1 プロローグ
いつもお世話になっております。こうじゃんです。
拙作を読んで頂き、感謝感激です!
前世の記憶を取り戻したら、わがまま奥様でした。
ええ、何を言ってるか分かりませんよね。
わたくしもよく分からないんだけど、話は昨日に遡りますの。
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――最近、暑さのせいか食が進まない。
王都は連日うだるような暑さが続いている。
内陸で盆地に位置するため、朝夕は涼しいのだが昼間はじっとりと暑い。
例年なら侯爵令嬢であるルイーゼは、暑さを避けて高原にある湖畔の別荘に行く。だが今年は仕事で都を離れる事が出来ない夫と一緒にいたいため、この夏は王都で過ごしている。
だって、わたくしラブラブの新婚さんですの! 夫と離れるなんて出来ませんわ。
「お嬢様、お菓子だったら召し上がれますか?」
ばあやが、心配そうにルイーゼを見つめると、鈴をならし侍女のマリーを呼んだ。
母を早くに亡くして親代わりだったばあやは、結婚した今でも奥様ではなくお嬢様と呼ぶ。
今更、長年の呼び方は変えられないらしい。
我が侯爵家のシンボリックカラーである青いお仕着せに白いエプロンをつけたマリーがもたもたとお茶とお菓子を運んでくる。
「マリー、貴女もう少し優雅にお茶を運べないの? いったい侍女になって何年目なのかしら?」
チクリと嫌みを言う。
持ってきたお茶はぬるくこれでもかと言うほど甘かった。菓子は、テッカテカの揚げ菓子に砂糖がこれでもかとまぶしてある。見るだけで、ムカムカする。
侯爵家の侍女なら、夏場に涼菓子を用意するくらいの気配りが欲しい。
侯爵令嬢のわたくしにこんなお茶を出すなんて嫌がらせなのかしら?
以前はもう少しましだったと思うんだけど、最近たるんでるみたい。
ルイーゼは、マリーに向かって声を張り上げた。
「下げてちょうだい。昨日はビックリするほど苦かったし、今日のお茶は甘すぎるわ。
いつになったら、美味しいお茶が飲めるのかしら?
どうしてこんなお菓子を出すの? まったく胃がムカムカするわ。
次もそうだったら首にするわよ!」
側にあった扇をつかむとマリーの足元に投げつけた。マリーはびっくりしたのか大きく動いて、扇に突っ込んだ。
意味が分からない。
扇はマリーの左手に当たって落ちた。
マリーは「ひぃー」と怯えてうるうると涙ぐんだ。
相変わらず、気が利かない侍女。まったく泣けば済むって思ってるのかしら?
メイド長に言って侍女から格下げてもらおう。お茶ひとつ満足に淹れられないなんて、メイド長も教育不足だわ。
「お、嬢、様!」
ばあやが低い声を出す。ああ、説教コースだわ。
気が利かないマリーが悪いのに!
「わたくしが侯爵家にお世話になったのは、15の時でした。それから苦節38年……」
ああ、ばあや自伝が始まる……
これから、いかにばあやが頑張ってメイド長となり私の亡き母である侯爵夫人に気に入られ、病床で幼い私を立派に育てて欲しいと頼まれたか、幼い私をここまで育てるまでの苦労の数々、長いながーい話が続くのだ。
その後、いかに私の母が立派で気品がありお優しいレディであり、それを目指すべきだという有り難い話が始まるのだ。
ばあやの有り難くて恐ろしく長い話を拝聴してたらますます胃が気持ち悪くて、「うっ」と吐きそうになった。
ばあやが目を丸くして、何やら思案すると嬉しそうな顔をした。
胃が気持ち悪い主人が嬉しいのかしら? まったく意味が分からないわ。
「まあ、お嬢様! 月のものも遅れてますし、もしかしたらおめでたじゃありませんか? 今日はこれから夜会ですから、明日にでもお医者様に診て頂きましょうね」
ばあやによると、人は妊娠するとつわりといってムカムカすることがあるらしい。
知らなかった。
わたくし、ルイーゼは、社交界で一番人気のアラン様と、しばらく前に結婚した。
銀にちかい金色の髪に二十歳を超えても少年ぽさを残した美しいかんばせ、琥珀の瞳、優雅な仕草、お優しい声。
初めて社交界に出た日にアランにダンスに誘われた。
ルイーゼの一目惚れだった。
恋をした私は、お父様にアランをねだった。
お父様は一人娘である私に甘い。
そして、この国の権力者であるお父様に叶えられないことなどないのだ。
ルイーゼはお腹にそっと手を当てる。
ここにあの人とのかわいい赤ちゃんがいるの?
ほっこりと微笑んだ。
私は幸せのまっただ中にいた。