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ラグナロク~永遠の時を翔けめぐる~  作者:
第1章「弓術者試験」
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第7話 契約

 天上人(カルセ)の緊急の連絡を受けたのがまさに試験の最中のことだった。

「連れ去られた、のか」

「緊急事態よ、すぐに避難するから教会へ戻りましょう!」

 襲撃があったのに何故教会へ戻るのか。訳を聞くと現在は中には敵の姿が見当たらず、見回りをしても遭遇することはなかった。もし受験者に被害が出ては責任を負いかねないので知らせを受けた者は全員の安全が確認されるまで一つの場所に集まるようにとのことだった。

 なお、奇襲時にセナローズと一緒にいた司祭のアースファルド氏は重傷を負い、救護班が処置にあたっている。教会周辺にいた魔術師と弓術者の数名で討伐隊を組んで連れ去られたセナローズの救出に向かった。

 念のため試験前に試験が行われる箇所の周辺地域で見回りをしていた。教会にも強力な障壁が築いていた。それを潜り抜けられるとすれば、高位のダークカルセだと予想できる。普通のダークカルセと姿かたちは同じ。本能のままに人を襲う従来とは異なり、高位は自らの潜在能力を隠すことは容易い。敵に気づかれずに潜入していたのがそれだとすれば、こちらの落ち度と共に彼らへの警戒意識も強まる。

 イルファーナについていた試験官も急遽教会に戻るよう確実に安全な道へと誘導してきた。緊急事態なら仕方がない。

しかし。

「オーディン」

 少年は、静かに泉にいる男に近づく。最高神はまだ何か用かと問うように見上げてきた。

「俺と契約しろ」

 見下ろして、静かに息を吸って気持ちを整える。ようやく決めたその意思に対してステラが眉を吊り上げて言い寄ってきた。

「今の話聞いてた!? 今すぐ避難しなさいって言ったのよ」

「お前、自分の主を見捨てる気かよ」

「そんなわけないじゃない。私だって今すぐにでも助けに行きたいわ。でも、役目だから」

「俺を見守るように命令されているから自分の事は後回しにするんだな」

 淡々というその言葉にステラはとにかく連れて戻ろうと手を取りかけるが、彼が口にしたのは自分がしたいことであったので反論できなかった。本当ならセナローズを助けに行きたい。主が危険に晒されているのだ。言いつけを破ってでも自分の意志で動きたいのが本心だ。

 でもそれがあの人にとって望んでいないことだったら? いつでもどうでもいいような意見も尊重してきたのに大事な時だけいうことを聞かない、役立たずな天使だと見られてしまったら? そう思うと、怖くて仕方なかった。

「まったく。お前もアイツも、もうすこし自分に正直になれっての」

 二人は契約しているからではなく、無意識に本心で避けているところがある。互いを大事に思うがゆえにいざって時に行動に移すことが出来ていない。幼馴染の性格というか性質というか、他人を不幸にしたくないということからなるべく巻き込みたくはないと解っている。だからこそ、自分を大事にしてほしいと心から思う。

 改めて、泉にただずむ魔術師を見つめる。何も言ってこないのは先ほどの、あの質問をもう一度問うのと面倒くさがっているためか。


――何のために契約をする?


 試験に合格して弓術者になりたいとはいえ、がむしゃらに契約しまくっては本来の性質と合わなくなってしまう。己の実力は知っておくべきだ。試験は遊び感覚で臨んでいない。何かを得るため、守るために人は目指す場所へ歩き出す。

 ゆっくり息を吸って気持ちを整える。静観する魔術師に向かった。

「護りたい奴がいる。他の奴がアイツを忌み嫌っていようとも」

「何からだ」

 隻眼に問われる。それにははっきりと答えられる。

「世界を滅ぼすやつからだ」

 一瞬、彼の瞳が動いた気がした。何も言わないのはまだ見定めている最中だろう。イルファーナも引くわけにはいかない、弓術者になると決めたから。

理由には当分足りていないかもしれない。高位の者との契約にはそれなりの危険(リスク)が伴う。死を覚悟しなければいけないこともある。敵と対峙するときに弱い心を持っていては隙につけいれられてしまう。それでも、やらなければいけない。そのために契約を望んでいる。

魔術師は暫しの間口を閉ざしていた。

「お前の身の内には、他にも理由があるようだが。ひとまずは契りを交わしてやる」

 本当か。そう問う前に隻眼の魔術師は無言で立ち上がり、口の中でボソボソと何かを呟く。通常の人間には聞き取れない速さで放たれる言霊は徐々に紡がれては二人の間を囲むようにして行く。試しに触れてみようとしたが、文字に魔力が込められているのか、近寄らせないものがあった。やがてすべての言霊を言い終えると、地面に魔法陣が現れた。

「名前を呼べ、イルファーナ。イルファーナ・リィ・リランカドル」

「なんで、俺の名前……」

 ステラが名前を呼んでいるのを聞いたのだろう。だが、ミドルネームから下は一切教えなかったはずだ。なのに、どうして。聞こうと口を開いて、いいやと閉じた。今は名前を知っている云々は関係ない。相手が契約に応じてくれるのだ。それなりの対応をしなくては。契約は互いの名前を呼ぶことで一時の契約。そして己の中の、生まれながら持つ紋章を刻みあい、それによって魔力の共有が成り立つ。魔術師の右目からは焔の中で鳥が羽ばたくような紋章が、自身の手の甲から植物の蔓が絡まったような紋章が出てきた。魔術師はそれを認めると片手を掲げた。

「イルファーナ・リィ・リランカドル。お前はオーディンの主とし、いかなる試練をも戦い、超えるということを覚悟しているというのなら、契約を交わす」

 黄緑色に光る紋章を掴むようにして握る。手の中から漏れる光は一度強く輝いたのちに次第に弱くなって消えた。最初は唖然としていたが、「何をしている」と意識が現実に戻されては急いで同じように紫に輝く紋章(しるし)に手を向ける。

「俺……イルファーナ・リィ・リランカドルは、最高神であり魔術師のオーディンの主として、この世界で生きとし生けるものを護り、(わざわい)を起こさせないために戦う」

 一回目の契約の時には言わなかったことだ。今度の相手は先の小動物よりも幾分力がある。紋章はゆっくりとイルファーナが掴もうとする手の内側に入る。同様に輝いては焼ける様な痛みと共にジュッと小さい音を立てて収まった。互いの紋章を刻みあうことで成立し、それまで周りにあった空間は一つ瞬きをする間にもとの静かな森へと戻った。

「これで契約が成り立った」

「あ、ああ……」

 一通りの儀式が終わり、ホッとすると同時に足元から崩れる様な疲れが出てきた。契約時の魔力消耗時は激しい。聖職者の中でもよほどのことがない限り行うものも少ないという。

「どうした。まだ終わっていないのだろう?」

 疲れた素振りをみせることなく、オーディンは冷たく言い放つ。そうだ、まだ終わっていない。これで試験には確実に合格できるが、やることが残っている。

イルファーナは手袋を外しては手の甲を見つめる。うっすらと紫の紋章が浮かび上がった。それを確認しながら、ふと脳裏に浮かぶ光景がある。


 気味の悪いくらいに静まり返った室内。横たわる人々によって生み出された赤い海。動かない母親の傍を見つめる少年。

 グッと拳を握りしめ、静かにため込んでいた息を吐き出して前を向き直った。

「待ってろセナ……」

 今、助けに行くからな。


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