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日常の中で何かが変わった時、それはまるで世界が根底からひっくり返ったような感覚に陥る。

作者: にゃん又

実は、4割くらいノンフィクション。

暗い。

帰りの電車の窓から見える景色は、一面の黒。

田舎の電車なら大体こうだ。ときどき、ポツポツと光が見える。少しだけ人の温かさを感じる光だ。

『次は〜牧児井〜牧児井〜』

アナウンスが入る。降りる準備。足元に置いた鞄を持ち上げ席を立つ。ドアの近くまで移動。

『間も無く牧児井〜列車が止まってから席をお立ちください。』

二度目のアナウンス。電車は減速する。駅が近づいてきた。ホームには人がまばらに立っている。電車が止まり、ドアが開く。ホームに降りた。

「さむっ…」

冷たい空気が僕の全身を包み込む。コート越しでも寒さを感じる。電車の中の温かさが恋しくなった。

駅舎から出て駐輪場へ。息が白い。自転車の鍵を解除。押して帰ろう。この冷たい風を切って走るのはさすがにこたえる。数分後、知り合いがバイトしているコンビニに寄る。温かいコーヒーを買った。ちょうどレジに奴がいて、唐揚げをおごってもらえた。

コーヒーをポケットに入れてカイロ代わりにしながら、唐揚げを食べる。あったかい。ゴミを捨ててまた歩く。コーヒーを飲んだ。しばらくすると、中学の時に通っていた塾の前を通る。卒業後も何度か顔を出していたが最近はほとんど行っていない。と言ってもこの時期、受験勉強の邪魔をするわけにはいかないか。電気がついていない。休みかな…?しかし駐車場に人影。うずくまっていて最初は人だとわからなかった。見たことの無い奴。

「20時45分。塾があったとしてももうすぐ終わる時間…」

ケータイを開いて時刻を確認。スルーすべきか…いや。

「ねぇ君、そこの塾の生徒?」

声をかけられたその子がこちらを向く。不審そうな顔をしながら頷いた。

「あ、いや。俺もここの卒業生だからさ。何してるのかなって。」

「お母さんを待ってるの…」

女の子だった。髪が短いことに加えて学校指定の線の出にくいジャージを着ていて気がつかなかった。寒くないのか?かなりの薄着だ。

「お母さんって、今日塾休みでしょ?」

「忘れてて…でも連絡取れないし…」

「アレは?」

駐車場の隅にある公衆電話を示してみるが、

「財布もテレカもなくて…ケータイも持ってないし。」

よく見ると唇が紫色だ。

「取り敢えず、これ着て。」

彼女にコートを渡す。遠慮されたが、このままで放っておくわけにはいかない。鞄を探る。針金が見つかった。

「中入ろうか。ここじゃあ寒すぎるよ。」

「でも鍵がかかって…」

「まぁ、見ててくださいな。」

針金で鍵を開け塾の中に入る。

電気をつけて、ヒーターのスイッチを入れる。まもなく、ヒーターは温風を吐き出し始めた。「何かあったかいもの飲む?」

彼女に聞く。

「いえ、大丈夫です。」

しかしそう言いつつも、彼女はサイズの合わないコートの下で震えている。

「コーヒーは?」

「じゃあブラックで。」

「マジ?」

一度、建物から出る。放置してある自転車を公衆電話の脇に寄せ、その隣の自販機でコーヒーを買う。

「あ…無い。」

ついでに自分のを買おうとしたが、ブラックと微糖しかない。仕方なくココア。

「カッコつかないなぁ。」

教室に戻る。

「コーヒー、ブラックでいいかな?」

「あ、はい。ありがとうございます。」

震えもだいぶ収まっているようだ。

彼女の隣に座る。

「中1?名前なんていうの?」

「遠藤 瑠花です。牧児井二中の。」

「二中なんだ。俺は佐藤 始。あ、そうだ、ケータイ使う?お母さんと連絡しなよ。」

「あ、ありがとうございます。」


「もしもし、お母さん?…うん、私。ケータイ借りたの。それで、今日塾お休みで…違うって!サボりじゃないよ。」

彼女が電話をしてるうちに二階へ上がる。この前来た時に辞書を置き忘れてしまったはずだ。本棚に立てかけてあった。回収。下へ戻ると、彼女が携帯を差し出す。

「センパイ、お母さんがお礼をって…」

「おっけ、もしもし?」

『貴方瑠花に何をっ…』

開口一番にどうしたコレ。一旦携帯を耳から離す。五月蠅いったらない。

「これ、お礼っていうの?」

「あっ…ごめんなさい…お母さん何か勘違いしてるみたいで…」

ケータイを耳に戻す。

『聞いてるの⁉︎返事くらいしたらどうなの?』

どうしたものか…ちょっと面白くしてみようか。

「いやーすいません。あんまり急だったもので、瑠花のカレシの佐藤と申します。」

「ちょっとセンパイ、何を…!」

後ろで抗議の声が上がるが無視。電話越しではまさに火に油を注いだ状態。

『まさか手ェ出してないでしょうね⁉︎』

「何もしてませんて。とりあえず早く迎えきてください。」

『え、ちょ…待ちなさ…』

電話を切る。

「何言ってるんですか!」

「あはは、思いの外面倒になっちゃった。一応俺は何もしてないって言っておいて。」

「どうしてくれんですか。」

「俺がなんとかするよ。」

「もう…」

沈黙。

さらに沈黙。

時々、前の道路を車が通るのが聞こえる。今度のは減速して駐車場に入って来た。

「瑠花ちゃん、行くよ。」

彼女の手を引く。

ヒーターを消してコンセントを抜いた。部屋の電気を消す。靴を履いて玄関の電気も消した。ドアの鍵は開けた時と同じ要領でしめる。

「寒…」

「お母さん怒ってるかな…」

「だろうねー。」

「ホント、どーしてくれるんですか。」

「どうしようねぇ。あ、そうだ。缶捨ててくるよ。」

「逃げないでください。」

あ…

「瑠花!」

「お、お母さん…アレ⁉︎お父さん!なんで?」

「お前か!瑠花の彼氏は!」

彼女の父親にそう聞かれ、(故意に)つい

「えっと…はいそうです!」

と答える。

「センパイ!こじらせないでください!」

「瑠花やっと大人になったのね、お母さん嬉しいわ!」

しかしながらお母様は電話とは打って変わって…

「『やっと』って、ちょっとお母さん!私まだ中1!」

「もう直ぐ2年生じゃない。」

「そういうことじゃなくて、ちょっとセンパイ!助けてください!」

ごめんな、瑠花ちゃん。こっちも手が離せないんだ。

「そうか君が瑠花の彼氏か、よくも娘の純潔を。」

「奪ったつもりはありません、ただ、愛し合っただけであります!」

「おいこらセンパイ、もう喋んな。」

「わかった。殴らせろ!」

うーん…流石に何もしてないのに殴られるのはやだなぁ…まぁ楽しいからいいかな?

「嫌です!」

「なんだと⁉︎」

「お父さん!アタシ何もしてないから、落ち着いて!」

あぁ面白い。にしても、空き缶を両手に装備しておっさんにどなりつけられてる僕もかなり滑稽だなぁ。

「お前は口を出すな!いつからだ!君はいつから瑠花と…」

「お父さん‼︎人の、話しを、聞いてっ!!」

殴りかかられたところで彼女が父親を投げる。スリーステップで綺麗に背負い投げを決めた。

「センパイ、なんで面倒な方に転がすんですか!」

「いやー、だって否定したところで信じないでしょ?だったら楽しんだほうがいいじゃん。」

「どうしてそうなるんですか…それにそもそも今日初対面じゃないですか!」

「一応何度か会ってるけどね?で、お父さんがノビてるけどどうすんの?」

「アレ?彼氏じゃないの?」

「そうだよっ!」

「あらぁ、赤飯炊いちゃったじゃない。」

「そこ⁉︎」

ここで親父さんの意識が戻る。

「った…どういうことだ?」

「簡潔に説明すると、僕らはデキてるわけでもいたしちゃったわけでもないってこと。あんたらの早とちりと僕のちょっとした遊び心でこうなっただけ。」

ここで持っていた空き缶をゴミ箱に投げ入れた。空いた手で彼を立たせる。

「運転は…無理だな。すいません、ドア開けてください。」

彼女の母が助手席のドアを開けてくれた。そこに彼を座らせる。

「それじゃ、僕はこの辺で帰ります。お騒がせして申し訳ありませんでした。」

自転車の鍵を外す。

「瑠花ちゃん、今日はすぐ寝な、風邪ひいたら大変だから。」

駐車場を大きく回って離脱。あぁ楽しかった。時々、こういうのがあってもいいかな。

「ハジメー、何してたの?」

「アレ?城崎、バイト終わり?」

さっきからあげをおごってくれた奴だ。

「面白いの見せてくれるじゃん。」

「いや〜楽しかった。いたんなら参加しろよ。」

「やだよ、面倒くさい。」

「いやいや、あそこで『ルカは俺のもんだ』とか言って登場してみ?ホント面白いって。」

「あははは、修羅場だな。城崎、んじゃなー俺家ついたわ。」

「ういー。じゃーなー。」

数百メートル先を右折。さらに少し入ったところで自転車から降りる。車の後ろに自転車を置いた。玄関のドアを開ける。

「ただいま…」

ようやく帰宅。

「ご飯あっためるから先に風呂入っちゃって。」

母にそう言われ、脱衣所で制服を脱ぎ捨てる。

「あ…コート…」

まぁ明日にでも返してもらえればいいか…


翌日、学校帰りに塾に寄ったが彼女は来ていない。結局風邪をひいてしまったようだ。しかし噂が回るのは早いもので、昨日の今日でもう僕が襲ったことになっている。

「塾長…なんで僕が襲ったことになってんですか。」

「え?違うの?てっきりようやくお前も卒業だと…」

「なんでそうなるんですか…もう帰りますね、コート取りに来ただけだし…」

「ごめん、ちょっと手伝ってくれ。昨日先生が一人倒れちゃってさぁ。」

「…了解です。誰を教えれば?」

「そこの二年生二人頼むよ。何か聞かれたら説明してあげて。」

「うす。」

結局、昨日と変わらない時間で帰宅。また今度取りに行けばいいだろう。

「はじめ〜明日も手伝ってだってさー。」

「何を?」

「塾〜。」

「ハァ…」


『城崎、明日バイトあるか?』

返信はすぐに来た。

『ある。手伝わないからな。』


「アレ?もういいの?」

塾に行くと既に瑠花ちゃんがいた。だいぶ早く来たつもりだから少し驚いた。

「はい…あの、コート…」

「あぁ。」

返されたコートを彼女に着させる。そのまま玄関へ連れて行く。荷物は彼女のものだけを持った。携帯で履歴を辿り、彼女の親に連絡を試みる。しかし電話に出ない。

「お母さんかお父さんは?」

「たぶん、まだ仕事で…」

「どこ?」

「古留都と須照阿…」

「違う、君の家。」

「三丁目の…」

「…タクシーは金がないしなぁ。」

「えっと…私は大丈夫ですから…」

彼女の額に手を当てる。思った通りの高熱。

「君は大丈夫でも、受験を控えた奴らがいるでしょ。立てる?」

「はい…あれ?」

彼女は膝から崩れ落ちる。慌てて支えるが、足が震えている。そもそもコレは家までどうやって送ろうか…

なんとか玄関まで連れて行き、靴を履かせる。そのうちに塾長に電話をかける。少し遅れる旨を伝える。次に城崎。

「もしもし、城崎?」

『バイト中なんだけど。』

「今から言うものを確保しておいてくれ。金は絶対払う。」

『いきなりなんだ、何をだ。』

「スポドリと冷えピタと栄養ドリンク。頼むよ、今お前が唯一のホープなんだ。」

『誰か倒れたのか?』

「瑠花が…8分後にコンビニの前を通る。その時に頼む。」

『了解。』

「恩に着る。」

電話を切る。靴を履いて彼女をおぶる。鍵はかけないでおく。どうせ30分もすれば誰かが来るだろう。耳元の息が荒い。曇りかけた空が低い。押し潰されそうだ。

コンビニの前を通ると、

「ハジメ!」

「城崎!サンキュー!いくらだ?」

「いいから来いっバックヤード空けてある。」

「本当か?助かった!」

瑠花をソファに寝かせる。冷えピタを貼り、栄養ドリンクを飲ませたが効果はいかほどか…

「すまないな…迷惑をかけてしまって…」

「いや、どうということはない。」

「本当にありがとう。他の店員にも伝えてくれ。」

「わかった。」

「たかが風邪だろ。んな青い顔すんなって。」

「だな。」

もう一度彼女の親に連絡を試みる。数回のコールの後、母親とつながった。

「もしもし、佐藤です。」

『アラぁ、どうしたの?』

「瑠花さんが塾で倒れまして。」

『まぁ!なんてこと…家で寝てろって言ったのに…』

やっぱり…

「受験生に感染るとマズイんで、クスリ調達がてら近くのコンビニで場所借りてるんすけど…」

『7かな?すぐ行くわ。』

「ありがとうございます…」

程なくして、迎えは来た。その頃には彼女はもう起き上がることすらできず、抱いて車に乗せることにした。

「瑠花!なんで家で寝てないのよっ」

「…ごめんなさい…」

「すいません、娘がご迷惑を…」

「いえいえ…そんな。」

母親が店長に礼を言っている。

「じゃ、手伝いもあるし僕は帰るよ。お大じ…」

袖を何かが掠める。瑠花が掴み損ねたようだ。彼女は首を振る。

「行かないでっ…ください。」

「…分かった。ここにいるよ。」

一度空を掻いた手を今度は捕まえる。僕より熱いその華奢な手は少し震えていて、弱々しく握り返してきた。ケータイが震える。見ると、他に手伝いが捕まったらしい。塾に行く理由がなくなった。が、荷物を置きっぱなしにしている。どうしようか。

「瑠花、帰るわよ。ありがとねぇ、佐藤くん。」

「あ、いえ…それでは…」

しかし、

「瑠花…離しなさい。彼にどれだけ迷惑かけるつもり?」

「…」

「いえいえ…迷惑だなんて。」

「ダメ…ですよね?」

「…どうしますか? 僕は瑠花さんの望むままに。」

「まぁ、君がいいなら…」

「ありがとうございます。」

彼女の家は、思ったよりは離れてはいなかった。車で十数分。しかしその間にも彼女は目に見えて体調が悪化する。

「病院は?」

「午前中行ってきて…この子たぶんお昼にクスリ飲んで無いわよ。」

「朝飲んだから、大丈夫だと…」

「んなわけ無いでしょ。」

到着と同時に彼女を抱え、家に入る。

階段をかけ上がって彼女をベッドに寝かせる。汗がひどい。丁度、マダム遠藤が着替えを持ってきた。バトンタッチ。階下に降りると案の定お父様がいらっしゃいまして…

「なんで君がここにいる?」

「かくかくしかじか…としか言いようが無いっすね。」

また殴られそうになったところでマダムが降りてくる。

「佐藤くん、瑠花が来て欲しいって。」

「了解です。」

不満そうな父親を置いて二階へ向かう。部屋に入る。彼女はベッドに横になっていた。車が出ていく音が聞こえる。僕達は十数分前と同じように手を繋いだ。

「ねぇ、瑠花…」

「センパイ…キスしてください。」

⁉︎…

「わかった。」

「え?いいんですか?風邪うつっちゃいますよ。」

「瑠花が言ったんじゃないか。」

軽く彼女の上体を起こして口付ける。甘い。止められなくなりそうだ。一度、唇を離す。少し沈黙。もう一度。

「っ…っく…ん…」

声をこらえ切れなかった瑠花が僕から離れる。

「センパイ…ごめんなさい。」

「どうして?」

「センパイのこと好きだったんです。センパイに会いたくて、今日…」

「俺もって言ったら驚く?俺も、瑠花に会える気がして今日はいつもより早く行ったんだ。」

…たぶん二人とも顔が真っ赤だったと思う。

「わー、おあついことでー」

「⁉︎」

⁉︎恐る恐る振り向くと、どうしてここまで気づかなかった…

「お母、さん…いつから…?」

「瑠花がチューをねだったあたりから。」

「ねだっ…」

声が裏返る、がそもそも金縛りの僕よりはマシ。

「じゃ、ごゆっくり〜」

マダムは笑いながら部屋を去った。

「あーびっくりしたー。」

「私の方が驚きましたよ…」

「もう一回、しよ?」

次は僕から誘う。彼女は(かなり恥ずかしがって)小さく頷く。少しの間の沈黙。瑠花の身体から力が抜ける。ベッドに横たえる。部屋を出る。階段を降りるとマダムがいた。

「瑠花は?」

「寝ました。」

「どうするの?」

「お父さんが帰ってくる前に消えます。」

「あらあらぁ、もう帰ってきてるわよ。」

おっふ…

「⁉︎今どこに…」

「お風呂よ。もう直ぐ出てくるわ。」

「まじすか。それじゃ。」

「えぇ、ありがとうね。」


「進級おめでと。」

「ありがとうございます。」

「今日どこ行く?」

年度が明けて少し経ち、ゴールデンウィークに突入。久しぶりに彼女と会う。あぁ…可愛いじゃないか。

「映画とか、観たいです。」

「どんなのがいい?」

彼女は、最近公開されたアニメを挙げる。確か原作を読んだことがあったはずだ。これ以上ないくらいのベタなラブストーリー。ただ、僕はそれが嫌いじゃない。映画館独特の空気感。席に座る。

「映画館で見るの初めて…」

「へぇ…」

スクリーンにはあのカメラ男が映っている。

「あははは、なにあれっ。」

『ノーモア、映画泥棒。』

映画が始まった。客はまばらで僕たちの近くには誰もいない。ゆっくり見ることができそうだ。中盤にさしかかった頃、画面内で主人公の女の子が彼氏にキスを求める…気まずい、かなり気まずい。彼女も気まずいのか、僕と反対側を向いている。

「瑠花…」

つい声が出てしまう。彼女も中途半端に反応してこちらを向く。

「ごめん、ちょっと目瞑ってて。」

スクリーンとシンクロ。


夕刻…ケータイがなる。わぁお父さん。無視しておこう。

「誰?いいの?」

「あぁ、大丈夫、城崎だから。どうせサバゲーでしょ。」

「サバゲー?」

「奴の趣味だよ。」

一応帰る方向に持って行こう。俺もそこまで無謀じゃない。駅の構内に入る。

「アレ?さと…あ、ごめん邪魔した?」

やはりいたか。クラスメートの女子…高校のある街を選んでしまったのは俺だが…

「いやいや、部活終わりか?」

「あ、あぁ…その子、妹さんか?」

「いや、彼女。」

「いくつよ。」

「中二。」

「お巡りさん呼ぶか?」

「遠慮しておく。」

「お前マジでロリコンか?」

「腐女子がなにを言うか。」

「なんだと?」

わーおこったー(棒)

「まぁ怒るなって、これあげっから。」

さっきゲーセンで取った戦利品の中から厳重に梱包したそれを差し出す。

「なんだそれは。」

彼女はそれを開ける。

「キンタマウスパッド。そのキャラ好きでしょ?」

「貴様はマサムネ様をなんだと思っている。」

「腐女子の性玩具。で?いらないの?」

「…もらっておく。」

「じゃーねー。俺たちもう帰るから。」

…瑠花引いちゃったかな?ホームに降りるまで瑠花は口を開かなかった。

「る、瑠花さん?」

耐えられずにこちらから恐る恐る呼んでみる。

「誰?いまの人…」

つい吹き出す。

「…クラスメートだよ。もしかして嫉妬しちゃいました?」

茶化しを入れてみるが、

「した。」

わぁストレート。

「ごめんね。」

「ヤダ。キスしてくれるまで許さな…」

ちょっとの間の沈黙。唇を離す。

「…ちょっ…」

「許してくれる?」

瑠花は頷く。赤くなった顔がかわいい。これはもう凶器だろう。

「わーおあついことでー。」

「⁉︎」

デジャヴ!!!何故貴様がここに⁉︎

「見せつけてくれんなよ。嫌味か?お上にチクるぞ?」

「取り敢えず、それ気に入ってくれて何よりだよ。」

見ると、向かいのホームに先ほど渡したキンタマウスパッドをニギニギしながら彼女が立っていた。

「ったく…」

タイミングよく電車が来たから逃げ込む。するとまたケータイがなった。今度は本当に城崎だ。

「いいの?また無視して。」

「大丈夫。それに電車の中だし。」

少しして次の駅に着いた。少しヒトが入れ替わったが、数は変わらない。傾いた陽が車内に差し込む。

「サバゲーやってるんですか?」

唐突に聞かれる。

「ハマったらやめられなくなる。」

「今はやってないの?」

「ちょっとお金なくてさ。あいつみたいにバイトしてるやつならけっこう頻繁にやってるみたいなんだけど…」

「お金かかるの?」

「とってもかかる。俺でさえもう十五万使ったかな…」

「十五万⁉︎」

彼女は目を丸くする。

「まぁほとんど無駄なもの買ってるんだけどね。三万円もあれば十分楽しめるよ。」

「それでも高いよ。」

「趣味って大体そんなもんでしょ。」

話してるうちに牧児井に着いた。電車から降りる。

「今日は…寒くないな。」

「なに?」

「なんでもない。帰ろっか。」

「サバゲー、やってみたい。」

…どうしよう。近いし寄ってみるか。

「ちわっす…スケアードキャットです。」

「あぁ佐藤くん、久しぶり!」

「お久しぶりです店長。」

「センパイ…ここはなんですか?」

「ミリタリーショップ。いっつもここでサバゲーの道具買ってるんだ。」

「これ…」

「その銃、見たことあるでしょ?」

「塾に置いてあった…」

「そう。あれと同じやつだよ。」

「でもなんで?」

「受験前に城崎とサバゲー行ったのが塾長にばれて没収されてたんだ。その頃瑠花が入塾の面談に来てたんだよ。」

というよりもその日のその時間、二階で塾長に大目玉食らってたわけだが…

「てんちょー、裏入れてー。」

「いいけど、その子は?」

「サバゲーやってみたいんだってさ。」

「へぇ…珍しい。一応条例で対象年齢の越える銃は親の許可上ないと貸せないけどいいかな?」

「大丈夫っすね。まだ初めてだし。」

「今度の…君も来るかい?」

「今度?」

「城崎くんも来るってよ。私たちとは敵になっちゃうがね。」

「あぁ…俺も今回は敵です。」

「そうかい…楽しみだねぇ。」

「えぇ。久しぶりなんでもう楽しみで仕方ありませんよ。」

「城崎くんが中にいるよ。彼女さんはハイキャパでいいかな?」

そう言って店長はドアを開けた。

「わぁ…」

中に入ると城崎が愛銃を撃っていた。

「城崎先輩?」

「そう。さっきからここに来いってうるさくて。ほら、ゴーグルつけて。」

「遅いぞ…っておまえなんで瑠花ちゃん連れてきてんだ。」

「見たいってさ。」

「マジかよ。」

いつも使っている銃と同じ型を選ぶ。瑠花には店長が銃の使い方を教えていた。

「構えてみて。」

「はい。」

…カッコいいじゃん。

「君、本当に初めて?」

「は、はい。」

「じゃ、あとは自由に撃っていいよ。」

「はいっ。」

そんじゃ、僕も始めますか。

「スケアードキャット、撃ち方始め。」


「あー楽しかった。やっぱ俺の方が上手いな。」

「吐かせ、あんだけばらまきゃ誰だって当たる。」

シュートレンジから出る。

「あはははこのターゲット誰?すっごいよ、一発もかすってすらない!」

ターゲットシートを回収した店長が笑う。

「もう一回使えるじゃん。」

「…いや、君達だけだよ、新品を毎回下すのは。」

「へ?」

隣に並べられたターゲットシートを見ると、僕が使ったものは頭と胸に大きな穴が空き、その他大小様々な穴が空いていた。城崎に至っては綺麗に人型に抉れている。確かに再利用できる損傷具合ではない。

「フツーはこんなボッコボコにやっつけないんだけどなぁ。」

「的は逃げないからつい…」

「オーバーキルも甚だしいよ。」


「それじゃ、瑠花を送ってくるよ。」

城崎と別れる。

「一発も当たらなかった。」

「でしょうね。初めてでしょ?俺もあんまりうまくなかったよ。」

「城崎先輩は?」

「あいつよりは上手かった。」

瑠花の家に着く。玄関ではお父様が…

「遅いぞ、今何時だと思ってる。」

「門限の七分…十五秒前です。」

「ちょっとお父さん、いいでしょ別に!」

「よくない!」

「…じゃあ僕は帰りますね。」

「センパイっ…」

彼女の唇を塞ぐ。

「ちょっ…急に…」

「き、きさま瑠花から離れろッ!」

「了解です。じゃ、またね。」

火に油を注ぎきったところで離脱。さぞ気まずいだろう。しかし天は我を見放したようで、その一週間後、待ちに待ったサバゲー。しかし見覚えのある奴が…

「なんであんたがここにいるんですか?」

「君は…!急に瑠花がついてくるとか言い出したのはこういうことか!」

「いや、それは多分関係ない。それに今日は俺敵ですし。」

「ビビリ猫、知り合いか?」

「キャッスルその名前で呼ぶな、瑠花がいる。」

「マジで?瑠花ちゃんどこ?」

「センパイ⁉︎なんでここに?」

「サバゲーしにきただけだよ。」

「瑠花ッそいつから離れろ!」

しかし、彼の叫びを無情にも僕らは無視した。

「どっちで参加?」

「うーん…どうしようかな?」

「お父さん側に行きなよ。その方が楽しい。」

「なんで?」

「こっちは上官(城崎)が厳しすぎる。銃は?」

「お父さんの知り合いが貸してくれるって…」

「じゃあこれ使って。」

「え?」

P226E2…グリップの細い初心者にオススメのガスガン。

「能く当たるようにカミサマにお願いしてあるんだ。」

フィールドに入る。

「じゃ、瑠花。死なないようにね。」

…戦闘開始のブザーが鳴る。程なくして、

「ウォッチドッグ、エンゲージ。」

「キャッスル、交戦。」

「タリホー!イエローモンキー、エンゲージ!」

「スケアードキャット、エンゲイジ。遠藤氏は残しておいて、俺が殺る。」

「どっち?」

「どっちも。」

「うわぁこいつ目がやべぇ…」

「今に始まったことじゃねえよ。」

「キチガイコワ…」

聞こえてないと思って好き勝手言いやがって。

数分もすると敵は二人を残して全滅。こちらも半数がやられたが。

「ビビり猫以外の全隊員戦域を離脱せよ!」

キャッスルが叫ぶ。

「ビビりの一騎打ちだ!」

「てめぇから先に潰してやろうか?」

セイフティゾーンの入り口に立つ。直ぐに二人が来た。

「どういうこと?」

「んーまぁ面白くはなくなったね。」

一度フィールドから出る。

「一騎打ちだろ?なんで瑠花も残した。バトルロイヤルか?」

「いや、一対一だ。」

「そういうことか…じゃあ俺が勝ったら瑠花は諦めろ。」

「了解した。」

互いに敬礼。

「あ、そうだ瑠花、さっきの銃貸して。」

P226を渡される。弾は使い切っていた。ついでにガスも装填。

「先に入れ、十秒後に俺も行く。」

無言で頷いて中へ。十、九、八、七…三、二、一、

「ナウ!」

入り口に突っ込む。待ち構えている。

ライフルもバックパックも予備弾倉もフラッシュライトですら投棄していた。

撃たれる。ダッキング、躱す、スライディング、耳の直ぐ横に跳弾。立ち上がって左にステップ。散々撃たれたが被弾はゼロ。

「当たらなければ、」

あと5メートル。相手の銃がホールドオープン。

「どうということはない!」

撃つ。撃つ。撃つ。離脱。残心。ヒットコールなし。当たってないのか?まぁいい、後ろから銃を構える。相手は振り向く。

「俺の勝ちだ。あの子は俺がもらう。」

トリガーを引く。撃鉄が落ちる。ホールドオープン。弾道を見る余裕があった。白い弾丸が相手の額に吸い込まれていく。ゴーグルを弾き飛ばす。


セイフティゾーンに戻ると瑠花が脱ぎ捨てた装備品を回収してくれていた。

「サンキュ。」

「うん…」

「次は一緒に行こ。」

いくつかゲームをやった後、

「…なんで瑠花なんだ?」

「どういう意味ですか?」

急だったのでついそう聞き返してしまった。

「…いや、高校にも女の子ならいっぱいいるだろう。だがどうして君は瑠花を選び、あそこまでするのかが不思議でな。」

「なんででしょうね…ただ、あの日より前から瑠花のことは好きでいましたよ。」

「そうか…いや、別に深い意味はないんだ。ただ、さっきの君が只事じゃない目をしてたからね…」

「そりゃ只事じゃなかったっすから。あの提案されたら誰だってあんな目になりますよ。」

「自覚はあったのか。」

「ありましたよ。ダチにもよく言われるんで。『お前は何かあると人でも殺しそうな目になる』って。」

これは事実で、前に酔っ払いに絡まれたクラスメートを仲裁しに行った時も言われた。自覚はあるが、意識がない。そもそも、

「こういう時、どんな顔をすればいいかわからないの。」

「笑えば、いいと思うよ。」

ソウキタカ…

「いや、あの状況で笑いながらって怖すぎません?」

『ネクストゲーム、拳銃のみです。』

放送が入る。

「行きますか。」

さらに数ゲームが終わり、陽が落ちかける頃、

「んーっ楽しかったぁ!久し振りに本気で戦えたよ。」

「やべぇ…肩いてぇ明日学校休もう…」

「お疲れさん。」

「店長さん、今日はありがとうございました。」

「いえいえ、こちらこそ。」

駐車場で解散。最寄りの駅までは歩く。城崎と歩いていると、

「センパイ!一緒に帰りましょう!」

瑠花が追いかけてきた。

「結構歩くよ?」

「大丈夫ですっ。」

しかし数キロも歩くと、

「まだ…ですか?」

「あと1キロはあるよ。」

うなだれる瑠花を抱え上げる。

「きゃっ、ちょっとセンパイ!」

お姫様抱っこ。彼女は少し躊躇してその細い腕を僕の首に巻きつける。しばらくすると駅が近づき人が増える。

「お、降ろしてください…」

「なんで?」

「恥ずかしいです。」

「じゃあこのまま駅まで行こうか。」

「降ろしてくださいっ。」

なんだろうこの魚を逃がしたような感覚は…

「…じゃあ手ぇ繋いで。」

駅についたがやけに人が多い。電車も立って乗るしかなかった。

「ハジメ、瑠花ちゃん、アレ…」

城崎が窓の向こうの夜空を示す。そこには、大きな花火が上がっていた。だから人が多いのか。

「綺麗…」

次の駅で城崎は電車を降りた。

「なんだ?彼女と花火見に行くのか?」

会場の最寄り駅でもあるこの駅で、ほとんどの乗客が降りた。

「城崎さん彼女いたんですか?」

「あったことあるでしょ。先週の腐女子だよ。」

「あの人が?」

「あの人が。座ろうか。」

「次の駅で降りるんですよ?」

「楽するためならどんな努力も惜しまないよ。」

「いいんですか、それで。」

『次は〜牧児井〜牧児井〜』

ガンケースを背負う。電車の揺れと重さで少しよろける。

「楽ばっかしてるからですよ。」

「さっきまでは銃より重いもの持って歩いてたんだけどね。」

「私は重くないですよ!」

「少なくとも俺が中2の時よりは重いね。」

「センパイヒョロっちいですもんねー。」

「重いよりはいいでしょ。降りるよ。」

電車を降りる。いつもとは反対側のホーム。階段を上る。

「センパイ…重いの嫌ですか?」

「…嫌とは言ってない。」

怒らせてしまったようだ。

「そういうことで誰かを嫌ったりはしない。」

抱き寄せようとするが逃げられる。しかしすぐに壁際に追い詰めた。

「“瑠花が”好きなんだよ、僕は。」

半ば無理矢理唇を重ねる。

「ごめんね。」

唇の上でそっと呟く。返事はなかった。が、

「跪いて。」

言われるままに従う。顔を彼女の小さな手が包む。そのままキスをされる。

「ズルいんですよ、いつも上から無理矢理…」

言い訳のようにそう呟く彼女。顔が紅い。無言のままの数秒。

「センパイ…何か言ってください。恥ずかしいじゃないですか。」

僕は立ち上がって瑠花を抱きしめる。そのまま耳元で

「愛してる。」

…少し沈黙の後に彼女が顔を埋める。

「見ないでください…」

「わかった。」

その日は門限を大幅に過ぎたが、親父さんが何か言うことはなかった。割と本気の賭けだったようだ。


しばらくして、夏になった。冬ほどじゃないが夏も嫌いだ。暑いのも寒いのも好きじゃない。瑠花を迎えに行くために中学校の前で待っているのだが、さんさんと降り注ぐ太陽の光に若干殺意を抱き始めていた。夏の利点なんて銃が好調に動く以外にない。一切無…別に半袖の体操服に透ける小さめのブラを見ているワケじゃない。いや、断じて違う。パシッ…

「ってぇ…」

頭を叩かれて前につんのめる。

「なにを見ている!」

「どこだっていいでしょ…ったく折角夏が好きになれたかもしれないのに…」

「自分の彼女ならともかく、そのクラスメートの透けブラで何興奮してんですか…」

「してるわけないでしょ。てか迎えにきてあげたんだからお礼くらいしてよ。いきなり頭引っ叩いて…てか自分ならいいワケ?」

「なっ…ダメに決まってるじゃないですか!」

「ふーん…まぁいいや、帰ろっか。」

少し歩くと、昼なお薄暗い雑木林が見えた。

「ここ…近道なんだけど、一人だと怖くて…二人なら…」

「そうだね、俺もここは怖いと思うよ。マジで出るし。」

「え?」

林の中の小径に入る。より一層薄暗くなる。そして少し奥には古い小屋があり、確かに一人は怖そうだ。そうでなくともここはテレビで紹介されるほどにヤバイ所。白い服の霊が出るとかなんとか…

「あなた達!なにをしてるの!」

「うわぁ!」

「きゃっ!」

振り返るとジャージ姿の少女が。一応影の有無を確認するが、暗くてわからない。

「ケイちゃん…?」

なんだ、瑠花の知り合いか…

「あなたエルをこんなとこに連れ込んでなにをするつもりですか⁉︎」

「えっと、ケイちゃん違うの、センパイは…ムギュ…」

口をふさぐ。黙っててとジェスチャ。

「ちょっ…なにを!」

「なんだと思う?俺が瑠花になにをすると思った?」

“ケイちゃん”との距離を詰める。彼女があとずさるが僕の方がコンパスが長い。すぐに件の小屋の壁に追い詰めた。

「ねぇ、答えてよ。それともされてみる?」

彼女は答えない。その代わりに震えながら首を横に振る。

「やめてください…警察呼びますよ…?」

ケータイを取り出すがすぐに僕に奪われる。

「ダメだよ。俺がそういうのに対策してないとでも思った?甘いよ。甘過ぎ。」

ケータイを失ったことでもう切るカードがなくなったのか、

「助けて…お願いします、許してください…」

彼女はその場にへたり込む。流石に可哀想になってきた。

「…不用意に首突っ込まないほうがいいよ。そうやってすぐビビって腰抜かすくらいなら。立てる?」

右手を差し出す。しかし当然僕を信用しているはずもなく。仕方なく瑠花を呼ぶ。

「瑠花〜。ねぇ瑠…」

「ウラァッ!」

「ぐふぇっ!」

想定外の衝撃に体がくの字に曲がる。

「なにしてるんですか!ケイちゃん大丈夫?」

「う、うん…」

酷いなぁ…からかっただけじゃん…

「あの人は…?」

「私のカレシ…ほんっとなにしでかすかわからないんだから…」

「だ、大丈夫なの?」

「実際に手を出したりはしないから…多分…」

「いったぁ…なにすんだよ…制服汚れちゃったじゃん…」

「中学生襲っといてなにを!」

「襲ってないじゃん!」

肩や背中…というより全身の砂埃を払う。立ち上がると足やら肩やらが痛かった。頭も打ったか?

「っつ…クラクラする…あぁ、ごめんね怖がらせちゃって。」

「てかなんでケイちゃんここにいるの?」

「いつもここ通ってるから…」

「怖くないの?」

「近いんだもん。」

「気を付けなよ、俺みたいのが他にいないとも限らないんだし。瑠花、帰ろうか。」

「痛くないですか?」

「大丈夫大丈夫。ほんとごめんね、えっと…」

「内田です。」

「内田さん。」


彼女と別れてしばらく歩く。

「ねぇ、センパイの家行っていいですか?」

「へっ?まぁダメじゃないけど…」

「大丈夫ですよ、どうせ明日まで両親帰ってこないし。」

「泊まる?」

「さすがに、それは…」

林を抜ける。確かに早い。1年と半分くらいぶりの道。瑠花の家を通り過ぎ、駅を越える。コンビニに寄ってお菓子を買う。

「おい城崎、気持ちはありがたいが流石に俺捕まるぞ。」

「合意の上ならおっけーだろ。サービスしとくからさ。」

「楽しんでるだろ。」

「応援してるんだよ。」

スナック菓子を大量に買ったからかさばって持つのが大変だった。袋を一つ瑠花に持ってもらう。家に着く。今日は僕も家族はみんな旅行に出かけていた。多分来週には帰ってくる。鍵を開ける。

「ただいま…」

「お邪魔しますっ。きゃーかわいい!先輩猫飼ってたんですか?」

「うん…気をつけてね、噛まれると痛いから。」

珍しい。うちの猫が客に懐くなんて。

「先輩の家族はいないんですか?」

「来週まで旅行だってさ。」

「先輩の部屋行っていいですか?」

「イイヨー…あ、ちょっと待って!」

危ない危ない。色々と危ないものが散乱している。

「なんですか、エッチな本でもあるんですか?」

「それだけならまだいいけど。」

勿論そのエッチな本なんてフツーに本棚に鎮座ましましてやがる。

「そのくらい大丈夫ですよ。よっぽどなジャンルじゃなければ。」

そう言って、僕の部屋のドアが開けられる。

「なにここ…」

壁には数丁のライフルが、その下には小物や拳銃。机の上は工具と分解された銃。他にも迷彩服やミリタリーコスが随所に散りばめられた部屋。

「武器庫兼僕の寝床。」

しかしその中でひときわ異彩を放つものがある。瑠花が気づかないことを願うが、

「センパイ…なんでその中にこんなものが?」

彼女が指すのは見なくてもわかる、メイドコスだ。

「ネタ装備で買ったんだけどね。まだ一回も着てない。スカートの中とか改造して銃が仕込めるようになってるんだけどね。」

スカートをめくる。フリフリの中にホルスターがある。

「先輩って結構なんでもできますよね。裁縫とか料理とか。」

「一応出来て損はないから。」

トトトンッと軽い足音がして猫が近づいてくる。ジャンプして瑠花の肩に座った。

「チビ、そこから降りなさい。」

「なんでー?かわいいじゃん。」

「制服が毛だらけになるよ。」

「気にしないですよ。」

リビングに戻ってソファに座る。

「センパイ、昨日のアレ見ました?」

「アレ?…あぁ恐怖映像100連発ってやつ?録画したけどまだ観てないよ。」

「一緒に見ませんか?」

「いいね。じゃあつけるよ。」

テレビを起動してカーテンを閉める。

「く、暗くするんですか?」

「明るいと怖くないじゃん。いつも夜中に見てるんだけどさ。怖い?」

「ちょっと…」

その後、彼女は律儀に毎回悲鳴をあげる。ただ、たまに本気で怖いのが混ざっていて僕もかなりびびった。

「センパイ怖くないの?」

「かなり怖い。うわぁ今のこえー。」

「ぴいぃいっ!…怖いです。」

「違うのにしようか?」

「大丈夫です。」

「泣いてんじゃん。」

「大丈夫ですっ。」

画面の中ではベンチに座るカップルの後ろから白い手が伸びてくる。

「ね、ねぇ瑠花…落ち着いて聞いて。僕、実は…」

骸骨柄のフェイスマスクを付ける。瑠花がこちらを向く。

「きゃあぁああああ!!」

ものすごい勢いで後ずさる。そのまま床にへたり込んだ。マスクを外す。

「びっくりした?」

「…やめて…くださいよ…ほん、とに…怖かったじゃないですか。」

「そんなに怖かった?」

抱きしめると震えていた。

「許さない。今度はキスしてもダメ。」

「じゃあゆるしてくれるまで離さない。」

「…なんで私を画面の方に向けるんですか!」

「あ、ばれた?」

「もう絶対許さない!」


番組が終わると外は暗くなっていて、

「どうする?帰るの。」

「怖くて帰りたくないです。」

「そうもいかないでしょ。」

「だって家私一人じゃないですか!ヤですよお風呂一人とか。」

「たぶんここ泊まっても風呂は一人だぞ。」

「違いますよ!そういう意味じゃありません。」」

「…ご飯とかどうしよ。インスタントしかない。てか着替えとかは?」

「持ってきてますよ。」

「確信犯かよ。まぁいいや。ファミレス行く?」

「近くにあったっけ?」

「百メートルくらい。」

「行こ!」

「了解。」

暗い道を歩く。数分で目的地には着いた。安さとボリュームがウリのレストランだが、味も美味しくないわけじゃない。夕食時ということもあり、少し待つ。しかし料理は注文をするとすぐに運ばれてきた。

「いただきます。」

「おかわり!」

…え?え?俺今食い始めたばかりなんだけど。

「センパイ、このあとどうします?」

「ん…もう夜だよ。」

「いいじゃないですかちょっとくらい。」

「ダメだよ危ない。」

「えー…」

瑠花はふくれる。

「じゃあちょっと街の方通って帰ろうか。」

レシートを見る。

「すげぇ、さすがファミレスあんだけ食ったのに2000円超えないんだ…」

店を出る。

「ちなみにあのレジにいたお面みたいに笑顔を貼り付けてた店員って城崎の彼女ね。」

「え⁉︎わかんなかった。」

街の方を歩くといってもスーパーや薬局、レストランが少しあるだけで…

「あったこ焼き屋さんだ!」

「まだ食うの⁉︎」

「ちょっとくらいだいじょぶですよ。」

「いやちょっとって…デブるよ?」

「もう、いいじゃないですか。」

「ん〜まぁ瑠花がいいならいいんだけどね。僕は太ってても瑠花のことを好きだし、てか太った瑠花のそのお腹のお肉をプニプニしてみたいな。よし、たこ焼き買おうマヨネーズましましで。」

「おい変態、戻ってこい。」

「おじさーん、ジャンボたこ焼きカロリー重視マヨネーズましましでお願い。」

「あいよ。」

少し先の公園まで歩く。

「ん〜っおいひぃい!」

「あっつ…」

「センパイ猫舌なんですね。」

「そだね…」

「こういう公園って夜中何か出そうだよね。」

「やめてください。」

「唇にマヨ付いてる。」

「どこ?」

彼女が袖で拭おうとしたので止める。

「ココ。」

キスをしてみる。

「…!」

「よし、取れた。」

彼女は視線をそらす。がそのあとすぐに戻ってきた。

「今…なにかいた…!」

「マジで?」

える…ちゃん…

心臓が悪い跳ね方をした。瑠花も涙目で震えている。

「き、聞こえた?」

「気のせいだよ気のせい…気のせいであってくれ。」

辺りを見回す。するとすぐ後ろにうつむいた少女が…

「うわぁああ!」

「ケイちゃん⁉︎」

「あぁあ…あぁあ?あれ?さっきの…」

「あ、あの…スイマセン邪魔しちゃって…」

「えっと…邪魔っていうか…ねぇケイちゃん何かあった?」

急に瑠花の口調が変わる。

「答えてケイちゃん、なんで泣いてるの?」

言われてみれば彼女の目元が赤い。

「える、助けて。さっきから誰かがついてくるの。」

「なにそれ中学生にストーカー?変態だね。」

「センパイ、それブーメラン。」

「なっ…僕は安全なロリコンだよ!」

「そんなものは存在しねぇ。」

「で、内田さん…だっけ?相手は見たの?」

「はい、黒いジャンパの男の人…塾の帰りだったんだけど、この公園に追い込まれちゃって…」

「あぁ…君あっちの塾生なんだ。一応ウチと両方に不審者情報あげておこうか。あと瑠花、警察に連絡。」

「もうしました。でも、追い込んだ先に誰かいたんだしもう諦めたんじゃない?早く家に帰ったほうが安全なんじゃ。」

「そうあってほしいけど、楽観視は良くない。それにたぶん適当に塾帰りの女の子物色して付いてきてるだけだろうから、あと付けられて家の場所がバレる方が怖い。」

一応塾長に電話。

「で、こういうわけなんだけどどうすればいい?」

『そんくらいお前だけで対処しろよ。裁判沙汰になっても勝てるくらいは状況見んのも教えたろ?』

「まぁ…じゃあ最終手段で自衛はしますね。」

『警察は?』

「呼んだけど、こっちも移動してるから合流まで結構時間かかりそう。」

『まぁお前がいるならだいじょぶでしょ。じゃあの』

通話終了。どうすっかなー、囮“デコイ”もねぇし。

「取り敢えず、少し大きめな声で話しながら行こう。相手を刺激しないようにキョロキョロしないで。道もちょっと遠回りするよ。」

さりげなく全周警戒“ルックアラウンド”。いた。黒いジャンパ。挙動がおかしい。敢えて公園を周るだけの道を選んでもついてくる。グレーが黒に。

「センパイ、その懐中電灯すごい明るくないですか?」

「だってこれ目眩し用だもん。」

「そんな明るさ要ります?」

「うーん…沖縄行った時に軍放出店で買ったやつだからなぁ。」

「軍って…佐藤センパイってなにやってる人なんですか?」

「ただの高校生だよ。」

「ミリヲタってやつ…うちのお父さんもそうだから最近結構仲いいんだ。」

「大は小を兼ねるって言うでしょ。だからまぁオーバースペックでも悪くないかなって。」

話しながらケータイで筆談。流石ディジタルネイティヴ。まぁながらスマホはよくないけど緊急事態だし。

『近づいて来てる。』

『迎えきてもらうふりして警察に連絡頼む』

『おっk』

『ありがとうございます』

『俺最後尾行くよ。内原さん心配しないで、俺たちがいるから。』

『ありがとうございます』

『連絡終わり、公園の周り一周して通りに出たところで合流ってことになりました。あと“内田”ですよ。』

『マジ?ごめん内田さん』

『いえ、大丈夫です。』

あと500メートルくらいか。変に急がないほうがいいかな。まだついてくる。にしてもアレでバレてないつもりか?

「内原さんって胸おっきいよね。」

「ちょっ…なにを言ってるんですか⁉︎」

『そんな怖がらないで、あいつにバレる。』

『だからってそのネタは無いですよセンパイ。』

『ちなみに、目測で瑠花がBよりのA…いや、A内田さんがCのD寄りってところかな?』

『なんで合ってんだよ』

『行きずりの変態とはワケが違うんですよ』

あと200メートル、通りの車の音が大きく聞こえる。誤算かもしれない、こちらの声が通らない。なんとか、変な気を起こすなよ…?クッソ…アノ野郎ッ。奴がナイフを出すのが見えた。

「エルッその子を連れて走れ‼︎」

敢えて苗字とあだ名だけを使う。

「センパイもッ。」

「早く行けッ!死にたいか⁉︎」

「佐藤センパイはっ…?」

なかなか走り出さない瑠花と内田さんを無理やり突き飛ばす。二人はなんとか転ばずに走り出した。

「いいから行け!振り返んな!」

奴はナイフを振り回しながら突進してきた。なんとかナイフを避けてライトの光を目に当てる。両目には入ったようだ。右手を弾いてナイフを取り落とさせる。

「まだやるつもり?」

ステゴロかよ。パンチを躱して、落ちているナイフを奪う。振り返って膠着

「どうする?そっちには警察、こっちはナイフを持ったキチガイ。出来れば警察側に行った方がお前のためだぜ?」

答えない。

「君、なにをしている!武器を捨てなさい!」

警官の登場。後ろには瑠花と内田さん。

「…了解で〜す。」

ナイフを地面に落とす。奴は逃げ出そうとするが数歩もしないうちに警官に取り押さえられた。

「センパイっ怪我は⁉︎」

「全然。」

その後、簡単な聴取があったが聞いた限りでは、僕が何か悪くなるということは無いようだ。むしろ表彰される対象らしい。内田さんは家族が迎えに来て帰宅。

「えぇ、僕たちは家近いんで歩いて帰りますね。」

「送っていくよ。またあの人みたいなのがいたら危ないし。」

「いえいえ、送っていただくなんて、たかだか数百メートルのために緊急車両を使っていただくわけには…」

「そう?まぁ気をつけてね。」

「えっと、後日警察署行ったりは…」

「ああ、大丈夫。あとは俺たちで処理するから。」

「ありがとうございます、お世話になりました。」

「うん、また、何かあったら。」

「はい、ありがとうございました。」


「いやー驚いたねー。よかったよ誰も怪我しなくて。」

「…」

「ごめんね、怖がらせちゃって。あと、ありがとう。」

「?」

「瑠花がいなかったら俺刺されてた。俺一人だったらナイフ持った暴漢から誰かを護衛しながら移動なんてできなかった。」

「…」

うつむいたまま返事がない。

「…ごめん、瑠花を危険な目に合わせた。本当ごめん。」

「違う…違う!そうじゃない!そうじゃない!そうじゃない!」

急な大声に僕だけじゃなくて後ろの警官たちも竦み上がる。

「危ない目になんて遭ってない、全然!センパイがずっと私達とあいつの間にいて、ナイフ出された時もセンパイだけ残って、」

彼女が顔を上げ、目が合った。

「危ないんでしょ?怪我どころか死んじゃうかもしれないんでしょ?なら何で一番危ないところに行くんですか!正義感か何かですか?」

「…」

「死ぬのは正義ですか?私を置いてどっか行っちゃうんですか?」

だんだん涙声になっていく。体が動かない。口の中がカラカラで声もまともに出せない。やめろよ、もう。泣くなよ。

「どれだけ、怖かったと思ってるんですか?センパイ、もう何処にも行かないで、一緒にいて。」

「…わかった。何処にも行かない、ずっと一緒にいよう。もう、放さない。」

瑠花を抱き締める。小さな嗚咽…

「ありがとう、心配してくれて。愛してる。」

なんとか、単語を絞り出す。ただ、最後の言葉だけは自然と滑り出ていった。

「『振り返るな』って、センパイ死んじゃうかと思った…」

「あははっ…あり得ない。死んだら瑠花と会えないじゃん。」

「軽過ぎますよ。」

「そう?」

少し離れる。

「見ないでくださいっ」

瑠花は手で自分の顔を覆う。

「今、泣きブスだから…」

覆った手を退ける。彼女は顔を背けるが赤くなった目元は隠し切れていない。その後数秒、声をこらえる声。殆ど車の音に掻き消されていたが。もう一度抱きしめる。


目が醒める。腕の中に瑠花がいた。カーテン越しの光でまだ夜が明けた直後だとわかった。瑠花を起こさないようにベッドから出る。シャワーを浴びよう。

「ねぇ瑠花…」

「好きですよ、センパイ。」

「起きてたの?」

「寝てますよ。」

「…愛してる。」

僕の足をすり抜けて猫が部屋に入ってくる。

「警察怖かった…マジで俺も罰せられるかと思ったし」By友人A

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