな。
**
夜、こっそりアランの部屋に行った。
松葉杖での忍び足つらかった。車いすは隠密行動に向かないので却下した。
そっとドアを開けようとしたら、鍵がかかってる。ちっ。
寝込みを襲いたかったので、本日の計画は断念した。
ちなみにルイーザに鍵開けのスキルはなかった。
2日目
「毎日アランが遅くて寂しいから、部屋に忍び込もうと思って」
昼間のうちにメイド長をだまくらかして、ルイーゼは、鍵を手に入れた!
(チャラチャチャチャン)
ということで、アランの部屋に忍び込もうとしてるルイーゼです。
夫婦だから、問題ないよね? ん?
こっそり鍵を開け、部屋に入る。カーテンの隙間から月光が漏れて思ったより室内は明るかった。
アランはベッドの上で眠っていた。
ベッドの縁に腰掛けアランをながめる。
(きれいなひと……)
男のくせにまつげが長い。きれいな寝顔だ。イケメンは寝顔も様になるらしい。
連日、遅くまで仕事をしてるからか、少し疲れた顔をしている。
前世の後輩達も残業で疲れた顔していたな……
そう思うと、疲れて眠るアランに詰め寄るのがかわいそうな気がしてきた。
「……イレーヌ」
アランが眉をひそめて辛そうに、知らない誰かの名前をつぶやく。
別れた婚約者の名前かしら?
辛い夢を見ているのね。
胸の奥がチクリと痛む。
まずは、アランの状況から先に調べるべきかしら?
よく考えると、アランが何の仕事をしてるのか、今までの経歴、元婚約者とどうして別れたのか?、何も知らない。
ルイーゼ様はアランがいるだけで幸せで、アランの仕事や過去に何の興味も無かったようだ。
ふう。ため息を一つつく。
今日は何も聞かず、自分の部屋に戻ろう。
アランを起こさないように松葉杖をつかんで、そっと立ち上がった――拍子にフカフカの高級絨毯に杖の先が滑る。
バランスを崩してアランの胸の上に倒れ込む。
しまった!
逃げようとしたルイーゼの手をアランが掴んだ。
「色仕掛け?」
アランが怒ったような低い声を出す。
冷ややかなさげすむような視線を向ける。
アランの体の上に倒れたことで、ルイーゼのたわわな胸を押しつけた形になっている。
たゆんと揺れる。
アランの耳が気のせいか赤くなっている。
ええと、痴女でもないし、色仕掛けでもないのですが……
「何を企んでいる?」
ええと、ちょっと階段の前で背中を押したかと、今後この関係をどうするつもりか、聞こーかなあ?と。
何から話したら良いのか、迷ってるうちにアランが憎々しげに言葉を続ける。
「汚らわしい! 君の企みは分かっているよ。
金で買われたのだから、夫の義務を果たすよ。抱けば良いの?
素敵な王子様の振りしてやるよ」
ルイーゼの手を掴む力が強くなる。
アランは今まで見たことも無いような恐い顔をしている。
でも何故か瞳には傷ついた色が見えた気がした。
「――バカにしないでっ!」
ルイーゼの唇が震え、瞳が潤んだ。涙がポロッとこぼれる。
ルイーゼはアランの手を振り払うと、キッとを睨みつけて大急ぎで部屋から逃げ出した。
**
自分の部屋に帰ると、ねんざした足がズキズキと痛む。
「あ、松葉杖忘れた」
怒りで我を忘れて、ねんざも構わず走ってしまった。
治りかけていた足が再度熱を持つ。
確かに私が望んでした結婚だけど、なんであそこまで言われないといけないの?
嫌なら結婚受けなきゃいいじゃん!
断わられれば、ルイーゼは無理強いする気なんてなかった。
16歳のルイーゼはアランのことが、ただただ好きだっただけなのに。
悔しい。
――カチン! アラン、絶対に泣かす!!
**
ちなみに翌朝、腫れた足を見たメイド長に、
「あら、昨晩は激しかったんですね」とニヨニヨされた。
メンタルがゴソッと削られた。
まあ、違う意味でいろいろ激しい夜だったけどね。