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ラグナロク~永遠の時を翔けめぐる~  作者:
第1章「弓術者試験」
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第5話 魔術師の神

「なっ……お、おい!!」

 目の前で倒れた男を心配して駆け寄る。見ると男の周りを紙魚のように嫌な色が徐々染まっていく。

「大丈夫……ではないな、これは」

「そんなことはわかってる! 早く治療しねぇと……」

 イルファーナは荷物の中から少しの薬草を取り出した。試験中怪我をした折に自分で付ける用に持ってきたのだが、負傷者は別にいる。早急に手当てを施さなければ危ない。薬をつけようとし、イルファーナは思い出したように泉の方を見る。泉の効力は治癒。あらゆる生き物の穢れを浄化する力。その力を利用すればきっと男の怪我を治せるはず。

「……やってみるか」

 イルファーナは迷わず男を抱えて泉へと向かい、無理のないように負傷部分まで水に浸からせる。水の中で血は散乱するように漂っていたが、やがて泉が穢れに反応したのか、水中の分子が光へと変化し、男の怪我を治していく。傷口が塞がる影響で痛みがあるのか、最初男は苦痛の表情をしていたが、それも和らいだのか眠るような顔になった。このまま浸かっていればいずれは回復するだろう。

一仕事終えた時のようにイルファーナは息をついた。予想外とはいえ、男が無事でよかった。本当は治癒術を使う方が効率的で実力を試せるいい機会だったが、生憎自分には高度な治癒術は使えない。泉が傍にあってよかったと思う。

安心するとともに、なぜ急に怪我人が現れたのかが気にかかった。今回の試験には怪我人が出たという設定はない。試験中受験者が負傷することがあっても、己の怪我は己自身で治す。

「ステラに聞いても、教えてくれないだろうな」

 相手は天使である上、主以外には厳しい。怪我人がいたとしても他人の力を借りずに己で治して見せろというだろう。本人が否定しても目に見える光景だ。

「そして試験が終わったら、真っ先にセナの所で泣きつく」

 イルファーナは起こり得る天使の行動を予想して、笑った。当たったらからかってやろうか。

 小さく肩を震わせ、笑いが収まるのを待つ。完全に収まると、今度は黒い魔術師を見た。

 最初この男は教会関係者だと思った。だが、気になる点がある。まず、その服装だ。教会の魔術師ならば白いローブを羽織っているはずなのに彼のそれは夜闇を写し取ったような暗さだ。もう一つは先ほどから試験官とステラが何も言ってこないということ。すでに報告は済んでおり、再び監視していてもよいのだが、男との接触に何も反応がない。

 では男は何者なのか。人間だとしても冷静に物事を見ているし、特に干渉してこようともしない。試験を見ていると言っていたが、一体どれほどの期間なのか。

 ふと、イルファーナは男の目に注目した。右目が眼帯で覆われている。傷を気にしているのか。だが何かあると思う。それに先ほどから感じる人ならざる強い気配。イルファーナは胸中気になっていた質問がもしもの答えにすり替わった。

「オーディン……なのか?」

 地上界には多種多様な種族が生息している。オーディンとは世界を統べる神の一人。アース神族の長であり、最高位魔術師だと聞いたことがある。書物で読んだことが間違いでなければ、眼帯は修行の最中で負った時のものなのだろう。

 試しに自分で立てた仮説を元に男に正体を問いかける。

「俺の勘違いじゃなければなんだけど。お前、オーディンで合っているのか?」

「……」

「本当に間違っていたのなら訂正するし謝る。けど、怪我人を見ても治してあげようともしない。気配も俺たち人間や天使たちよりも格が違う。あー、これだけじゃ説得力がないな。えっと……そうだな、他になんて言えば信じてもらえるんだ?」

「……合っている」

「そう、合っている。お前がオーディンなのは間違いない……って、へ?」

 思いがけない言葉にイルファーナは言葉を失う。

 今、なんて言った?

「えっとー、もう一度言ってもらえねぇかな」

「私がオーディンだという貴様の推論は当たっていると、そう言ったのだ」

「あ……そう、なのか」

 今度ははっきりと正解だと言ってくれたのだが、あまりに突拍子過ぎて嬉しさも驚きの声も出ない。ただ、アース神族の王様ということなのだからもう少し威厳や尊厳があってもよいのではないかと改めて思う。寡黙で、しかも助力心がなく傍観者の言葉がふさわしいこの男が神族。それも最高神なのがどうにも引っかかる。

「俺が言うのもなんだが、お前って神らしくないよな?」

「……よく言われる」

「言われるのかよ⁉」

「元は人間だったからな。神として崇められるのは慣れてはいない」

 オーディンが元は人間だというのには驚いた。神々のほとんどは自分たちが収める土地、アース神族ならアースガルス、敵対するヴァン神族ならヴァナヘルムで生を受けるとアナギから聞いてきた。生まれるとしても、人族と同じように母親の体内から生まれるのか、はたまた別の形で誕生するのかまでは解らなかったが。そうか、人間から親族へと転身するものもいるのか。

 思わぬ展開に多少は付いていけて無かったイルファーナは、自分なりに納得してそろそろ本題へと入ろうとしていた。

「試験を見てきたと言ったな。だったら、俺と契約を交わしてくれないか?」

 魔術師は大方弓術者試験を見てきていると言った。彼の目的は不明だがそれでも人族ではないので契約は有効ではないかと考える。何も規約では神族は駄目だという注意事項は書かれていないし試験官から言い渡されていない。ともすれば、問題がない限り契約できる。なるべく強い存在と契りを交わしたいのだ。

 自分なりに低い声で言うと、オーディンはイルファーナを一瞥した。

「……何のために俺と契約をする? 目的が定まらなければ応じない」

「……っ! それは……」

 咄嗟に試験に合格するためだ、と言おうとしたが、それだけでは契約は交わすことが出来ないと判断し、飲み込んだ。契約は云わば力の共有。互いの能力を一つにし、契りが深ければ実戦での強さは増す。が、安易に交わしても契約する側が相手より弱ければ次第にその力に耐えきれず事切れてしまうことも少なくない。

 無論、イルファーナには弓術者になる目的がある。だが、それを言って契約に了承してくれるとは限らない。小動物と契約を交わしただけでは達成できるとは思えないが、実際に言ってよいのだろうかと迷いが己の中にあった。

「俺は……」

 答えに迷っていると、奥から「イルファーナ大変なのよ!」とステラが声を荒げながら樹を伝って飛んできた。その表情はいつもの彼女らしさが消えている。

「どうしたステラ。何が大変なんだよ?」

「とにかく大変なんだってば!! いい、落ち着いて聞きなさいよ?」

まず落ち着くのは俺じゃなくてお前が落ち着けよ。そう言いたかったが、次の彼女の言葉にイルファーナは目を見開いた。

「たった今、教会にダークカルセの襲撃があったの。司祭が負傷してセナローズ様も彼らに連れて行かれたわ!」


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