平林家
「ただいま。」
「お邪魔します。」
現在、5階建てのアパートが建ち並ぶ住宅団地のとある4階、平林家に到着。
スーパーな医師のおっちゃんに聞いた限りでは、肋骨の骨折は2、3週間で治るらしい。そして、退院しても全く構わないそうなので、さっさと退院してしまった。
しかし、重い荷物を持ったり、過度な運動は避けるようにと言われてしまったので、完治するまでは工事現場のほうのバイトは休まなければならない。まあこの左腕じゃ大した仕事もできないだろうしな。
平林家に来るまでに、工事現場のほうのバイトに長期休みの連絡を入れた。
最初は、完治するまで待ってくれるとも思わなかったので、次のバイト先を考えていたのだが、すんなりと俺の休みを受け入れてくれた。
それどころか、「お前はいつも休まずに働いてくれてたからな。たまにはゆっくり休め!」なんて言われてしまった。
なんとも人情味のあるおっちゃん……もとい俺の上司である。俺の周りにいる人たちっていい人ばっかなんだな。
それにしてもほんとに良かった……。高校生を0時まで働かせてくれるバイトなんてなかなか巡り会えるものじゃないからな。
ちなみに、新聞配達のバイトのほうは続けるつもりである。流石に2つともバイトサボると色々と大変だからな。
3週間だったら、生活費と真優のお小遣いくらいなら、新聞配達と今までバイトで少しずつ貯めてきた分を切り崩せばなんとかなる。と思う。信じてる。
まあ、最悪父さんの遺してくれた貯金から少し拝借して、後で拝借した分を戻せばいいしな。問題ないやい。
「おかえり、早かったな父さ……って優作!おま、もう大丈夫なのか!?」
父親を出迎えに来た和人が急に血相変えて問いかけてくる。うん、いいやつ。
「ああ、心配かけたな。肋骨折れてるみたいだけど、日常生活にゃ問題ないそうだ。」
「そう、か。良かったよ、マジで。って肋骨?じゃあその腕なんだよ。」
「あー、こっちは現場のほうですっ転んでな……。」
「珍しいな、お前が現場でヘマるなんて。」
「そうか?そうでもないと思うが。」
人間なんだから失敗なんて当たり前、なんて言葉には逃げたくない。現場にも迷惑になるし、ほんとに気をつけないとな。
「んで、修さんに誘われて、真優が帰ってくるまで待たせてもらおうかと思ってな。」
「そうだったのか。優作が俺ん家来るなんて久しぶりだな。まあ、何もないけどゆっくりしてってくれ。」
「おう、ありがたく。でだ、修さんにも相談したんだが、折角なのでここで夕飯を食べていこうと思うんだが。」
「いいじゃねぇか。それこそ何年振りだってくらいに久しぶりだな。」
「そこで、この前和人に褒められたからな。久々に肉じゃがを作ろうと思う。俺自身も最近作れてなかったし。」
あの時和人に褒められてから、また作りたい衝動に駆られていたのだが、時間が無くて断念していたのだ。どうせなら時間がある今日作って、ついでにこの親子にも食ってもらいたい。
「おお!楽しみだな!あれ?でもうちにジャガイモあったかな……。」
「フッフッフ……。あまりお前の友人をなめてもらっちゃ困るな……。」
そう言って俺はさっきそこのスーパーで買ってきた物たちを仰々しく掲げる。
「必要分は既に揃えてある!」
「さっすが!心の友よ!」
いいね、もっと感謝してくれてもいいのよ?
あ、でも……。
「悪い、野菜切るのだけ手伝ってくれないか?この腕じゃ時間かかりまくるわ。」
「おう、それくらいの御用安い安い。」
和人の家は父子家庭で修さんと和人の二人暮らしだ。
だから、それなりに和人も料理はできる。だが、男の二人暮らしのため、結構がさつな料理になってしまうらしい。所謂、男の料理ってやつだな。
「決まったみたいだな。じゃあ俺は一旦仕事戻るわ。色々残してきてるからね。今日は少し遅くなるから、もし夕飯食べ終わったなら優作くんたちは帰っててもいいからね。だけど、俺の分の肉じゃが無かったら泣くからな!それじゃっ。」
そう言うと修さんはすぐに出て行ってしまった。
いい歳した現役警察官の厳つい泣き顔なんて見たくねぇ……。きちんと人数分作らないとな。
時刻は17時半に差し掛かろうとしている。そろそろ作ったほうがいいかもな。
「よし、じゃあ早速作ろうぜ!」
「おっしゃ!」
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「あと10分くらい煮ればちょうどいい感じかな?」
「おっマジか、早く食いてぇ。」
夕飯は粗方作り終わり、後は肉じゃがを残すのみである。流石に肉じゃがだけだと味気ないので、鯖の照り焼きも作った。我ながら美味しそうに作れたと思う。
煮上がりを待っていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいま戻りま……。」
真優が帰ってきたみたいだ。でもなんで途中で言葉を止めた?そんな疑問を抱いていると、バタバタと急ぐような音が聞こえたと同時に、
「お兄ちゃん!?」
と叫びながら真優が台所に入ってきた。
一応ここ、アパートの4階だからあまり足音を立てないでほしい。
……というか、
「おかえり……。そんなことより、なんで優作がいることが分かったんだ?」
俺の聞きたいことを和人が聞いてくれた。
お世辞にも平林家の玄関は広いとは言えないので、俺の靴は靴箱にしまってある。靴箱覗いたんだろうか。
「だって、お兄ちゃんの肉じゃがの匂いがしたから……。」
「マジかよ……。兄が兄なら妹も妹だな……。」
うん、なんか和人は引いているが流石我が妹だな。
俺の料理の匂いまで覚えてくれているなんて。
「そんなことより!お兄ちゃん!もう大丈夫なの!?」
「おう、心配かけて悪かったな。少し骨折れたけど問題ない。」
「そっか……。良かった……。ぶじでよがったよぉ……。」
「おい泣くな泣くな、俺は無事だから。な?」
そう言っても泣き止まない真優に罪悪感と嬉しさを感じながら、真優の頭を撫で、抱き締め……
「ウアアアア肋骨折れてんだったぁぁぁぁぁ……。」
ることはできなかった。くそっ……あのヤンキーたちに悪意が湧いてきたぞ……。
「ったく、何やってんだよ優作は、そろそろ肉じゃが良いんじゃないか?」
「痛ぇ……。おう……そうだな。真優も帰ってきたことだし、夕飯にするか!」
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「いやぁ美味かったよ。ありがとな。また作ってくれ。」
「機会があればな。じゃ、帰るわ。」
「おう、真優ちゃんもまたな。」
「はい、3日間お世話になりました!」
夕飯を食い終わり、今は帰るところである。
俺の料理はかなり美味かったらしく、2人ともあっという間に完食してくれた。中々の食いっぷり。作った方としても大満足だ。
和人の住むアパートを出て、団地を抜け、家まで歩を進める。
「もしお兄ちゃんが無事じゃなかったら、私後追ってたかもしれないなぁ。」
「やめてくれ、冗談でもやめてくれ。真優には生きてほしい。」
「……お兄ちゃんはさ、私のことすごく想ってくれてるけど、私もお兄ちゃんのこと大切なんだからね?だからもう、無茶はしないで?」
「……そうだな。悪かった。」
ここまでストレートに言われると恥ずかしいな。
でも、そうだな。こないだみたいなことにはもうならないように気をつけないとな。
「いやーでもでも、修さんからお兄ちゃんが道端で倒れてたって聞いたときは本当に心臓止まるかと思ったよ。てか、あれはもう止まったね。10秒くらい止まった!」
真優は明るく振舞ってくれてはいるが、顔には疲れの色がみえる。本当に心配をかけ過ぎてしまった。
ちゃんとお詫びしなきゃなぁ。そうだな……。
「真優。」
「ん?どしたのお兄ちゃん。」
「明日出掛けるか?日曜日だし、新聞配達のバイト終わったら暇になるし。」
「いや、でもお兄ちゃん……。」
「これくらいは大丈夫だ。それに、いつも世話かけてるからな。慰労と今回のお詫びも兼ねて。どうだ?行きたくないならそれでも良い。」
「いや!行きたい!」
「よし、じゃあ明日は久々に外出だ!」
明日くらい真優の我が儘が聞ければいいなぁと思う。
帰路の足取りも軽くなり、歩くこと数十分。明日の予定を考えながら俺たちは我が家へと足を踏み入れた。




