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ラグナロク~永遠の時を翔けめぐる~  作者:
第1章「弓術者試験」
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第3話 影

 森に響く音というのは、時に不気味さを感じさせる。静まり返った場所に突如獣が出現したら人は悲鳴を上げてしまうだろう。何も聞こえないときはいっそう恐れが己を襲う。

 青々と生い茂る森の奥にひっそりとある洞窟に集団の影が一つ。影は相談するように虫のような音量で話し合っている。その中の一人が手を上げる。

「あの、頭」

「どうした」

 頭と呼ばれた影は手を上げた多くの影の一つに返す。大きな影は他より高い位置に鎮座しており、平然と話し合っているのを胡坐を掻きながら見下ろしていた。背丈よりある岩場の上にいるだけでも身が竦むほどの威圧感がある。恐る恐る頭の前に立つ影の体は震え、今にも倒れそうなくらいに息を切らしていた。病んでいるのではない、緊張しているわけでもない。ただただ、頂点に立つ影が恐ろしかった。

 震えてることがばれている様で、周りからは馬鹿にした笑いが聞こえてくる。耳にを塞ぎたくなる、そんな気分に駆られた。

 何も言えずに俯いていると、大きな影は「ふっ」と笑った。

「お前ら、こいつを笑ってやるな。何か考えがあって前に出たんだろう。その勇気を褒めてやれ」

 そう言うと、大きな影は岩から軽々と、俯いている影の目の前に降り立った。

「何か俺に言いたいことがあるんだろう? 躊躇いなく言ってみな」

「頭……あの、実は」

 誘導されたことにより勇気が出たのか、影は顔を上げる。背中から一斉に視線を感じ、更に自分より上の存在が話を聞いてくれるので、怖くはあったが不思議と安心感はあった。今まで思い隠していたことを、ようやく話すと機会が来たのだ。

 今なら、言えるかもしれない。影は深呼吸をすると、頭、と続けた。

「俺、此処を辞めます。辞めたいんです」

 言えた。これまでにも幾度なく決意を固めて機会を窺っていたが、どうしても言うことができなかった。それが今日は言えた。理由も言わなければ誰しもが納得はしないだろうから、この際言ってやろうと思った。

 周囲が一気にざわめく中、一人安堵感を得ていた。お前ごときが辞められる筈がないだろう、頭に付従っていたのに今更裏切る気か、鋭い視線が彼を突き刺さる。それでいい、後は煮込まれようが焼かれようがされる前に此処から逃げ出せばいいだけ。犯罪者のレッテルが貼られても隠し通せば普通の生活が訪れる。でもまあ、正当な理由が無ければ辞めさせてもらえないだろうが。

「最初はこのまま此処にいてもいいかなと思ったんです。両親もいない、妹にも先に死なれて途方に暮れていた俺を頭は拾ってくれました。嬉しかったんです、こんな俺でも居てもいい場所があったんだなって。その為には何だってしましたよ。他の奴らより汚い仕事をやらされようが立ち位置が低かろうが! ……でも、街で盗みを働いている中、ある親子に会ったんです。いや、正確には擦れ違っただけなんですけど。その親子は幸せそうに手をつないで笑っていました。俺、それを見て思ったんです。近い将来、この子たちの笑顔まで奪う羽目になるんじゃないかって……。だから今度は人から奪うのではなく、人に幸せを与えられるような事をしていきたいんです!!」

「……だから、辞めたいのか」

「はい!!」

 一度言ったことは、行ったことは曲げることができない。だが変わることはできるはずだ。この犯罪集団で十年近くいたが、盗みや詐欺、時には強姦に手を染めても殺しだけはどうしても出来なかった。自分以外は容易く血を染めることができる。それは犯罪者として最高峰にあたる行為だった。彼らの中では合格点と云えよう。その点に関してだけはどうにもならなかった。模擬練習では上手くやれても、実際に殺すとなると、どうしても自制心が取り押さえる。完全に犯罪者になりきれていなかったのだ。

 話を聞いた頭は暫しの間黙りこみ、やがて深いため息とともにやれやれと肩をすくめる仕草をした。それ以上のことはしない、止める物言いをしなければ、影を咎めることもしなかった。

 何も言わないのならこの集団から抜けてもいいのか、緊張のあまり様子を窺う。

「……あの、頭?」

「理由がどうであれ、お前は街で平穏無事に暮らしたいのなら、そうすればいい」

「抜けてもいいのですか?」

「そこまで意志が固いのなら寂しくなるが仕方ないな」

 いかにも別れを惜しむように頭は言うのだから、本当に辞めてもよいのだろう。やった、と内心喜びを感じていた。これであの街で身分を隠していけば暮らせる。自由の身だ。そうと考えればこれから何をしながら生きていこう。まずは資金を集めなければならないから仕事をすることから始めようか。ある程度貯まったら店を立てて物売りをするのもいい。商売をする中で運命の人に出会えたらと思うと、今から楽しみで仕方がなくなる。

 嬉しそうに見える影を他の影たちは気に食わないだろう。ましてや真面に生活するなどという考えは、すること自体が裏切りなのだ。非難の声が掛からないのは、頭の判断を受けてのこと。異を唱えることはしないのだ。


 これからの新しい日々に期待を胸に寄せていたが、ふと影は自分の身体に違和感を覚えた。

 なんだ、とその違和感のある場所を見る。胸元には何か白い物が突き刺さり、そこを中心に赤が刻々と広がっていた。

「え……あ、れ…………?」

 突き刺さっているものが何なのか、自分は今どういう状態にあるのか。教えられずとも理解できた。

 突き刺さるものは目の前にいる影の腕。広がる赤いものは紛れもない己の体内から溢れだす、血。先程からある胸の違和感は、頭が自分の身体を貫いたのだ。

 完全に理解したと同時に、どうして、と疑問が浮かんでくる。もう此処から離れても良いはずではなかったのか。考える間もなく、膝が折れ、その場に倒れる。

「残念ながら、君はこの集団から抜けることなんて出来やしないよ」

 頭上から降りかかるのは頭の声。いつものように飄々としながら何処か冷やかなものが含まれる。首だけでも見上げると、自分を見つめる暗い色の相貌には光がなかった。

頭は膝を屈めると、髪を無造作に掴み上げる。何の抵抗も出来ずにされるがまま引き上げられる身体は、まるで魂のない人形のようだった。

 目線が頭と合う。顔は笑っていた。だが、その目はつまらないと感じているのか一時たりとも笑ってはいなかった。

「君さ、見くびりすぎ。此処から抜けたいならもうちょっと警戒心を張り巡らせろよ。まあ、こんな怪我をしちゃった時点で計画は台無しになるわけだけどね。そうだ、何か言い残したことがあったら言いなよ。さっきのもそうだけど、聞いてはやらないけどね。そうそう、目的を果たせなくて残念だったね。街で暮らすこともかなわなくて」

 調子が先程までとは打って変わっている。あの厳かな物言いは何だったのか。

 頭は反応の無い影に飽きたのか掴んでいた髪を放す。ドサッ、と音を立てながら身体が地面へと落ちる。怪我のせいで立ち上がることなどできなかった。

 目線だけでも前を見る。頭の足だと思われるものは残りの影たちへと向かっていた。地面が近いと気づくものもあった。黒い破片らしきものが至るところにある。柔らかな長い、羽のような。犯罪集団の中に有翼種などいたのか。多少はいたとしても、こうまで黒い羽を持つものは…。


(………いた…)

 たった一つだけ。この世界で最も最下層に位置し、生物全体の敵とも言われる種族が。

(ダーク、カルセ……)

 黒い翼を持つ天使。闇に墜ちた天使の成れの果て。世界を滅ぼす存在にだけ従う、外の道に反れてしまった者。

 知らないはずはない。寧ろ探していた。母を殺し、父を村から追放に追いやり、自分と妹を引き裂いた災厄の種族を。赦してはおけないと復讐を誓った。

 黒い翼を持つ頭は、ニヤリと嘲笑し、影たちに号を出す。

「この裏切り者の処分は、君たちに任せる。引き裂いても良い、グチャグチャに砕いてもいい。食べるのもありだけど、コイツのはあまり美味しくないと思うよ」

 さあ、好きにしな。そう最後に付け加えると影たちは咆哮を上げた。皆、頭と同じ存在だったのだ。早速、寄って来るものがいる。

 身体を動かせない自分が悔しい。だが、好きにさせるわけにはいかない。

 かろうじて腕は動かせるので、低い地に手を掲げる。長いものは負担をかけるので、心の中で唱える。

「見くびってるのは……アンタ達だ」

 お前たちより遥か高みの存在はそう甘くはない。

 全て唱え終わると、自分の周りに円を型どった紋様が現れ、光を放った。

 暗闇から光が現れたことにより、頭は振り替えって唖然とする。まだじかん

「なに……!?」

「絶対に、後悔させて…やるからな……」

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、影は光の紋様によって包まれる。輝きが収まる頃には大勢の影からその姿は消えていた。



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