003~揺れ~
馬車に揺られてガタガタガタと数十分。
たった二人でもう満員となる、小さな馬車だ。
カネミツとホタルは向かい合って座っている。
ガラスも無い吹きさらしの窓に肘をつき、馬を走らせる御者をぼーっと眺めながら、カネミツは呟く。
「気持ちわぁる~~~い……」
復帰後、最初のピンチを迎えていた。
「おっさん、伝説のトレジャーハンターってあだ名だったんだろ?」
「ブランクがあるもので」
完全に馬車に酔っていた。
最近は基本デスクワークか徒歩移動だったので、馬車のこの感覚を忘れていた。
しかし久しぶりとは言え、昔人生初の馬車に乗った時でさえも、こんなに酔う事は無かったのだが。
「ブランクじゃなくて、歳取ったからじゃねえのか。おっさん」
「否定できないなあ……やはり安定した職に就かないと」
すんなり認めるカネミツだった。
「お酔いになられたのですわね、カネミツ様。それなら私が良く効くお薬を持っ」
「断る!」
窓の外から話しかけて来た、婚活ハンターユキ、二十五歳。
カネミツはその申し出を即答で拒否した。
ユキは残念そうに、顔を引っ込めた。
「薬貰っとけばいいじゃねえか」
「いやおっさんの鋭い勘によると、きっと別の危ないクスリを渡され、気付いたら結婚せざるを得ない状況に持ち込まれる」
「考えすぎだろおっさん」
「そうですわ。それはあまりにも失礼ですわカネミツ様」
ユキが再び窓の外から話しかけて来た。
「ちなみにそのお言葉で私ショックを受けて、誤ってさっきのお薬を落としてしまいました。なのでカネミツ様の推理が合っているかどうかの確認は出来ませんので」
「やっぱり図星だったんじゃないの?」
「違いますわ」
どうでも良い言い争いを始める二人の様子を見て、ホタルは今更ながら異変に気付いた。
「……って、さっきの巨にゅ……お姉さん! なんでここにいるんだよ、いつの間に!?」
「最初からいましたわ」
「最初からいたよ」
「おっさん知ってたのかよ!」
ホタルが窓から外に顔を出して確認すると、ユキは馬車上部外装に足を引っ掛け逆さ吊りになって、馬車にくっついていた。
そして馬車の揺れに合わせ、胸も揺れている。
ホタルはその豪快な揺れを目に焼き付けた。
「そりゃまあ、ずっと天井上にいたし。最後に料金折半すれば旅費も浮くかなと思ってさ。ねえユキくん払ってくれるよね」
「あらあら。おほほほほ」
ユキは笑って天井上に戻った。
「ねえ、払ってくれるよね?」
「おーっほっほっほっほ」
その時、急に馬車が止まった。慣性により大きく揺れる。
そして上からドスンという音。どうやら婚活ハンターユキが転んだようだ。
「御者さん。どうしちゃったのよ?」
「これ以上は駄目だカネミツの旦那。この先にモンスターの群れがいるんでさぁ」
カネミツとホタルは馬車の外に出た。
カネミツはついでに大きく深呼吸し、外の空気を体内に取り入れた。
乗り物酔いによる気分の悪さを少しでも軽減しようと思ったのだ。
その間ホタルは道の先を見る。ここからまだ遠いが、モンスターを数体確認できた。
大きめの熊のような鹿のような馬のような、とにかく毛むくじゃらで力強そうなモンスターだ。
「本当だ、でかいモンスターだな……おいおっさん、どうすんだ?」
「ごめんちょっと待って。見えない。おっさん最近視力落ちたから全然見えない。え? 何? ホントにいる?」
カネミツは目をこする。
ホタルはそれを呆れ顔で見て、先行きに不安を感じ始めて来た。
「あれはウマシカグマですわね。力が強い熊型モンスターですわ。獰猛で、毎年何人ものお方が食害被害に遭っていますの」
馬車の上からユキが教えてくれた。
食害被害とは、つまりあの熊が人間を食べてしまうという事だ。
「馬鹿グマか。そりゃやっかいだ。教えてくれてありがとさん、ユキくん」
「ならお礼に私をお仲間に」
「いやそれはダメだけど」
「チッ」
笑顔で舌打ちをするユキ。
「どうすんだおっさん。遠回りするのか?」
「いやーそれはダメだねえ。馬車が通れるような整備された道はここだけだし。徒歩で遠回りしようとして山に入っちゃうと、もっと沢山のモンスターに出くわすよ」
「じゃあ倒すのか?」
ホタルは腰につけたナイフを抜き、刃先を確認した。
「戦闘ですの? なら私得意ですわ。きっとお役に立つのでお仲間に」
「いや体力消耗したくないし、あんなのとは戦わないって」
最近疲れやすいカネミツにとって、体力温存は重要事項なのだ。
ホタルに対し、ナイフをホルダーへ戻すように促した。
「じゃあどうすんだよ」
「よーしホタルちゃん。こういう場合に一番良い対処法を教えてあげよう。特別だぞ。授業料は無しで」
カネミツはそう言って笑みを浮かべた。