虫の知らせ
「遅い……。」
現在21時を過ぎたところだ。和人と一緒に真優の帰りを待っているのだが、なかなか帰ってこない。
「部活が長引いてんじゃねえの?もうすぐ引退試合の時期じゃなかったか?」
「いや、な、それはわかるんだけどな、確か、えっと、あれだ、その、そう、真優の中学のバド部はな、確か遅くても夜の7時までで終わらせるみたいだからな、その、遅くても8時前には帰ってくるんだよ、真優。」
「そうか。だとしたら確かに遅いな。あと優作、落ち着け。」
わかってる。この程度で取り乱す方が普通はおかしい。だから落ち着かないと。落ち着け……落ち着け……。
「真優ちゃんも部活帰りに友達と遊びにでも行ってるんじゃないか?受験生とはいえ毎日毎日勉強だと辛いだろう。優作もバイト中の時の真優ちゃんのことなんて流石に知らんだろ?息抜きでもしてんだろ。鬼の居ぬ間になんとやらだよ。」
「そうだといいんだがなぁ……。ヒッヒッフゥ……。」
「なぜラマーズ法……。そこは深呼吸だろ。」
「ボケないと落ち着けない。」
「ほう、落ち着いたか?」
「無理。」
和人の言った「息抜き」とか「友達と遊びに」などはありえない話ではない。というか真優の年齢でそれが無い方がおかしいかもしれない。
ただ、真優なのだ。少なくとも俺に連絡も報告もしないで遊びには行かない気がするんだが……。自惚れすぎかな。
「はぁ……。携帯持ってける中学だったら良かったのに。」
「それは仕方ないだろ、中学に携帯持ってけるとか少数派じゃね?」
「うああああ……。」
なんだろうな……。落ち着かなきゃいけないのに胸騒ぎが酷い。虫の知らせってやつなのか?
「探しに行ってくる……。」
「はぁ、言うと思ったよ……。言っても無駄だとは思うけど、無駄骨になるかもよ?」
「むしろ無駄骨であって欲しいわ。」
何にも、真優の無事には変えられない。
「取り敢えず中学校のぞいてみるわ。」
「おう、俺も付き合うよ。暇だし。」
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「職員室以外は電気消えてるみたいだな。」
「そうだな。残ってる先生に聞いてよう。」
家から出て、知らず知らずのうちに早足になってたみたいで割とすぐに真優の通う中学校に着いた。
そのことに文句も言わず着いてきてくれた和人には感謝である。
因みにここの中学は俺たち2人にとっても母校なので中に入るのは少し懐かしい。
「流石に生徒用昇降口は閉まってんな。職員玄関から入るか。」
「なんか夜中に学校に入るとかワクワクするわ。」
「気持ちはわかる。昔は真優とスパイごっことかもしてたし。」
「へー、初耳だな。例えばどんなの?」
「家の中で、2人だけでわかる暗号みたいなのを作って会話したり?」
「海、山みたいな?」
「流石にそんなに簡単じゃ無いけどそんな感じ。んでもって囚われた仲間の猫型ロボットのぬいぐるみを助けに行くんだよ。」
「急にままごと臭くなったな……。」
「子供のやることだからな。」
あの猫型ロボットは色んなところに捕まってたな。ベッドの下とか本棚の上とか、電気の紐に絡まったり。
「あれ、ここにいつもいる門番先生いないな。」
「ほんとだ、でもめんどくさい説明省けるしいないうちにさっさと入ろうぜ。」
校舎の裏に周り、職員用の玄関を入るとすぐ右には小部屋があり、来客などを記録してるであろう先生がいるはずなのだが、今はいないようだ。俺に待ってる余裕もないのでスルーして職員室に向かう。
「失礼します」
ノックをして中に入ると1人の女性教師がパソコンとにらめっこしていた。あ、あの人。
「ん〜?こんな時間に誰〜?って千葉君に平林君じゃないの〜久しぶり〜こんなとこに来てどしたの〜?」
口調が間延びしている、見た目20代中盤辺りのこの女性は、俺達が中学3年の時に担任だった伊藤香奈先生だ。実際は30代後半らしいが、全くそんな感じがしない。
とにかく、残ってる先生が俺たちのことを知っている人でよかった。
「おっ、こんな時間まで残ってたのってカナちゃん先生だったんだ。」
「こら〜、先生に向かってカナちゃんはダメでしょ〜。」
「カナちゃん先生、お聞きしたいことがあって。」
「千葉君も〜。」
カナちゃん先生とは、俺たちが中3だった頃に流行ってた先生の渾名だ。カナちゃん先生も注意こそするが、まんざらでもない感じなので、俺たちも渾名で呼び続けている。
「それで〜?こんな時間に中学校に来て卒業生の君たちが聞きたいことって〜?」
「えと、真優がまだ帰ってこないんですけど、ここの生徒ってもう全員帰ってますよね?」
「ん〜そうだねえ〜。1時間前に私が見回った時は誰もいなかったから〜中学校には〜誰も残ってないと思うよ〜。」
「そうですか……。」
まあ、教室の方も体育館も電気がついてなかった時点で居ないだろうとは思ってたが。そしたら真優はどこに行ったんだろう……。
「だから言ったろ?どこかに寄り道してんだよきっと。真優ちゃんも小学生じゃないんだからそれぐらいするってば。」
「それはそうなんだが、胸騒ぎが酷すぎる。今までこんなことなかったのに……。」
「真優ちゃんて〜確かバドミントン部だったよね〜?」
「ええ、そうですよ。」
「今日バドミントン部は〜、顧問の人がお休みで部活は無かったはずだよ〜。」
「なるほど……。」
そうなると、部活がなくなった分時間が空き、遊びに行った。そして楽しくて時間を忘れてこの時間になってしまった。ってことになるのか?
いやでもな……あの真優が時間を忘れて遊び呆けるということがあるのか?俺が買いかぶり過ぎてるのか?
うー……胸騒ぎのせいで気持ち悪くなってきた……。
「やっぱり和人の言った通り、遊びに行っただけなのか……。」
「そうだと思うけどね。」
「私も卓球部の副顧問だから〜、バドミントン部の様子はよく見てるけど〜、真優ちゃんいつもみんなからの遊びの誘い断ってたから〜、部活が無い今日がチャンスだと思って〜、部のみんなに連れてかれたんじゃないかな〜。」
「そうだったんですか……。」
俺の知らない場所で真優には無理させてたみたいだな……。あとで謝っておこう。
「んじゃあそろそろ帰ろうぜ。もしかしたら真優ちゃん帰ってるかもしれないしな。」
「そうだな。カナちゃん先生、夜分遅くにありがとうございました。」
「は〜い。2人とも気を付けてね〜。久し振りに2人の顔見れて良かったよ〜。」
胸騒ぎは一向に鳴り止まないが、いつまでもここにいても仕方ない。
真優も帰ってるかもしれないし、ここは一旦家に帰ってみよう。
そう思い、職員室の扉に手を掛けたその時、扉の向こうからバタバタと騒がしい足音が近づいてくる。そして、目の前の扉が乱暴に開かれたと同時に……
「先生!真優ちゃんがっ!」
俺の胸騒ぎが的中することとなった。




