帰路
「痛ぇ……。」
今は23時を過ぎたところだ。
普段ならまだ工事現場でのバイトをしているところなのだが、今はもう帰宅途中である。
帰宅といっても現場からの帰宅ではない。病院からの帰宅である。
何が言いたいかっていうと左腕を骨折してしまった。
バイト中、土嚢を一輪車に入れて運んでいたら急に目眩がして一輪車を傾けてしまい、支えきれずそのまま倒れてしまった。その時に支えようとした左手が一輪車の下敷きになってしまい、ポキッといったわけである。
まあお陰で久し振りに3時間近く眠れそうなので、その点に関しては良かったと思う。
ただ……。
「真優になんて言おう……。」
工事現場でのバイトを決めた時、真優にはかなり反対された。「体が持たない」とか「人間関係大変なんだよ」とかいろいろ言われた。人間関係はどこ行っても大変だろう、とか内心では思いながら心配してくれている真優を無理やり押し切って今のバイトをしている。押し切ったというより真優が折れてくれただけなんだが。
その時に真優には「怪我だけはしないでね。」と耳にタコができる程言われた。多分言っていた真優のほうは口が酸っぱくなってたと思う。あの時真優が俺の耳を食べたらきっと酢ダコの味がしただろう。ってそっちのタコじゃねえ……。
「おいそこの兄ちゃん、ちょっと止まれよ。」
タコについて凄くくだらないこと考えてたら、なんていうか、凄くベタなヤンキー3人組に絡まれてしまった。
「この道通りたきゃ通行料払え!お前が持ってる分全部寄越せ!そしたら通してやる。」
おおぅ……いつの間にこの道は有料道路になっちゃったんだ……。
「いや、すみません。今無一文なんです。」
「あ!?無一文だぁ!?」
やっぱ駄目かなぁ……。実際は財布の中に入っているのだが、これは生活するための金だ。こんな奴らに渡してたまるか。
「むいちもん……。ああっ!そんなことはどうでもいいんだよ!早くありったけ出しやがれ!」
マジか……まさか無一文の意味が通じないとは思わなかった……。日本の将来大丈夫かよ。
「あの、金持ってないんですけど……。」
「ああ!?嘘つけ!持ってないわけねぇだろ!素直に出した方が身のためだぞ!」
面倒くさい!非常に面倒くさい!
こんだけ騒いでたらご近所さん気づいてくれないかなぁと期待したけど、周りを見たら工場地帯の中の廃工場が並んでる一角の中に来てたみたいだ。タコについて真剣に考えてたら周り見えてなかったとか笑えねぇ……。
「はぁ、わかりました。じゃあこの道通りません。失礼します。
「おおっと待て待て。こっちの道も通行料払え。」
うっわぁ、そういう後付け設定やめろよ。
小学生の時のごっこ遊びで、銃で撃ったら自動的に装着される防弾チョッキ思い出しちゃうじゃねぇか。
「いや、ほんとすみません。無いもんは無いんで行きますね。」
「フッざけんな!この野郎!」
「グフッッ……!」
ってぇ……。いきなり鳩尾かよ……。
気に食わないからってすぐに拳に走るのはダメだと思うんだよね……。
「おら、これ以上痛い目に会いたくなけりゃさっさと出せ!」
「いや、だから持ってないカハッ……。」
「頭悪ぃなこのガキィ……。出すまで続けっからな!」
マジかぁ……。3人に囲まれちゃったしもう逃げられねぇな……。
俺は昔から、相手が善人だろうと悪人だろうと、人に向かって暴力を振るわないと決めている。
俺が暴力を振るえば、絶対に何処かで父さんや真優に迷惑をかけることになってしまう。そんなのは絶対に嫌だった。だから昔は、弱虫だとかチキンだとか言われることが少なくなかった。
そのせいで、いや、そのお陰で俺は耐えることには強くなったと思う。
俺は降りかかる火の粉は払えない。精々、避けるのが関の山だ。
避けきれなければ引火を待つしかない。
引火してしまったら燃え尽きるまで待つことしかできない。
だから、今回も……。
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「ゲホッゴホッ……。やっと諦めてくれたか……。長かった……。」
この手の輩は、一通り殴る蹴るするとすぐ飽きて何処かに行ってしまうのだが、今回のは中々にしつこかった。だが生活費は死守したぜ!
にしても結構やられたなぁ……。
俺は上半身を起こして、近くのフェンスに寄りかかって座り、スマホの内カメラ起動して自分の顔を見る。
「うっわ、ひっでぇ……。」
顔のあちこちが痣やら切り傷で汚れていた。
この顔に、元々の腐敗した目をプラスするとリアルゾンビの完成である。嬉しくない。
「でも和人に送ったら面白いかもな、自撮りしとくか……。」
この有様だと体の方もヤバイかもなぁ……。
はやく家に帰って寝た方がいいかもしれない。
そう思い、俺はフェンスに身を預けながら立ち上がり、家に向かって歩を進める。
しかし、数歩歩くとひどく頭がグラつく。目の前の景色も歪んで見える気がする。
「ヤバい……。こりゃ重症だな……。はやく帰らなきゃ……。」
その思いとは裏腹に、体の方が思うように動いてくれない。体が自分のものじゃないような気がする。頭のグラつきも目の前の歪みも酷くなってきた。
それと同時に俺は急激な睡魔に襲われる。
抗えない……。もう……。無理だ……。
俺は全身に衝撃を受けるのを遠くに感じ、意識を手放した。




