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ラグナロク~永遠の時を翔けめぐる~  作者:
第1章「弓術者試験」
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第6話 襲撃

 セナローズは教会でステラからの報告を受けていた。

 試験官は実際に弓術者候補の傍に付き、それぞれの具合を観察する。体の不調を訴えていないか。契約を無事済ませているか。契約は望むものが魔力を大量消費するので力の無いものは一度行うだけで酷く消費してしまう。今回の内容はそこまで、あるいはそれ以上の能力を持つ者のみが弓術者として聖職者の一員に迎えられるのだ。

 前日までのイルファーナはひたすらに弓を弾いていた。実技以外の者が来てもいいように魔力をためる訓練を、一人で行っていたのを覚えている。実際に役立てられているのかは、報告で聞く。セナローズは他の試験官からの報告を受けるため、教会に残っているのだ。

 ステラからの報告の内容は、イルファーナが小動物との契約に成功。現在は泉の近くで休憩を取っているというものだった。他にも、魔術師らしき黒衣の男がイルファーナと接触していることや、ただのステラ自身の口も含まれていた。

 ともあれ、契約成功は合格を表すので、あとはこの場に戻ってくるのを待つだけとなった。教会に戻り、期間報告と共に成果を伝えることで初めて正式な弓術者になれる。

「心配する必要は、ないみたいだね」

 幼馴染だからというわけではないが、不合格であってほしくないという思いはあった。それに、この試験が始まる少し前より感じている不安は未だ拭えない。何も起こってほしくないというセナローズの想いは杞憂に終わればいいが。

「無事に終われば、この不安も消えるのかな」

「何か気にかかることでもあるのかね? セナローズ」

 悩んでいるセナローズだったが、ふと、後ろから声をかけられた。振り返ると、白い衣装を纏った老人がいた。穏やかな瞳に口周りが白い髭で覆われたその表情は優しい。

「あなたは、アースファルド司祭」

 壇上に上がっては隣に立つ老人は、教会の最高指導者に位置する司祭の地位を持ち、国王から国の安全を任されている人物で、名をディルベルク・アースファルドという。

 アースファルド家はグレイシス家同様の貴族だが、伯爵のグレイシスよりも位は低く、侯爵である。位は低いものの、代々魔力の優れるものたちが出ているためか、実力次第で上に上り詰める者も多い。現当主であるディルベルク氏も成人と同時に魔術師になり、長年の経験に努力を重ね、司祭にまで上り詰めたと聞く。

 彼のように上をめざし、聖職に就くものも少なくない。ディルベルク氏の息子もまた、同じように魔術師を目指しているという。以前王城で夜会が行われた時に話したことがあるが、とても気さくな性格で、皆から慕われるような人柄だった。

「君の幼馴染、頑張っているようだね。今年ようやく成人したと聞いているよ」

「成人したからと言って、子供らしさはまだ抜けてはいないのですけど」

「いいじゃないか。若い者は元気があってよろしい。周りの活力を上げる者が教会に入ってくれれば、少しは堅苦しさもなくなるだろう」

 ふぉっふぉっふぉっと笑うその姿は緊張状態を解してくれる。セナローズも、まだ魔術師として教会に入ったばかりの頃、先輩魔術師からの陰口で気分が億劫になっていた時に彼の人柄で慰められたことがある。

自分も他人を支える存在になりたい、喜んでもらえたらと、その時からセナローズにとって司祭は一つの目標になったのだ。恥ずかしくて心だけの決意となっているが。

笑う司祭にセナローズは気にかかっていたことを聞いてもらうことにした。

「司祭様。あの、折り入ってご相談があるのですが」

「ん?」

「この試験、何か起こりそうな気がするんです」

 それも飛び切り悪いことが。前兆としての頭痛は病んでおらず、先ほどから教会に駆けられている魔法障壁の外側から、害あるものが入り込もうとする気配を感じるのだ。

「それは穏やかではないね」

 セナローズの真剣な相談事に、今まで気楽に笑っていた司祭の眉は潜め、表情は厳しいものとなった。

 障壁が築けられているとはいえ、所詮は人族が構成したものだ。魔術師の中にはエルフに獣人といった他種族もいる。が、彼らは別として一つの組織にまとめられており、事態が大事でなければこちらに干渉してくることはない。人族の魔術師たちもまた、特別なことが無ければ、普段の仕事の中で交流することはないのだ。

 現在は試験を行っていることもあり、魔術師のほとんどは教会の外へ出払っている。嫌な予感が的中する前に、対策を立てればよいのだが、「何」が起きるのか分からないため、無理に警戒するのは逆に危ない気もする。

「セナローズ、焦る気持ちもわかるが、今は君の幼馴染が帰ってくることを待っていたらどうかね? 君は今回の試験の試験官なのだから。なあに、不安な予兆など我々でどうにかしてみるさ」

「司祭様……ありがとうございます」

「ふぉっふぉ。礼には及ばんよ」

 余裕は何処から出てくるのか。しかしおおらかに笑う老人にセナローズも釣られて微笑んだ。

 心配しても何も出来ないのは事実なので、現在すべき仕事をこなそうと、セナローズは小さく頷く。そして、これから行う仕事内容を老人に確認してもらおうと再び「司祭様」と紡いだが、その言葉は突如教会内に響き渡った爆発音によってかき消された。

 何事だ。二人は音の方向――教会の入り口付近を振り返り見る。黒い煙が視界を遮る中に現れたのは、長身の青年一人。袖食いを鮮やかに縁取った衣服を身にまとい、胸元に十字架が提げられていたので、助けを求めに来た民かと思われたが、嘆こうとも縋り付こうともせず、その場にただずんでいる様子は、普通ではない。煙が晴れてくると彼がなんなのか判明した。青年の背中より除く黒い翼。

「黒き翼……ダークカルセ」

 セナローズは静かにその種族の名を口にした。正解を表すように口の両端を三日月上に広げる男はゆっくりと壇上へ向かって歩を進める。

「そなた、どうやって入った」

 ディルベルクは厳かに問いかける。青年は今老人の存在に気付いたのか、首を傾げて顔を上げる。

「なんだ。人がいたんだー」

「質問に答えろ、闖入者。どうやって教会に」

「どうやってって、普通に入っただけだよ。入ろうとして、邪魔な鼠がいたから片付けながらだけど」

「そんな……」

 対ダークカルセ用の魔法障壁を築いてあるはず。加えて周りには警備兵や残った魔術師たちが巡回しているというのに、それらを掻い潜ってきたというのか。煙が晴れ、彼の後方を窺うと、扉の外に向かって人が何人も倒れていた。微動だにしないどころか、既に命が無い者がいると遠目からでも信じたくない事実が嫌というほど分かる。

 命亡き者になった同業者を救うことが出来なかったと悔やむセナローズを、青年は「おっと」と目的を確認するのか、歩みを止めた。

「双黒の子はっけーん。ここにいたんだねー、悪魔(デビル・)子供(チャイルド)さま」

「……やっぱり、僕が目的なんだ」

 セナローズは苦虫を噛むように言う。

 悪魔の子供。世界を破滅へと追いやるというラグナロクを引き起こすともいわれる存在。地上天上と、あらゆる種族より忌み嫌われるその子供は黒目黒髪の双黒を特徴とし、条件に見合っているのがセナローズ自身なのである。幼い頃から家族以外に蔑まれてきたセナローズは、いつからか自分自身の容姿を毛嫌いしていた。

 彼の目的がセナローズ自身ならば、これ以上害が被らないように自らを差し出そうと一歩前に出ようとしたが、大きな影に行く手を遮られた。

「司祭様?」

 自己犠牲をしようとする少年を止めるためか、老人はセナローズを見てはにこやかに笑い、そして再び前を向いては青年を睨み付けた。

「今すぐこの場から出てゆけ、闇持つ者よ」

「出ていくよ。ただし、後ろにいる子供と一緒にだけど」

 そういうと、青年はブーメランのように身体を捻じ曲げ、勢いのある速さで突進してきた。そのまま老人の胸を手刀が貫く。言葉もなく、老人の口から赤黒い液体が溢れ出た。

「司祭様!!」

 悲鳴を上げるセナローズを余所に、青年は要らない塵を投げ捨てるが如く、老人を壁の方へ追いやる。老人は抵抗もできずにただ蹲ることしかできなかった。

 一瞬の間に起こった出来事に驚愕を隠せない。すぐにでも駆けつけたいが、今行けば更に教会に被害が及ぶ。

「さあ悪魔(デビル)の(・)子供(チャイルド)様、俺と一緒に来てくれるよねー? 拒否権はないから、来るしかないよ」

 青年はさあ、と手を差し伸べた。セナローズは倒れているアースファルド司祭を顧みる。動いていなかった老人の肩が生命活動の保持を証明しているのか、僅かながらに上下に動いている。よかった。まだ、生きている。

 己が望んでもいない色を持って生まれてしまったせいで。魔術師としてキリセル国の教会に入ったせいで、関係の無い者たちに被害が及んでしまった。魔術を学んでもなお、現在自分が他者を助ける術はただ一つ。この青年、ダークカルセの言うことを聞くだけだ。そうしなければ、助けられない。

(……大丈夫)

 緊急事態が発生した場合は、速やかに教会側は対処できるように日頃から心がけている。試験中の受験者には、事態の解決までその場を動かないように待機してもらうと、試験官たちに言い渡されている。怪我をしたものの手当は救護班が来るはずだ。司祭も息があるならば、早急に治療してもらえるはずなので、生き延びることが出来る。

 セナローズは青年の手を取ろうとし、ふと脳裏に浮かぶ顔があった。

(イル……)

 弓術者試験を受けている幼馴染。彼にこのことが伝われば真っ先に駆けつけるだろう。試験官やステラの言うことを聞いて、大人しくしてくれたらうれしいが。

 取りとめのないようなことを考えながら、セナローズは青年の手を取り、その場を後にした。



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