006~竜~
「待ってくださいましーカネミツ様ー。お助けくださいましー」
「それは無理だ!」
黄金ドラゴンの頭には、婚活ハンターユキが刺さっている。
そんな状態のドラゴンが、カネミツとホタルを追いかける。
歩を進めるたび、大きな地鳴りが起こった。
「一旦ヤツから離れようかホタルちゃん。あーあ、走りたくないけどさあ。膝が痛いんだよね」
カネミツ達は城の前に広がる草原を走る。
まっすぐ走ると追い付かれそうなので、たまに右の林へ飛び込んだり、左の岩陰に隠れたり。
ジグザグ走行していると、視野の狭いドラゴンはカネミツ達の姿を見失った。
「ほらドラゴンさん、カネミツ様は右に行かれましたわよ!」
ユキはドラゴンの右角を掴み、引いた。
するとドラゴンは右に方向転換し、カネミツ達を再び追いかける。
「あのお姉さん、ドラゴン操ってないかー!?」
「気のせいですわよお嬢ちゃん! さあ早く私をお助けくださいなー」
ナビゲーター、というより運転手を得たドラゴンは、迷うことなくカネミツ達を追跡する。
「いかん、もう疲れちゃったよ……」
「おいおっさん立ち止まんな!」
カネミツは大岩の影に隠れるようにして、立ち止まってしまった。
体力が追い付かない。関節も痛いし。やっぱもう現役無理だって。
岩に背を付け、息を整えた。
「ドラゴン来てるってば! 逃げるぞ!」
「まあ待ってよホタルちゃん。元々俺たちはあのドラゴンの爪に用があるんだし、逃げてばっかじゃダメだよ」
カネミツは大岩に右手を置き、上部を見上げる。
「何言ってんだよ、さっきまで逃げてたクセに」
「ばっか、違うよ逃げてないよ。最初からこの岩を目指してたんだよ」
それは嘘だった。
逃げている内にこの岩に辿り着いたのだ。
ただ結果としてこの大岩は、当初考えていた作戦を遂行するのには丁度良い代物である。
「ホタルちゃんはそこに待機で」
そう言うとカネミツは岩のへこんだ部分に手をかけ、するするとよじ登った。
するすると……いや訂正。
結構ぎこちなかった。
若い頃程、手に力が入らない。腕力、握力、総低下。
歯を食いしばって、やっとこ登る。
大岩の天辺に立ち、此方へ向かって来るドラゴンと対峙する。
ドラゴンはカネミツの姿を捕捉し、速度を上げ大岩の直前まで迫って来た。
竜頭に刺さって上半身だけ出している婚活ハンターユキが、歓喜の高い声を出す。
「まあカネミツ様。私をお助けくださるのですね!」
「ごめん。違うよ……っていうか怖いよユキ君。君がモンスターの本体みたいになってんじゃない」
そう呟き、カネミツはドラゴンの頭に飛び乗った。
ドラゴンは大きく頭を振り回し、カネミツを落とそうとする。
しかしカネミツはドラゴンの額にナイフを突き立て、踏ん張った。
そりゃあもう頑張って踏ん張った。
昔はこれくらい平気だったんだけどな。今は踏ん張り過ぎて血管ブチ切れそう。血圧上がり過ぎて死ぬかもしれん。明日……ともすると明後日に筋肉痛が来ることは、とりあえず確定だな。嫌になっちゃうよねもう。でも娘のために頑張らないとなあ……ああ、とにかく金が欲しい。
と、カネミツは心の中で愚痴を言った。
しばらく踏ん張っているとドラゴンは諦めたのか、それとも振り落としたと勘違いしたのか、頭の動きを止めた。
ドラゴンからナイフを抜くと、見る見る間に傷が塞がっていく。
「やっぱり。この手のドラゴンは傷の治りが早すぎるね。三十秒くらいか……」
「そんな事よりカネミツ様。私をお助けくださいな」
婚活ハンターはそう言って、両手を合わせ、目を閉じ、何故か唇を突き出す。
「いや君、自分で脱出できるでしょ? わざと捕まってるよね?」
「ほほほほほ。何をおっしゃられるやら。ほらこんなにガッチリ鱗にはまっちゃってるのに」
ユキは、自分を挟んでいる竜の鱗をさっと持ち上げた。
ぺキリと音がした。
折れた鱗を、ユキは元の場所に貼り付け、腕で押さえつけた。
そして何事も無かったような顔をし、「お助けくださいましー」と言う。
「ホタルちゃーん! 聞こえているかーい!」
カネミツは婚活ハンターを無視し、岩陰に隠れている相棒の少年を呼んだ。
「なんだよおっさん! そこアブねーぞ!」
ホタルは隠れたまま顔を出さずに注意喚起した。
「そのナイフを投げて、ドラゴンの右目を潰してくれ! 『せーの』で一斉にな!」
「な、なんだよ急に!?」
右目を潰す。
突然の命令に戸惑いながらも、ホタルは腰に下げているナイフを手に取り、岩陰から顔を出した。
ドラゴンも走り疲れたのか、ぽけーっと空を眺めている。
その頭には鱗に挟まれたユキと、ドラゴンの左目上部で、剣を振りかぶっているカネミツ。
「……なるほど、俺が右目で、おっさんが左目って事か?」
「このためにダーツが得意な君を雇ったのー! いいか、いくぞー! せーの、でいくぞー! よし、もういくからー!」
「お、おいちょっと待てよおっさん!」
ホタルは慌てて投げナイフの構えを取る。
「せーの!」
「グギャアアアオオオオ」
ドラゴンは急に両目をやられ、のた打ち回った。
カネミツは飛び降り、地面に飛び下りる。
ごろごろと地面を転がり、
「おぶぅっ」
と滑稽な呻き声を出しながら停止した。
ちょっと大き目な石で腰を打ったのだ。
「ギャオオッ……!」
ドラゴンは動きを止め、地面に横たわった。
目の傷を癒すため、じっとしていた方が良いと本能で分かっているのだろう。
それを見て、カネミツは腰をさすりつつ起き上がり、ドラゴンの傍に駆け寄った。
「ほい、ホタルちゃん。今の内に爪! 爪! 早くしないと、このドラゴンちゃんの目玉が完治しちゃうよ」
「えっ……あ、ああ分かった!」
動かないドラゴンの右手へ近づき、爪を見る。
人の頭よりも巨大な爪の先が、『の』の字に曲がり、黄金に光り輝いていた。
「これこれ。この部分が薬やらなんやらになるらしいよ」
カネミツは、ドラゴンの爪先にナイフで切れ込みを入れ、柄で思いっきり殴った。
爪先端部分がポロリと剥がれる。
「よし、撤収だホタルちゃん!」
「お、おお……なんかアッサリだったな」
「三人で協力したおかげですわね!」
婚活ハンターがしれっと隣にいるが、カネミツとホタルはもうツッコミを入れる事もしなかった。