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21 暑気あたり


――やっと、思い残すことなく貴方に嫁げます。


イレーヌはアランとの話が終わると、フィリップをじっと見つめてそう言った。

「アランと話す機会を設けて下さってありがとうございました」と。

フィリップがほっとしたように微笑んだ。


そのまま二人は帰っていった。


フィリップが嬉しそうで、二人を見送るアランの背中が寂しそうだった。






家に帰ったら、お父様が待ち構えて二人してお叱りを受けた。


「情報は最新のものを集めなさい。もっとちゃんと周りを見るように。

情報収集を怠るな。作らなくていい敵は作るな。

今回の場合なら、ベルガー商会やシーモア男爵が敵に回らぬよう上手く取引するのだ。

たとえば港の工事に引き入れるとか、必要なモノを買うとか、港が出来た後の商売に参入できるよう計らうとか、相手を引き入れるのだ。

それが無理なら相手を黙らせろ、つけいる隙を与えるな」


「そしてダメなら、ちゃんと相談しなさい。危ないことはするな。若いうちはいろいろ失敗して覚えていけば良いのだよ」

そういうと、肩をぽんと叩いてお父様は出て行った。





**




あれからアランは暑い中、今回の後片付けと港の整備で忙しい様子だ。

朝早くから夜遅くまで駆けずり回って疲れきった顔をしている。

ちゃんと寝てないのかな? 目の下にクマができている。


私もいろいろ話し合いたいなあと思いつつ、仕事が一段落つくまで待とうかと思っている。






 今日もエディお兄様がやってきた。

秋になると留学先に戻るのだという。



「ねえ、お兄様、ひとを好きになるって何だと思う?

うまなのよ。馬が合うっていうじゃない。私が黒馬でアランが白馬なのよ。

馬だから馬が合わなくてもしょうが無いのよ。

頑張っても馬が違うんだからどうにもならないのよ」


「ルー、馬が合うとはもともと乗馬で使われた言葉なんだよ。

乗り手と馬が合わないと、馬に振り落とされたりするだろう? 

逆に乗り手と馬の息が合うと実力以上の力を発揮したりするんだ。

ここから馬と乗り手の息があうことを馬が合うといったんだよ。馬と馬が合うわけじゃ無いんだよ」


お兄様が呆れた様子で語源プチ知識を披露しているところへ執事のセバスが駆け込んできた。


「アラン様がお倒れになりました」



アランが倒れた。

今回の後片付けで王都を移動中、頭痛、吐き気がして体がだるいといいだし、倒れたのだという。


「アラン、大丈夫なの?」

ルイーゼの声に、アランが「ああ」とうめくように返事をする。

意識はあるようだ。触ると体が熱い。


頭痛、吐き気、体がだるい、体が熱い。


もしかして、これって熱中症?

前世で、猛暑の中、外回りから帰った後輩が倒れて救急車を呼んだことがある。

救急車がくるまで応急処置を指示されたわ。


「セバス、お医者様を呼んで」


「手配済みでございます」


「セバス、アランを涼しい場所に移動させ、風があたるように衣服を脱がせて」


涼しい場所に寝かせたアランにぬるい水をかけて皮膚を濡らしてから風をあてる。

メイドに交代で扇で風を送らせる。

氷水をかけるよりも、ぬるい水をかけて風をあてる方が効果的だ。

氷水だと血管が収縮してしまうので効率的に体温を下げられないのだ。


「有るだけの氷嚢に氷を入れずに水だけ入れてもってきて」


氷嚢をアランの頚部、腋窩部(わきの下)、鼠径部(大腿の付け根、股関節部)に当てて皮膚の直下を流れている血液を冷やす。

なぜここかというと、ここには太い静脈が体表の近くを流れていて、体内に戻っていくゆっくりと流れる血液を冷やすことで、身体の中から効果的に冷やすことになるわけだ。


熱中症は、体温の冷却はできるだけ早く行う必要があり、重傷者を救命できるかどうかは、いかに早く体温を下げることができるかにかかっているのだ。


「冷えた1リットルの水に食塩ひとつまみ入れて持ってきて」

マリーが急いで水を持ってくる。


「アラン、水が飲めるかしら? ゆっくりで良いから飲んでみて」

アランにコップを渡す。

アランはそれを受け取るとはゆっくりと水を飲んだ。


――よかった。


きちんと自分で飲むことができれば軽症で、応急処置が奏功すればそのまま回復していくと思われる。

ちなみに、水をこぼしてしまったりして上手に飲めない場合は、意識障害があると考えられるので、医療機関の受診が必要だ。

前世の後輩は水が飲めず、医療機関で点滴をしてもらった。

ここでは点滴などはないので、水を飲めて心底ほっとする。





その後、駆けつけたお医者様に、

「暑気あたりでしょう。さすが侯爵家、処置が適切です」

と、褒められた。えっへん。



アランは、医者からもらった薬を飲んで少し楽になったのか眠ってしまった。

生ぬるくなった氷嚢を入れ替え、汗を拭く。

まだ熱が引かないなあと、アランの額をさわっていると、エディお兄様が珍しく不機嫌な顔をしている。


「そんな男に優しくする必要はないんじゃないか?」

お兄様、私がアランとのことで悩んでる様子をご覧になってたものね。


「お兄様、わたくし弱った男を殴る趣味はありませんの。すっかり元気になってからやっつけますわ」

と、ニッコリ笑うと、「やっぱり君は直接対決派か」と、お兄様が呆れた。


いやいやそんな派閥には入ってませんよ?







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