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一緒に考えて欲しい

ーーばっかみたい


ギョッとして振り返ると、彼女もまたキョトンとした顔をした。

どうやら今の言葉は僕に対して投げかけられたものではなく、ただの独り言だったらしい。


彼女はしばらくすると僕の顔をみたままニヤリと笑った。


ーーやばい、殺される!

視線だけで串刺しにされてしまう!


僕はテンパったが彼女は気にも留めずに僕に話しかけてきた。


「ねぇあなた……犯罪者じゃないでしょ?」


な、何故断言出来るんだ。

重犯罪者には重犯罪者が分かるってことか?

この僕から重犯罪者の匂いがしないとでも言いたいのか!?


「そんな不思議がらなくてもいいでしょ。単なる確率の話よ」


……気がつくと僕と彼女以外の他の四人もギョッとした表情でこちらを見据えていた。

そりゃそうだ。

さっきまで暗黙の了解で結ばれていた不可侵協定がこんなにも乱暴に破られたのだから。

いや、今はそれより……。


「か、確率の話ってどういうことだよ。確率的に考えるならむしろーー」


「あっ、ちなみに私も犯罪者じゃないから。ホントにホントよ。ね、お願い信じて」


「信じろって言われても何を根拠に信じーー」


「根拠なんてさっきも言ったじゃない。確率的に考えたらそうなるのよ」


「い、いやだから……確率的に考えたらむしろお前は犯罪者だろうが!」


なんだろう、さっきからとてつもなく馬鹿にされてる気がする。

ひょっとすると確率という文字をゲシュタルト崩壊させて僕を殺す気なのかもしれない、この子は。


彼女は僕の言葉を受け、ゆっくりと口角を吊り上げると


「どうしてそう思うの?」


と呟いた。

そんなこともわからないのか。

僕はやれやれとかぶりをふって、説明してやることにした。

もう凶悪犯に対する恐怖は麻痺してどこかへ飛んでいる。


「えっとさ、嘘発見器の精度が99%なのは知ってるよね?」


「ええ、知ってるわ」


「ここには100人の人間が収容されてるよね?」


「そうね」


「つまり重犯罪者と判定された人間が本当に犯罪者である確率は99%だよね?」


「そうかしら」


「ということはだよ、確率的に考えるとここの100人の内99人は犯罪者ってことになるよね?」


「それは違うわ」


彼女の指摘に対し、僕は「へ?」と間の抜けた声を出した。まさかそこでダメ出しを受けるとは思わなかった。


一体何を間違えているんだろう?


別におかしなことを言ったつもりはないけど。


…………。


しばらく頭を抱えて考えてみたものの、それでも全く分からない。

諦めて彼女にギブアップとアイコンタクトを投げかけると、彼女は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

……この子絶対性格悪い


「ねぇあなた、この国に何人の国民がいるか知ってる?」


「はい?」


予想外の切り口に思わず頓狂な声をあげてしまったが、しどろもどろになりつつも僕はなんとか答える


「1億人だろ? たしか」


「えぇ。じゃあ1億の1%は何人?」


「えっと……1億に0.01をかければいいわけだから、えーっと……」


「100万人よ」


僕の計算が後もう少しで終わるというところで、少女が答えを先取りしてしまった。

満面の得意顔である。

くっ……!舐めやがって!

もし僕が凶悪犯なら、刃物でやたらめたらにぐさぐさされても文句は言えんぞっ!


「まだ分からない?」


「んー……いや、まあ、あともう少しで理解できるってところかな」


「そう、全く分からないのね」


「ぐっ……」


いや、本当にあとちょっとで分かりそうなんだって。

……ホントにホントだぞ!?


「ほら、あれだろ。1%って言ったら……嘘発見器が誤作動を起こす確率だ」


「そうね」


「つまりこの国では今、100万人の"無実"の人間が嘘発見器に"凶悪犯"のレッテルを貼られてるわけだ」


「そこまで分かって何も違和感を覚えないの?」


「え、別に何もおかしくないと思うけど」


「そう……」


彼女は少しだけげんなりした顔をした。

どうやら教えたがりっぽいこの子にすらそんな顔をされるなんて、どんだけ馬鹿を晒したんだ俺はと不安になる。

不安になるものの、分からないものは分からないのだから仕方がない。


「なら切り口を変えてみましょうか」


「収容施設が地域毎に建てられてるのは、知ってるわよね?」


「ああ、ここに収容されてる人間はA区の住民だ」


「A区の人口が何人か覚えてる?」


「知ってるぞ。1万人だろ」


「よかった。ならさっきの要領で、実際には"無実"なのに嘘発見器に"凶悪犯"のレッテルを貼られている人間の数を計算してみて」


「うん? えーっと……」


無実なのに凶悪犯……ってことは、嘘発見器が誤作動を起こしてるってことだろ?

嘘発見器が誤作動を起こす確率は1%なわけだから……。

1万に0.01をかければいいわけだ。

1万を数字で表すと10000だからゼロを二つとって……。


「100人だ」


「そう、100人ね」


「えっと……だからどうしたの?」


「ふふっ、この収容施設にいる人数は?」


「だからさっき100人って……あっ!」


犯罪者判定を受けた無実の人間が100人

この収容施設にいる人間も100人

ーー完全に、一致している


「それってつまり、ここにいる人間はーー」


「ええそうよ。確率的に考えると、ここには"無実"の"冤罪者"しかいないのよ」


彼女の投げた言葉はたちまち波紋を呼び、六人しかいない部屋がにわかにどよめいた。


「ま、待て待て待て。おかしいだろ。犯罪者発見装置の精度は99%なんだから、100人中99人は犯罪者でないと計算が合わないはずじゃ……」


「確かに犯罪者発見装置の精度は99%よ。それでも犯罪者発見装置に"犯罪者"と判定された人間が本当に犯罪者である確率が99%になるとは限らないのよ」


「す、数字のマジックというやつか……?」


「いい勉強になったでしょ? こういうのって知ってるのと知らないのとじゃ大違いだから。あなたなんて特に詐欺に騙されそう」


「ぐ、ぐぬぬ……」


今度こそ僕は何も言い返せず、悔しさに歯をくいしばる。

彼女はそんな僕に対し「人がいいって意味よ」と笑った。

それは少女がここに来て初めてみせる、邪気のない心からの笑みだった。

それで毒気が抜かれた。


「……ありがとう。おかげで安心出来たよ。正直なところ、君を含めてここにいる人間全員を凶悪犯だと思っていたから」


「いいのよ。このピリピリした雰囲気には飽き飽きしていたところだしね」


「ああ、たしかに。部屋の雰囲気が変わったな」


見ると他の四人も安堵の表情を見せ、うち二人は雑談に花を咲かせはじめていた。


「この部屋だけじゃないわ。共用スペースの映像・音声は各個室に中継されるから、今のあなたとの会話は"収容施設"にいる全員に届いたはずよ」


「あっ……」


言われてから思い出す。

ここの監視カメラの映像は何故か収容者の部屋にも中継されているのだった。

でもそれはつまり……!


「まさか最初からそれが狙いで……?」


「へへっ」


彼女はいたずらが成功した子供のような笑みを浮かばせた。ほんとうに、不敵な笑顔が似合う子である。


「そもそもよく考えてもみなさいよ。人口1万人ぽっちの町に100人も凶悪犯が潜んでいるわけないじゃない。いたら治安がわるいだなんてものじゃないわ」


「た、たしかに……」


「それに知ってる?この共用スペースの奥の方には調理場があるんだけど……そこには調理用の包丁が置いてあるの。誰でも持ち出せる状態でね」


「ほ、包丁!? それって凶器になり得るんじゃ……」


「だから言ったでしょう? ここに来る人間は大抵無実の人間。さして警戒する必要もないってわけ」


「な、なるほど……」


流石にそれは管理がずさん過ぎる気がするが、いやしかし、善良な一般市民を拘束したあげくに行動まで厳しく拘束してしまうというのはたしかに批判の的になるのかもしれない。


「これで多少は過ごしやすくなるかしら」


「ああ、大分雰囲気はよくなると思うよ。痛くない腹の探り合いをしなくて済むようになったんだから」


「ま、あなたをいじり倒した成果が多少は出たってところね」


彼女はわざとらしい口調でそう言った。だけどここまで来れば僕にも分かる。彼女は単に、素直じゃないだけなのだ


「ああ。君のおかげだ。ありがとう」


だから僕は彼女の瞳を真っ直ぐ見据えて、言い切った。


「へ? え、えっと……とにかく! …………明日からも、よろしく」


なにがとにかくなのか分からなかったし、最後に何を呟いたのか小声過ぎて聞こえなかったし、仮に聞こえていたところで支離滅裂だった気がするがーーともかく彼女はそういうと踵を返して逃げるように個室へ向かって歩き出してしまった。

僕はそんな彼女の後ろ姿を見て苦笑する。



彼女はきっと分かっていない。

彼女の言葉に僕がどれほど救われたか。

僕がどれだけ彼女に感謝しているか。

全然分かっていない。

ああ、今から楽しみでならない。





ーーやっぱ殺すなら、シャバの人間に限るよなあ?

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