002~旅の仲間に選ばれなかった方~
「今回の冒険で狙う財宝、そして目的地を説明する。だが、その前に言っておくことがある」
カネミツは、周りから聞こえるひそひそ話を気にしながら、そう言った。
「あ、おい。あいつカネミツだ。ショタコンホモ野郎だ」
「こんな所にいるって事は、本当に復帰したんだな。でも結構ブランクあるだろ? ホモになったらしいし」
「よお、久しぶりだなショタコン野郎!」
「俺は、ホモではなあい!」
早朝、酒場にカネミツの叫びが響き渡った。
本日はついにやってきた、冒険の日。
カネミツは五年ぶり、そしてホタルにとっては初めての冒険の旅だ。日帰り予定だが。
「ホモじゃない証拠に、実の娘までこさえてるんだぞ。娘の写真見てくれ、ほらほら可愛いだろ」
「いいよ、分かったよおっさん! その写真見るのも十回目だぞ」
「か~わいいなあ~俺の娘」
ホタルは「早く話を進めろ」と言って、カネミツを小突いた。
正気に戻ったカネミツは、旅の目的を説明する。
「今日狙うお宝は、ズバリこれ。黄金のドラゴンの爪の先の光ってるのの字型のアレ!」
「『の』が多い!」
「んじゃまあ黄金の爪で。この黄金の爪を欲しがっている富豪がいてな。それが今回の依頼者だ」
その富豪とは、カネミツが現役時代にもお世話になっていた出資者。
今回カネミツの復帰を伝えると、大喜びで仕事を依頼してきたのだった。
「で、黄金のドラゴンってのはどこにいるんだよ。おっさん」
「こっから馬車で一時間と、徒歩一時間。噂に名高い黄金の廃城さ。黄金尽くしだな」
黄金の廃城。
昔の偉い人が、多大な資金を費やし建設した城。
城中に金箔が張り巡らされている、豪華な建物だ。
ただ今は管理者がいないため、幾度となく盗賊の被害に遭い、金箔は無くなっている。
「聞いた事あるな、そこ」
「観光名所だからな! 俺も娘と行ったぞ。その時の写真が」
「写真はもういいよ、おっさん! ……って、なんだこの写真!?」
カネミツが出した写真には、廃城の城門前でピースサインをする娘が写っていた。
しかしこの写真、右半分が破れている。
「こっち側にはクソ女が写ってたんだよ。仕方ないから破った。あーでもやっぱり可愛いなあ、俺の娘」
「クソ女……? な、なんだか知らないけど、妖怪か?」
クソ女とは、カネミツの元妻の事である。
カネミツにとっては確かに妖怪に近いかもしれない。
「まあクソ女はどうでもいいんだ。とにかくその観光名所に、先月くらいから黄金のドラゴンが住み着いちゃったらしいよ」
カネミツは気を取り直して説明を続けた。
黄金のドラゴンとは、名前の通り金色に光るドラゴン。
キラキラ光るものを好む習性がある。
「だから黄金の廃城を見つけ、大喜びで住処にしちまったんだろう」
「なるほど……って、もう金箔全部盗まれてるんだろ? その城」
「最近観光のため、偽の金メッキを貼る復興工事が行われたんだ。完成した瞬間にドラゴンに乗っ取られたんだとさ」
町の観光協会の方々は気の毒だが、黄金のドラゴンが住み着いた事で近隣の金持ちコレクター達は色めき立った。
黄金のドラゴンの爪の先の(以下省略)は、超一流のコレクターアイテムとして名高いのだ。
「だが黄金のドラゴン討伐なんて、そこいらのトレジャーハンターには無理な超S級依頼。新人のホタルちゃんには辛い冒険になるぞ」
「なんだよそりゃ、脅しかおっさん。俺は怖じ気付かねえぞ!」
子供のくせに、堂々としたきっぷのよい返事じゃないか。
カネミツはそう思うと同時に、「ガキのクセに生意気だなあ」とも思って、なんかちょっとムカついた。
なので、無言でホタル少年の麦茶を飲み干した。
「あっ、おいおっさん、それ俺が頼んだ麦茶!」
「麦茶くらい安いもんなんだろ?」
「返せよ俺の麦茶!」
スプーンを投げるホタル。
避けるカネミツ。
「ぐえーっ!」
スプーンが鼻先に当たる、無関係の女性。
「お、おっさんが避けたせいだぞ!」
「ホタルちゃんが投げたせいでしょ……大丈夫ですかい、お嬢さん」
カネミツは、スプーンのとばっちりに合ってしまったお姉さんに手を差し伸べた。
そして男のサガに従い、ちらりと胸を見た。あ、おっぱいが大きい。
「大丈夫でずわ。御心配なぐ……」
巨乳の女性は、赤くなった鼻を抑えながら返事をした。
「すみませんね、ウチのホタルちゃんが粗相しちゃって」
「おっさんも悪いんだぞ……うっ、ご、ごめんなさいお姉さん」
ホタルは意外にも素直に謝った。と同時に、女性の胸に視線を集中させた。
巨乳の女性はそれを見て、朗らかに笑う。
「良いんですのよ、えーと、ホタル……ちゃん? 可愛らしいお嬢ちゃんですわね、おほほほ」
「お、俺は男だ!」
「あら、ご冗談を。おほほほほ」
笑いながら女性は、何故かしれっとカネミツ達と同じテーブルに座った。
「それで不躾な質問をさせて頂くのですけど、あなたカネミツ様ですわよね?」
どうやらカネミツの事を知っていたらしい。
女性はバッグから、一枚の用紙とペンを取り出した。
「ああそうだが。サインでも欲しいのかい? お嬢さん」
「ええ。この婚姻届にサインが欲しいんですの。私のサインの横に、カネミツ様のサイン」
そう言って、用紙を差し出す。
それは確かに、この国の婚姻届だった。女性の名前欄にあらかじめ「ユキ」と書いてある。
突然の事に一瞬意味が分からず、ホタルは絶句した。
一方カネミツは即答する。
「断る!」
「では代わりに、私を今回の旅のお供にして頂きたく」
「それも断る!」
カネミツは会社員生活で、「嫌な事はさっさと嫌だと言って断れば、すぐ解決する」という事を学んでいた。
正確には解決するのではなく、気の弱い別の社員に押し付けることが出来る、という意味であったが。
「ユキ、ね。君の事は知っているぞ。っていうか昨日聞いた。君は巨乳凄腕婚活ハンター、ユキくんだ」
仲間募集に応募してきた一人。
マスターがイチオシしていた、二十五歳の女冒険者である。
「あら。ご存知でしたとは、光栄です。でもそれなら話は早いですわ。何故私をお仲間に選んでくださらなかったのか、尋ねようと思っていましたの」
急にユキの目が据わった。
納得いかない事を追及する、鋭い眼光。それは自信のあらわれでもある。
最近話題急上昇中のトレジャーハンターとして、確かな実力が備わっているようだ。
「おいおっさん。俺は別にこのお姉さんが一緒でもいいけど」
ホタル少年は既に巨乳の魅力に引っかかってしまったようだ。
仕方ない。まだ十四歳の男子なのだから。
だがカネミツはいい大人。巨乳は好きだが屈しない。
「申し訳ないが、個人的諸事情により女はバツ! それに分け前の問題もあるので、もう人数は増やせないんだよね」
その言葉に、ユキは眉間にしわを寄せ……ハッとしたように笑顔に戻り、眉間を指で押えてマッサージした。
「あらあらあら。おほほほほ。女性はバツって、現にそのお嬢ちゃんを仲間にされたのでしょう?」
「だから俺は男だって!」
「そのようなつまらない冗談は、もう充分ですわよ?」
ユキが笑顔をホタルに向けた。
ただの笑顔では無く、底冷えするような恐怖を感じる、奥深い笑顔。
ホタルは気押され「うぐぅ……」と呻いた後、言葉が続かなくなった。
「まあまあユキくん。ホタルちゃんってば、こんな顔して本当に男の子だから」
「カネミツ様までそのような御戯れを」
「ホントだって。確かめてみてよ、ほら」
そう言ってカネミツは立ち上がり、ユキの手を掴んだ。
「あら。カネミツ様ったら積極的なお方」
と軽く頬を染めた、直後。
カネミツはユキの手を引っ張り、ホタルの股間へ押し付けた。
ホタルは最初何が起こったのか理解できず、固まった。
「……うおあああっ!?」
そして少し遅れて悲鳴を上げた。
「まあ本当に男の子でしたの……幾分小振りですけど」
「お、お、お、おっさん、このクソジジイ!」
ホタルが再びスプーンを投げ、カネミツは「もうそれは慣れた」とばかりに避けた。そしてスプーンは案の定、知らないおじさんに当たった。
三人は立ち上がり謝ったが、その際、ホタル少年は少し腰が引けていた。
「しかし、なんて事ですの。本当の本当に男の子。疑ってごめんなさいね、お嬢ちゃん」
「じゃあお嬢ちゃんって言うのはやめろよ……!」
三人は席に戻り、話を続けた。
「カネミツ様がショタコンホモ野郎になってしまったという噂、本当だったのですわね」
「いや待て、それは間違いだぞ」
カネミツが訂正しようとしたが、ユキは聞き耳を持たない様子だ。
手の平を口の前で合わせ、何故か目を輝かせて言った。
「でもご安心くださいカネミツ様。私、そういう殿方同士の色恋沙汰には寛容ですの。いえ、むしろ積極的にお話を聞きたいくらいですわ」
「待ちたまえユキくん、君は勘違いをしているぞ」
「でも私、諦めませんことよ。そうだわ、お嬢ちゃんも含めて三人で、いつか色々とやりましょう。色々と……ね?」
ユキは意味深にそう言って、ホタルの額を指先でつついた。
年上の女性、しかも巨乳にそんな事をされてしまっては、思春期真っただ中であるホタル少年としては、ただ赤面し挙動不審に目を泳がせるほか無いのであった。
「私諦めませんわよ。諦めませんわよー。オーホッホッホッホッホ……」
ユキは笑い声のフェードアウトと共に、その場から去っていった。
しばらく苦笑いしていたカネミツだったが、気を取り直して立ち上がった。
「さあ、邪魔は入ったが冒険の旅へ出発だ、ホタルちゃん……ホタルちゃん?」
「い、今は出発出来ない……歩けない……」
少年はその後もしばらく前屈みだった。