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ラグナロク~永遠の時を翔けめぐる~  作者:
第1章「弓術者試験」
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第4話 癒しの泉

 指定された森で試験を受けていたイルファーナは、草むらに潜んで相手を待ち伏せていた。一種族とも契約を済ませていないというのは嘘になるが、小一時間前に小動物一匹を従えることに成功している。数は定められていないので契約したという事実がはっきりしていれば合格なのだが、イルファーナとしてはもっと強い、存在が大きいものと契約したい。

 試験終了までまだ時間はある。先ほどから新たに次の相手を探しているのだが、思うように見つけられない。契約というのは契約するものとされるものが互いに合意してからなるもの。契約を望むものが一方的にかつ強制的に行うことなど不可能なのだ。契約したばかりという小動物も、魔法で話しかけて考えを読み取り、交流することで成しえた。小さくても意志はある。無意志で嫌がるものを強制的に契約させるには簡単なのだが、正当ではないためふさわしくない。

 場所を移動して歩き出す。早く契約して戻らねばと気が焦るばかりか、足も比例して速度を上げる。

「そうこうしている間にも他の奴らが次々とこなしているだろうな」

 今回の試験を受けているのは、大半が成人を迎えた男たち。無登録の一般弓術者が長年経験を積んで受けるということは珍しくはない。イルファーナが見た限りでは、明らかにそろそろ隠居してもよさそうなご老人もいた。弓の技術では若者には負けまいと主張しているのか、年齢に反して体つきが程よかった。

 様々な年代の人が受験する弓術者試験。数人しか合格できないと言われるそれをイルファーナは十七歳になった時に受けた。幼馴染を守るということもある。その為にはまず自分が弓術者になって彼のパートナーに志願することが必要になる。

「そういやアイツ、試験官だって言ってたよなー」

 試験官は試験期間中、受験者の監視を行う側と本部側とで別れると聞いた。各一人ずつに試験官が一人ついて様子を見る。決められた時間になると本部に連絡を入れるらしく、先刻もイルファーナの試験官が伝達魔法で連絡をとっていた。セナローズは監視側なのか本部側なのか分からないが、少なくとも期間中はイルファーナの傍にはいないだろう。

「……こっそりとセナに連絡とかできねぇかな」

「駄目に決まっているでしょ、イルファーナ!」

 イルファーナの一人言に文句をつけたのは髪目共に綺麗な金色をした少女。野ばらに咲く花の精霊の様な服装は子供らしさを表している。髪はサイドテールにし、花の髪飾りをつけていた。一見するとごく普通の少女だが、背中には一枚の羽根があることから人間でないことが分かる。溌溂とした瞳は少々怒っているのか眉を吊り上げていた。

「大体、弓術者試験をなんだと思っているの。悪戯と同じくらいに舐めてると後で痛い目に合うわよ」

「はいはい分かってるよ。ステラに言われなくても、そのくらい俺だって学習してるって」

 慣れた口ぶりでイルファーナはサラリと少女の言葉を受け止める。ステラと呼ばれた少女は、「本当に解っているの?」と文句言いた気だ。

 ステラはイルファーナと同じグレイシス家に住む。背中に翼があることから天上界の天上人、天使族だというところだ。元々は触れ合わない天上界の住人であるはず。しかし彼女の背中に羽は翼が一枚しかない。天使族は自分たちの血を他よりも強く重んじるため羽の大きさ、美しさ、よりよい性能にたけていることが求められる。ほとんどの天使が二枚ある中で、数が足りないステラは半端物として蔑まれてきた。自ら地上へ降りようと決心し、勇気を出して向かった先にセナローズがおり、彼は翼の数なんぞ気にせずにステラを受け入れ、契約を交わしたらしい。

 契約してからは慕うようにセナローズに甘え、アナギにも礼儀正しい。が、イルファーナに対してだけは不精な態度を表している。特に理由は気にならないが、彼女の態度は改善した方がいい。

「セナローズ様も、どうしてあたしにイルファーナの監視役を頼んだりしたのかしら。使役とかいるんだからそっちを使えばいいのに」

「天使は俺たちよりも伝達能力が優れてるからだろ。お前は跳躍力が優れてるし、有事の際にすぐ駆けつけられるだろ」

 翼が足りないということは、上手に空を翔けることが不可能ということ。代わりにステラは、高い跳躍力に恵まれ、移動にも困らない。ステラの言うとおりセナローズには複数の使役がいる。各所に散開させ、情報収集を行ったりする。使役は情報に惑わされやすいため、集まってくるものは事実が曖昧だったり、はっきりと嘘のモノが多く、中には全然関係の無いことまで拾ってきてしまうこともある。

 セナローズは曖昧さを避けるため、イルファーナの監視にはステラを選択したのだろう。当の本人は至極嫌がっているが。

「あーあ、早くセナローズ様のところに戻りたいなー。何処かの悪戯好きの受験者の監視なんて飽きたー」

「ステラ、お前のその発言は俺にケンカ売ってると捉えてもいいんだな?」

「あれ、別にイルファーナのことを言ってないわよ。聞き間違いじゃない? 私はただ、受験者が悪戯しかけるよりも前に大切な主の所に帰りたいって嘆いてただけ」

「悪戯を仕掛けるって、それ完全に俺のことだろ。あー、もうセナの奴こんな天使にどんな教育をしているんだ。俺よりも頭いいんだから、教育の方向ぐらい確かめられる筈」

「セナローズ様のことを馬鹿にしないでちょうだい! いくら幼馴染だからって許さないからね!」

「別に悪くなんか言ってねぇよ。ステラこそ俺に対する態度を改めたらどうなんだ!?」

「まずイルファーナの性格そのものを他のと取り換えたら考えてあげなくてもないわ」

「俺の性格丸ごと変わるのかよ!? そんなのお断りだ!!」

「あ、そ。じゃああたしも改めないから」

 一向に引かない天使の少女はツンとそっぽを向いてしまう。イルファーナも相手をしていられなくなり、長時間立ってるだけで足が疲れたので、休ませるために近くの木に寄り掛かった。

「案外、楽な物じゃないな」

 勿論、聖職者にとって重要な試験であるため、簡単なものではない。それでも、あと一種族だけでもいい。多種族と契約を交わしたい。

 森ならではなのか、さわやかな風がイルファーナたちの髪を凪いだ。気が付けば喉に渇きを覚え、無性に何かを口にしたくなった。

「……そういや、泉があったよな」

 確かこのあたりだったはず。イルファーナは移動するといつまでも拗ねていたのかステラが「あ、待ちなさいよ!」と後をついてくる。主の元に戻りたいなら一人で戻ればいいのに、そうしないのは魔術師の命令があるから。素直に心配してくれているのかと笑いたくなってしまう。

 数分歩いた箇所に泉はあった。泉の名は「いやしの泉」。あらゆる生き物の傷も、水に触れたり口にすることで治すことが出来るという。そのままの気がするが、見つけやすいうえに名前の由来も分かりやすくていい。

 近くまで寄ると、契約獣が水を求めているのか足早にイルファーナの横を通って泉に口をつける。美味しそうに飲んでいるので試しに自分も一口。指を守るために付けていたグローブを外し、素手で掬い上げた水は透き通っており、また青みがかっていた。日に当てると光るそれを飲んで、イルファーナは一息ついた。体の中に溜まっていた疲れが一気に消えていくような感覚。この泉に「いやし」と名が付けられるのはもっともだと言える。

 泉の中を見つめていた少女も、イルファーナではなく契約獣の飲む様子を窺ってから、自分も、と、両手で掬って飲んだ。すうっと喉に通った冷たさが気持ちよかったらしく、飲んだ後気持ちのよさそうな顔になっていた。

「そうだ。ステラ、そろそろ報告はいいのか」

「え? ……あ、ああ定時連絡ね。解ってるわよ。受験者は口を出さないの」

「はいはい」

 ここで休憩するのも悪くない。時間も惜しいが、今は此処で休息をとってからまた試験に臨めばいい。幸い、明日の朝までにはまだ余裕もある。これからどうするかはゆっくり考えればいい。ステラは定時連絡をしに草むらの影に移動していき、ステラと共に監視しに来た試験官も他の試験官と連絡を取り合っていた。

 さてもう一口飲んでから水筒にいくらか入れていこうと手持ちの荷物から目的のモノを取り出した時。


「……?」

 ふと前方より気配を感じた。相手は泉の向かい側にいる。ダークカルセか。装備した弓に矢を番えながら待ち構えていると、木の陰から影が静かに表れた。薄暗い森の中で唯一木が開けた場所にある泉の岸にその影は日の光に照らされるように少しずつ姿を現した。

 人間と比べてはいけないのだが、見た目は二十代前半くらいの男。凛と整った顔立ちに紺色の双眸は険しい。片目は怪我でもしているのだろうか、左目は眼帯で覆い隠されている。全体的に黒々とした服装は黒魔術師を思わせるようだ。

 男は岸辺近くの丸太に腰かけると、まっすぐに前を向いた。丁度視線の先にいたイルファーナと目が合うことが分かっていたのか、最初からこちらを見据えている。

 敵意を感じられないので、一度弓は収める。相手の正体が不明なままなので完全に仕舞わず、横に置いておく。無言なので、話しかけてみようか。

「アンタ、どこから来たんだ?」

 無言。

「この近くに知り合いはいるのか?」

 またもや無言。

「俺は試験の課題でこの森にやってきたんだ。多種族と契約を交わせとさ。だけどなかなかいないものだよ。さっきも一回やったけど、この森って立派な泉がある割には生き物が少ないよな」

 多少の小動物は生息しているものの、生態系は豊かとは言い難い。この場所で試験を行えと言われたから来ただけであって、場所さえ指定されなければもっと他を選択していた。

 話しかけても無言で何も語らない男にイルファーナはため息をついた。

(相槌くらい打ってくれたっていいだろ……!)

 それで会話が弾むとは到底思えないが、何かしらの反応をくれてもいいだろう。無反応な男にイルファーナは諦めたのか、立ち上がって軽く伸びをした。再び契約相手を探しに行かなければいけない。離れたところで休んでいた契約獣を呼び寄せ、イルファーナは弓矢を持って背中を向いた。

「さてと、俺はもう行くからな!」

「……試験」

「ん?」

「試験とは、弓術者試験のことか」

「ああ、そうだけど」

「今回の試験は」

「多種族との契約だけど……アンタ、試験のこと知っているのか?」

 質問されたので答えてあげたが、この男は弓術者をよく知っているのか。そもそも正体不明の相手にべらべらと情報を流していいものか。


「……大体、見ているからな」

 イルファーナの質問に男は答えを返してくれた。だとすると、教会関係者なのだろうか。再び問いかけようとすると、男は何を感じたのか無言で立ち上がり、横を向く。イルファーナも同じく彼が向いた方に視線を向けると、森の奥から誰かが来ることが分かった。敵か。先ほどと同じように弓矢を構えようとし、男に「待て」と制された。聞かないこともできたはずなのに、気づけば弓を収めていた。もう一度番えようとしても体がいうことを聞かない。

 奥からはまた男が現れた。今度はイルファーナを制している男よりも幾分か若い。薄汚れたうす紫色の髪は乱れ、服装もあちこちと切れ目が走っている。抑えている腹部分からは赤黒いものが染み出しており、立っているだけでも不思議な状態だった。

 怪我をした男はイルファーナたちを一目見ると、安心したらしく、その場で崩れるように倒れこんだ。


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