骨折りさんの話
「まーずは一本折りましょかー。わたしのあーしとかーえておくれ。
つーぎは一本折りましょかー。わたしのみぎうでかーえておくれ。・・・」
キシキシという何かがこすれるような音が響き、童謡のような、しかし物悲しい歌が広がる。まだ今はその歌を聴くものはいない・・・。
「おい!!聞いたっすか、剛。骨折りさんっすよ、骨折りさん。」
バンッと部室の扉が乱暴に開かれ一人の少年が飛び込んでくる。
「加藤、うるさい・・・。」
「正樹がうるさいのなんていつものことじゃん。」
本を読んでいたおとなしそうな少女が迷惑そうに顔をしかめる。それに対して快活そうな少女が笑って返す。
「篠山も美月もひどいっす。それどころじゃないんすよ。骨折りさん、骨折りさんの話っすよ。」
「なんだよ、そのめちゃくちゃ苦労してそうな人は?」
窓際に座っていた剛がスマホから目を離して正樹に向き合う。
「ちがうっすよ、そんな苦労人の話じゃないっす。都市伝説っすよ、都市伝説。午後6時6分に5人で手をつないで「骨折りさん、骨折りさん。憎いあいつの骨折りください。憎い誰かの骨折りください。」って皆で言うと骨折りさんが現れてその誰かの骨を折ってくれるらしいっすよ。」
「なんだよ、その簡単な呼び出し方法。生贄とか対価とか無しかよ。」
「まあ、都市伝説なんてそんなもんじゃん。」
「うるさい、加藤・・・。」
「なんだよ、皆ノリが悪いっすねぇ。こんなに簡単なんだからオカルト研究部としては試さずにはいられないっす。」
「加藤、正しくは科学外研究部・・・。」
「相変わらず篠山は細かいっす。やってることは変わんねぇっすよ。」
そう、ここは科学外研究部。科学では解明できない事象を調べて研究する部活だ。しかし他の生徒には正樹の言うオカルト研究部の方が通じることがこの部の実態を表していた。
「いいじゃん。ちょうどこの部も5人だし、文化祭で発表も出来るじゃん。」
「そうだな、文化祭の発表もそろそろ考えなくてはいけないし、いいんじゃないか?」
「部長、面倒・・・。」
「そこなんすよねー。5人だと部長もいるんすよ。」
こっそりと部室に隠れていた少年が正樹の頭を殴る。
「いってー。なんでいるんすか部長。」
「誰が面倒なのかな、正樹君。」
「俺、面倒なんて言ってないっすよ、言ったのは篠山。」
「女性を殴れんだろうが!!」
「それだけっすか?俺が殴られた理由ってそれだけっすか!?」
正樹の叫びを無視し、部長が全員に告げる。
「それでは諸君、本日午後6時6分。その儀式を行おうではないか。」
そうして儀式が行われることが決まった。
「それでその誰かは数学の佐々木でいいんだな。」
「まあ、いいんじゃない。あいつ女子にめっちゃ評判悪いじゃん。」
「胸ばっか見る・・・。」
「あれはあからさますぎるっす。特に篠山なんて胸でかいから見られまくってるっすからなー。」
「正樹君、デリカシーが無いぞ。それに儀式の前だ、静粛にしたまえ。」
「部長のそのしゃべりの方がおかしいと思うんすけどねー。」
小声で正樹が文句を言う。この部活は幼馴染である正樹達4人が部長に引っ張り込まれたせいで存続している弱小部だ。さすがに1年先輩である部長に対してはおおっぴらに文句も言いづらい。入部するときは何でも自由と言う触れ込みだったのに、いつの間にか部長の気まぐれに振り回されることになっていた。まあ、暇が潰せるならいいかと正樹は思っていたが。
「では諸君、あと30秒で6時6分だ。みんなで手を繋げ。」
5人が手を繋ぎ、輪を作る。
「それでは諸君、時間だ。」
「「「「「骨折りさん、骨折りさん。憎いあいつの骨折りください。憎い佐々木の骨折りください。」」」」」
「何も起こらないっすね。」
「やっぱデマだったんじゃん。」
「時間の無駄・・・。」
「まあ、正樹が持ってくる話なんてこんなもんだろ。」
「諸君、静かにしろ!!」
4人が部長の向いている方向を見るとそこには黒い何かが居た。じっくりと見ようとすると逆にぼやけてしまう不確かな存在だ。
「本当にいいのかい?」
聞きなれない少年の声が聞こえる。その声は嬉しそうであり、そして悲しそうであった。その声に4人は躊躇した。自分たちは取り返しのつかないことをしようとしているのではないかと。しかし1人だけは違った。
「今更、躊躇なぞせぬわ!!」
「そうかい、わかったよ。」
キシキシキシキシと何かがこすれるような音を残し黒い何かは出て行った。
「出た・・・。」
「ああ、出たな。」
「本当に出ちゃったじゃん。」
「部長、まずいんじゃないすか?」
「馬鹿者!!儀式を途中でやめる方が何が起こるかわからん。」
5人とも動揺を隠せない。今まで同じように儀式を行ってきたが実際に何かが起こったのは初めてだったのだ。しかも全員が姿を見て声を聞いている。勘違いの可能性は低い。
「なんか、やばそうな予感がプンプンするっす。帰った方がいいんじゃないんすか?」
「そうだな、可及的速やかに帰宅するぞ、諸君。」
全員がすぐに帰る準備を終え、昇降口に向かい階段を降りる。
と、そのとき
「ぎゃー、やめてくれ、やめてくれ、あぁー・・・。」
男の野太い叫び声が聞こえた。
「今の声・・・。」
「佐々木っぽかったじゃん。」
「どうする、階段の下っぽいぞ。」
「どちらにしろ階段を降りんと帰られん。通り抜けるぞ。」
「まじっすか。俺、窓から飛び降りてもいいかなって思ってるっすけど。」
階段から降りた先で見たのは佐々木教諭と思われる肉の塊であった。全身の骨が砕かれ関節があらぬ方向へ曲がり、顔面は崩壊し、さながら血の海の上に浮かぶ現代アートのオブジェのようであった。
呼吸に合わせて口から泡が出たり、消えたりしている。まだ死んでいない。いやただ死んでいないだけであった。
「うえぇー。」
「おい、大丈夫っすか、剛。」
「うそじゃん、ありえるわけないじゃん。」
「んっ・・・。」
「諸君、これはまずいぞ。全力で学校を出るぞ。」
吐いた剛を介抱する正樹達を残し、部長は1人で昇降口へ向かった。それを見て慌てて4人も続く。こんな異常事態の時に吐いたくらいでは立ち止まれなかった。その肉塊のオブジェの横を吐くのを我慢しながら通り過ぎ、やっとの思いで昇降口へ着く。そこには、ただ立ち尽くす部長がいた。
「先に行くなんてひどいじゃないっすか、部長。・・・部長?」
正樹が話しかけても部長は昇降口を見たまま動かない。
「先に帰るっすよ、部長。」
そう言って正樹達は校舎から出ようとした。しかし見えない壁に阻まれて外に出ることが出来ない。
「部長、なんなんすか?この見えない壁は?」
正樹の横を何もないかのように普通に出て行く女子生徒がいる。数十メートル先には部活に励む同級生達が笑っている。いつもの日常の光景だ。
「閉じ込められたのだ、この校舎にな。そもそもおかしいのだ。佐々木のあの悲鳴を聞いて騒ぎにならないはずがない。」
その時、キシキシキシキシと音が聞こえた。振り向くとそこに黒い何かが居た。
「君達の願い事は叶えたよ。じゃあ次は僕の願いを叶えてくれ。」
黒い何かが晴れ、そこにいたのは全身の骨を折られている人間の骸骨であった。骸骨が動くたびに折れた骨がキシキシと鳴る。
「まーずは1本折りましょかー。わたしのあーしとかーえておくれ。」
骸骨が童謡のようなメロディーを楽しげに歌う。
「あれはまずいぞ、諸君。逃げた方がいい。」
「無理・・・。」
「逃げろって言っても外には出られないし、校舎の中の方にはあいつがいるじゃん。」
「俺が最初に行って囮になる。この中で1番運動神経がいいのは俺だ。さっき介抱してくれた義理もあるしな。」
「剛・・・。」
「正樹、みんなを守ってくれ。後で合流しよう。・・・おらっ、化け物。こっちへ来やがれ。」
剛が骸骨の前でフェイントをかけ横をすり抜けていく。骸骨はキシキシと音をたて、歌を歌いながら追いかけていく。
「逃げるぞ、諸君。」
4人は骸骨が行った方向と逆方向へ向かって走り出した。
「どうするんすか、部長。」
「まずは職員室へ向かうのだ。だれかに助けを求めよう。それと、携帯を持っている者はいるか?」
正樹と美月が手を挙げる。
「外部と連絡が取れないか確認するのだ。」
「了解っす。・・・俺のは無理っす。」
「圏外じゃん、こんなこと今まで一度もなかったじゃん。」
「貸して・・・」
正樹達3人がスマホの確認に夢中になっている中、部長はひとりごちる。
「本格的にまずいな、時間もなさそうだ。」
3人は気が付かなかったようだが、男の悲鳴が部長には聞こえていた。剛が捕まったのだろう。ということは単純に体力だけでは逃げきれないということだ。
「とりあえず、早く職員室へ向かうのだ。閉じ込めれれているということは、逆に言えばここさえ脱出出来れば逃げられる可能性が高いと言う事だ。急ぐぞ諸君。」
4人は走る速度を上げた。
職員室に入り、中を見渡すとちょうど正樹達の担任の伊藤教諭がお茶を飲んでいた。その普段通りの光景にちょっと安心する。
「伊藤先生、助けてください!!」
4人で詰め寄る。しかし伊藤教諭はこちらを見もしない。お茶を置くと宿題のチェックに戻ってしまったようだ。
「なんで無視するんすか、大変なんすよ。」
正樹が伊藤教諭の肩を掴もうとする。しかしその手は伊藤教諭をすり抜けてしまい掴むことが出来ない。
「なんで・・・」
何度も掴もうとするが無理だった。
「やめるのだ、正樹君。我々自体が今見えている光景とは違う次元にいるのだろう。人には干渉が出来なさそうだ。なぜ物には干渉できるかが不明だがな。」
部長が机から鉛筆を持ち上げ分析する。
その時、キシキシキシキシという音に4人が振り返る。そこにはあの骸骨がいた。いや、それは正しくない。下半身が血にまみれた骨に変わっていた。そしてその骨は折れていない。歩くごとにぽたっ、ぽたっと血痕が落ちていく。
「やあ、よくわかったね。逃げても無駄なんだ。早く骨をくれないかな?」
少年の声で楽し気に話しかけてくる。
「てめぇ、剛をどうしたんだ!!」
「足の骨をもらっただけだよ、死んではいないから安心して。」
「安心できるわけがねぇだろ。」
「そんなことはどうでもいいんだよ。僕は僕の願いを叶えるために君達から骨をもらわなければいけないんだ。だから・・・」
「つーぎは一本折りましょかー。わたしのみぎうでかーえておくれ。」
骸骨が話は終わったとばかりに歌を歌いだす。
「逃げるぞ、諸君。」
部長を先頭に骸骨がいない方の扉から職員室を出る。骸骨は相変わらずキシキシと音をたて、歌いながら追いかけてくる。
「どうする、部長・・・。」
「とりあえず、距離を離すぞ。昇降口以外の出入り口から出られないか確認するのだ。」
「一番近いのは中庭へ出る渡り廊下じゃん。」
「というより窓から出られないっすか?」
正樹が近くの窓を開けて出ようとするが見えない壁に阻まれて出られない。
「やっぱ無理っすか。」
「正樹、早く来るのだ。追いつかれるぞ。」
4人は渡り廊下に向かって再度走り出した。
「そろそろ、無理・・・。」
「篠山、殺されるかもしれないんっすよ。手を貸すから頑張るっす。」
「加藤の手を借りるなら、死んだほうがまし・・・。」
「この状況でそんなこと言えるなら余裕っすね。」
ここを曲がれば渡り廊下だ。幸いにも骸骨が追いかけてきている様子は見えない。少しは時間があるだろう。
曲がり廊下を曲がった先にあったのは上半身の骨を粉々に砕かれ、下半身は切開されそこから大量の血を流している剛の姿だった。剛のすぐそばにぼきぼきに折れた足の骨と思われるものが転がっていた。
「剛、大丈夫っすか、剛。」
どう見ても大丈夫には見えなかったがそう声をかけることしか出来なかった。剛は顔をくしゃくしゃにして涙を流していた。
「殺してくれ、死ねないんだ。激痛で気を失いそうになるんだがそれも出来ない。なんなんだこれは、なんなんだよ!!」
「剛・・・。」
「無理じゃん、逃げるなんて無理。」
3人に絶望が襲う。幼馴染の剛を殺すことなんて出来ない。でもこの状態の剛をほおっておくことなんて出来ない。どうしたらいいのかわからなかった。
「渡り廊下には出られん。別の道を探すぞ諸君。」
「なに言ってんすか部長!!剛を置いていくっていうんですか!?」
「どのみち助からん、ここにいては奴に追いつめられるだけだ。」
「てめえ!!」
正樹が部長の胸倉をつかみ壁に押し付けようとする。しかし部長は服を引っ張りあっさりと正樹の手を外してしまった。
「どうすれば助かるのかはわからん。もしかしたら誰かが逃げきれれば全員助かるかもしれん。ここにいればその可能性さえ0になる。」
「ぐっ。」
だんだんとキシキシと言う音と歌が聞こえてくる。時間はあまり残されていない。
「とりあえず、逃げるぞ諸君。剛、すまんな。」
「殺してくれ、頼むから殺してくれ。1人にしないでくれ。助けてくれよ。」
剛が涙を流していた目をかっと見開いて懇願する。骨が砕かれているのでほとんど動かない体を小刻みに動かしながら。
3人はそれを見つめながら走り始めた。
「おい、篠山行くっすよ!!」
「ここに残る・・・。」
「何言ってるっすか。もうすぐ奴が来るっすよ。」
「どうぜ逃げられない・・・。なら剛と一緒にいる・・・。」
「馬鹿野郎、早く「いいんだね、静」」
「うん、後は任せた・・・。」
「行くじゃん、皆。必ず脱出する方法を見つけるじゃん。」
「おい、美月いいんすか。」
「あの子の決断じゃん。剛のそばにいさせてあげて欲しい。」
3人は振り返らず別方向へ走り出した。
「痛い、痛い、痛い、痛い、やめて、やめて、やめて、やめてください、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
静の叫び声を聞きながら2階へと階段を駆け上っていった。
「部長はどうしたら逃げられるかわかっているんすか?」
「一応いくつか仮説は既に立てておる。1、時間まで逃げ切るパターン、2、脱出箇所がどこかにあるパターン、3、何か条件を達成するパターン、そして4、奴を殺すパターンだ。」
「今は1をしつつ2を探しているってことっすね。」
「3についてはヒントさえないから無理だな。あと残る手段は4。奴を殺すパターンだけであるな。」
「無理じゃん。」
「いや、案外そうでもない。奴の骨はぼきぼきに折れているから動く速度はあまり早くない、骨を交換していっているからだんだんと早くなるだろうがな。こちらの人数も多い今のうちに試しておくのがいいかもしれんな。」
「だれがやるっすか?俺は嫌っすよ。」
「もちろん全員参加だ。生き残るためには仕方がないと考えろ。それでは武器を探しつつ逃げ道を探すぞ、諸君。」
教室に入り、何か武器になりそうなものはないか探す。とりあえずは柄の長い箒をそれぞれ持つことにした。
「見えない壁があるのは1階だけかと思ったっすけど無理みたいっすね。」
窓ガラスを開けて外に出られるか確認していた正樹が首を振る。
「2階にもあるのだから3階にも当然あるのだろうな。となると外にでる出口はすべて見えない壁で覆われていそうだな。」
「ってことは脱出できないってことじゃん。」
「あとは逃げ切るか、奴を倒すしかないということだ。待ち伏せしやすい場所を探すぞ、諸君。」
3人で待ち伏せに良い場所を探す。一番重要視したのは逃走しやすいことだ。倒すことが出来なかった場合袋小路ではそのまま終わってしまう。
「2階の渡り廊下付近だな。ここならどの方向から来ても2か所以上は逃げ道がある。」
「どうやってここに誘い込むんすか?」
「もちろん囮を使ってだ。」
「誰っすか、予想は出来てるけど誰っすか?」
「正樹君、君だよ。」
「なんでっすか?部長がやればいいじゃないっすか。」
「もしここまで来たら最初に攻撃するのは、ここで待機している者だぞ。当然危険はどちらにもある。逆にするか?」
「迷うっすけど、追いかけられるのは嫌っす。」
「わかった。それではこちらに誘い込んで来よう。待っていてくれ。」
そういうと部長は1人廊下を歩いて行った。
「こんな箒で倒せるわけないじゃん。」
「でも、永遠と追いかけられるよりはいいんじゃないっすか?」
「そもそも正樹がこんなことしようとしたのが悪いじゃん。」
「美月たちも賛成したっすよね。」
「だってこんなことになるとは思わなかったじゃん!!」
「俺だってそうっすよ!!」
「剛も静もやられてどうすんのよ!!」
「俺が責任を感じてないとでも思ってるっすか!!」
沈黙が流れる。正樹の目からも美月の目からも涙が流れていた。
「後悔はしてるっす。静のこともせっかく剛から皆を守ってくれって言われたのに守れなかったっす。でも今更どうしたらいいっすか!!今出来ることは部長が言った通り一人でもこの場所から逃げられたら皆助かる可能性にかけることだけっす。」
「正樹・・・。」
「俺は美月には生き残ってほしいっす。もし俺に何かあっても逃げて、逃げて、逃げ延びてほしいっす。だって、俺は美月が好きだから・・・。」
「はぁ、こんな時に何言ってんのよ。」
「こんな時だからっす。小学生のころからずっと好きだったっす。言わずに死ぬよりはましっすからね。」
「そう、返事は今は返さない、ここから逃げて皆で日常に戻ってからじゃん。」
「それでいいっす。」
生きて帰ろう、改めて二人ともそう思った。
しばらくして廊下からバタバタと走る音と、キシキシと言う音、そして歌が聞こえてきた。
「もうすぐ来るぞ。右腕も変わっていたから静君も駄目だろうな。」
息をのむ。悲鳴が聞こえた段階でわかってはいたことだが改めて言われると衝撃を受ける。
「つーぎは一本折りましょかー。わたしのひだりてかーえておくれ。」
歌が聞こえる。最初のころよりもさらに嬉しそうな歌声だ。
「作戦はわかっているな。曲がり角を曲がった瞬間に頭を狙え。頭が無くて動ける者などあまりいないはずだ。確証はないがな。」
「わかってるっす。部長もフォローお願いするっす。」
「わたしも頑張るじゃん。」
だんだんと歌声とキシキシと言う音が近づいてくる。そして骸骨の頭が見えた瞬間、正樹が箒の柄を頭に向かってフルスイングした。
ぐしゃ
音を残し、頭の骨が更に砕かれ廊下の端に飛んでいく。体の骨が統率を失ったかのようにぐしゃりと崩れ落ちた。
「やったっすか?」
「正樹すごいじゃん。」
2人で喜び合う。これで帰れるのかもしれないのだ。
「2人ともそこから離れろ!!」
部長の声ではっと気づくと2人の目の前で黒いもやが襲い掛かろうとしていた。正樹が美月を思いっきり突き飛ばす。
「いったー。・・・正樹、正樹大丈夫なの?」
「ぐっ、がぁあああ!!」
美月の目の前で黒いもやに包まれた正樹の体の骨がぼきぼきに折れていくのが見える。背中をそり、ありえない角度になりながら正樹は床に崩れ落ちた。
「嘘、嘘じゃん。正樹、ねぇ正樹・・・」
「に・・る・・・・・す」
かろうじて正樹の声が聞こえた。しかし何を言っているのかわからない。しかし目で逃げろと言っていることだけは美月にはわかった。
「ひどいなあ、頭の骨が更に折れちゃったよ。じゃあ、君の左腕はもらうね。」
黒い靄が左腕を覆うと肉が切り開かれ、血が噴き出した。そして傷一つない左手を骸骨が取ると、自分の左腕を捨て正樹の左腕の骨をくっつけなおす。その腕からは血がしたたり落ちていた。
「美月君、逃げるぞ。早くしろ。」
「ははっ、これは夢じゃん。ここで殺されればこの悪夢から解放されるんじゃん。ははっ、はははっ、はははははは・・・」
「くそっ、駄目か。」
部長は1人渡り廊下を渡りもう西校舎へと逃げ出した。
「つーぎは一本折りましょかー。わたしのむーねとかーえておくれ。」
骸骨の歌と、笑い続ける美月の声を後ろに聞きながら。
最悪のケースだった。皆には言わなかった可能性。どうあっても助からないという可能性が非常に高い。正樹が頭を吹き飛ばし、骸骨の体が崩れ落ちた瞬間は行けたと思ったのだが駄目だった。黒い霧が実は本体かもしれない。
このまま逃げ回ってもいずれは捕まるだろう。そしてどこかしらの骨を取られるのだ。あと残っているのは頭くらいか。皆はなんとか生きているみたいだがさすがに頭を取られたら死ぬだろうな。
たとえ死ぬとしても何とかして一矢報いたい。倒すのは無理、ならば自殺すればあいつの目的を邪魔することが出来るのではないか。そう考えた部長は屋上へ向かった。家庭科室などの包丁などの危険物がある教室には鍵がかかっているはずだし、下手に移動してあいつとかち合うことになってはまずいと思ったからだ。
屋上へ上がり、転落防止用のフェンスを乗り越える。鉄条網が手に引っかかり血が出たが特に気にならない。あとは落ちるだけだ。
見えない壁は無かった。うまくいけば校舎から脱出できるし、最悪あいつの目的を邪魔することは出来るだろう。
「さいごに一本折りましょかー。わたしのあたまとかーえておくれ。」
あいつの歌が聞こえる。骨折りさん、あいつはいったい何だったのだろう。そう思いながら屋上を飛び降りた。
地面が近づいてくる途中で声が聞こえた。
「あぁ、これで終われる。ごめんね皆。そして次は君の番だよ。」
ぐしゃっと頭がつぶれるような音がした後、意識は暗転した。
はっ、と気づくと自分の部屋のベットの上だった。周りには見慣れたオカルト関係の本が置いてある。日付は夢で見たのと同じ日。夢だったのか、もしかしたら予知夢かもしれない。今日同じことが起こりそうなら回避する必要があるな。
「ニュースです。県立○○高校において教師1人と生徒4人が意識不明の状態で発見されました。病院に搬送され現在は意識は戻っているそうです。また1人の生徒も行方不明となっています。警察は事件、事故の両面から捜査を開始・・・」
「おい、聞いたかよ。オカ研の話。」
「ああ、聞いた聞いた。なんか全員意識不明なんだろ。」
「ちげーよ、意識は戻ったんだが体の一部が動かなくなってるらしいぜ。」
「まじかよ。」
「そんで佐々木なんか全身まひで全く動けないらしいぜ。」
「まあ、佐々木は好きじゃねえからどうでもいいけど。」
「しかも原因不明で治療方法もわからんらしい。」
「この学校やばいガスとかでも出てるんじゃね。」
「なんか噂によると「骨折りさん」っていうのをやったらしいぜ。」
「なんだよ、「骨折りさん」って。」
・・・
何度この夜を繰り返したのだろう。骨折りさんに皆が骨を取られていく様を見ていく夜を。
教会、寺、神社どこに逃げても駄目だった。午後6時6分になると部室へ戻ってきてしまうのだ。何百回と繰り返したころ、正樹を殺してみた。警察に連れていかれ、取調室にいたが午後6時6分になると部室へ戻ってきてしまう。そして殺したはずの正樹も生き返っている。これは罰なのであろうか。骨折りさんを呼び出してしまった私に対する。
もはや、逃げることもない。私を無視し骨折りさんは皆の骨を取っていく。あの歌を歌いながら。私の問いかけに答えることも無く。
そしてある時、午後6時6分、いつもとは違う場所へ呼び出された。そこには見覚えのない5人の男女が輪を作って立っていた。自分自身の体は骸骨になり黒いもやで覆われていた。そして理解した。彼が行っていたことの意味を。この呪いから逃れるための方法を。
そして私は彼らに聞いた。
「本当にいいのかい?」
オマージュ作品です。
三人称は難しいですね。