6 アラン帰る
すっかり寝入っていたところに、人の気配で目が覚めた。
パチリと目を開けると、窓から射す月光の中で麗しい人が悩ましげに私を見つめていた。
アランだ。
天使もかくやという風貌なので見ているだけで癒やされる。
ルイーゼはアランの事を大人だと思ってたけど、アラサーの記憶をもった私が見ると思ってたよりアランって若い。
そうだよね、アラサーからすると20代前半って新入社員くらいだもんね。
じっと見ていたら目を逸らされた。ニヤニヤ怪しい顔をしてただろうか?
「ごめんね。起こしちゃった? 体の具合はどう?」
「まだ痛むけど大丈夫ですわ」
「そう、大事にしてね」
何かを言いたそうにじっと私をみつめたが、アランは布団の上からポンポン叩くと部屋を出て行った。お父さんか?
わざわざ様子を見に来てくれるなんて、すごく嬉しい。
彼はいつもそっと気遣ってくれる。
でも、怪我をしてる妻とは一緒のベッドで寝ないようだ。
まあ、うっかり寝返りでもして足に当たったら激痛モノなので、有り難い心遣いだ。
目を覚ましたら、アランは仕事に出かけた後だった。
子供が寝てから帰ってきて起きる前に出て行く、日本のサラリーマンみたいだ。
子供に「おとうさん、またあそびにきてね」と言われちゃうヤツだ。
ノックの音がしてばあやが部屋に入ってきた。
「お嬢様、お加減はどうですか?」
「だいじょうぶよ。ばあや」
「昨日はうっかりしておりましたが、妊娠の件、お医者様に見て頂きましょうか?」
ばあやが心配そうな顔をする。
「あのね、ばあや、私妊娠してないわ。よく考えたら最近暑さで体調を崩してたでしょう? だから、えっと、そういうことしてないの」
ちょっと赤くなってうつむく振りをすると、ばあやは言いたいことを察してくれた。
本当は最近じゃなくて、今回生まれてから一度もしてないけどな。
「お食事を召し上がりませんか?」
「頂くわ」
ばあやがベルを鳴らすとマリーが食事を運んでくる。
「マリー、先日はごめんなさいね」
「い、、いえ」
マリーにビクッと怯えられた。
まあ、あのワガママルイーゼ様が謝ったんだもん怯えるわね。
ふと見ると、ルイーゼが扇を投げつけた痕が赤く腫れている。
「余ってるからあげるわ」
マリーに打ち身の軟膏を手渡すと、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
午後になって従兄弟のエドワードが見舞いにやってきた。
エディはグランダード織のスカーフを土産に持ってきてくれた。
先日、褒めたのを覚えていたらしい。
銀糸の布に花の透かし模様が入って美しい。
エディお兄様はまめで、折りにつれちょっとした素敵なプレゼントを下さる。
もてる男は気配りが違うというヤツだろう。
さっそく犯人捜しの助手を依頼した。
「ルーの気のせいじゃないのか?」
とたわ言をのたまった。
「傘を両手に持って2階から飛んで右足骨折したことあったよね?」
「あれは、7歳の時ですわ。傘が有れば飛べると思ったんですの。かわいい子供の夢ですわね」
「僕と追いかけっこしてテーブルの脚にぶつけて足の指折っこともあったたよね?」
「あれは、10歳でしたね……」
「あの後、僕がよく見てないからと母様にすごく叱られたんだよ」
父の姉である伯母様は貴族の中の貴族と言った感じの人で、迫力満点だ。
さぞ、怖かったろう。
「あと、湖に遊びに行って魚をみたいと桟橋から覗き込んで落ちたこともあったよね?
あの時、手をつないでたから僕まで落ちたよね。
だいたいルーは、そそっかしいよね?」
あ、なんか旗色が悪い……
よ、よし、必殺技だ!
「まあ、エディお兄様ったら信じてくださらないの?」
目をうるうるさせてお兄様をみつめる。
「僕のお姫様、気が済むまで付き合うよ」と、了承を得た。チョロい。
とりあえず、下僕という名のワトソン君をゲットした。
女子諸君、二十歳までなら、目うるうる攻撃が効くので、ここぞと言うときに使い給え。
ただし多用すると、女子に総スカン食らうので注意が必要だ。
ちなみに、アラサーになって目うるうるすると、
後輩には「先輩、疲れ目っすか?」と目薬を差し出され、
上司には「おまえ、目が血走ってるぞっ! 怖っ! わかった。要求はのむ」と、
違う効果が現れる。
傘で飛んだのは、私の友人。
ちなみに、足の指骨折は、筆者の実体験。
けっこう、痛いです(笑)