第9話 最初の戦い
ダークカルセの咆哮が飛び交い、同類が倒されてもなお餌となる人間に襲いかかろうとしていた。自分が良ければそれでいい。彼らはそんなことを考えてはいない。とりあえずお腹が空いたので目の前の生き物を食らおうと間合いを詰めよっていた。喉から濁った同じ生き物とは思えない鳴き声は相手を怖がらせるための方法なのだが、初めて敵と対峙するイルファーナは動じることなく、新しい矢を番える。放たれた矢は敵の間に落ちた瞬間、衝撃波を出してダークカルセを昇華していく。
弓術者は剣士や重騎士とは違い、体力こそ衰えるがその分知識と速力、技術に優れている。専用の訓練を重ねていけば実力をつけていくことが出来る。
次々と消えていく様を見て、イルファーナは勝ち誇ったように笑った。
「へ、たいしたことねえな」
「油断するな。周りにもっと注意するんだ」
「んなこと解ってるよ」
魔術師の文句を適当に流していく。弓術者試験を受けるからこそ、知識は常に新しいものにしていく。自分とて考えなしに受けているわけではない。こういう緊急時にこそ迅速な対応が大事になる。二人は背中合わせになり、周囲を警戒していく。
「オーディン、セナを頼めるか?」
「貴様は」
「少し準備することがあるんだ。その間、ステラと時間稼ぎをやってくれ」
「承知した」
オーディンは頷くと跳躍して敵陣の中に飛び込んでいった。
「邪魔だ」
両手に槍を構えては突くのではなく振り払っていく。一度それをやってしまえばかなりの数を減らしていった。咆哮も断末魔も上げることなく。風が何もない空間を斬っていくように。
攻撃が終わった時、その場で立っていたのは黒衣の魔術師一人だけだった。魔術師は次の攻撃態勢に入り、敵に得物を向ける。隻眼の眼光が閃いた。
「貴様らは此処で命尽きるんだな」
「すげえ……」
圧倒的な威力を見せ付けている魔術師にイルファーナは無償の感動を抱いていた。どこからともなく湧いて出てくるダークカルセをいとも簡単に倒していく様を見ると、戦場に立つ神のように思えてくる。
「オーディンさまは神族の中でも上位に属しているからね。あの方がやられるとしたら大問題だわ」
「何処かの天使と違って結構使えるし、契約して良かったぜ」
「それ明らかに私のこと言ってるでしょ!!」
「そう思うならお前もちゃんとやれよ」
天使はイルファーナに指図されるのが嫌なのか、返事もせずにそっぽ向いて跳躍しては数段高い場所に移動する。馬鹿にしないでとばかりに見下ろす。呼吸を整えてから瞼を閉じる。何拍か置いて開口しては魔力を声に出して発していく。
~魂は世界より生まれし
時の中 大地の上 天の下で生きる
すべての者に安らかな眠りを
安寧なる 世界を求めてひと時の幸福を与えよ~
短くともしっかりした調べの歌は、ステラの声による魔法だ。元来声で放つ呪文は天使による歌から伝えられたと言われている。天使の歌声には複数の系統があり、その中でもステラの得意とする歌は癒しだ。眠り、傷や心の回復を奏でる調べで効果が違ってくる。
今回彼女が歌ったものは眠りの効果があるもの。ゆっくりと意味のある歌声を聴いたダークカルセたちはなんだと首を傾げた直後にバタ、バタと倒れるように眠りについていく。敵だけでいいのにこちらも聴いていると頭がボーっとしてくる。眠らないようにしなければならない。かといって耳を塞いでしまえば攻撃することも不可能なので、天使の声を聴かないようにイルファーナは自分の事に集中する。
しゃがみ込み、地面に手を当ててはぶつぶつと小さく詠唱し、次にセナローズのいる高台に向かって矢を番える。
「セナ、上手く避けてくれよ」
「え、な……なにが?」
相手は聞き返してくるが構わず矢を放つ。天上高く打ち上げられた一本の矢は遮る風がないのでそのまま意図した方向に飛んでいく。
「こっちにくる……!?」
目標が自分だと分かったセナローズは慌てて避けようと足で元いた位置からずれる。そこに丁度幼馴染が放った矢が突き刺さった。もう少し遅かったら脳天に当たっていたところだ。なんのつもりでやったのだろうと怒りたくなったが、その前に矢の周りに黄緑色に輝く魔法陣が浮かび上がる。セナローズの足元まで広がっていた。
イルファーナはセナローズの所に矢が行ったのを確認すると今度は空中を掴むように手を握りしめて叫んだ。
「水より請け負いし生える植物よ、蔓となりして彼のものを捕らえよ!」
「イル!?」
詠唱した内容に従ってか、魔法陣の周りに生える苔が一つどころに集まりやがて長い蔓となってセナローズの足を絡め捕った。蔓は対象を高く振り上げては何もない空中で放した。
「だから待って――――――――!?!?」
何もない中で自由にされてもどうすればいいか。手立てを打たないでいればやはり地面へとまっさかさまに落ちていく。停止魔法を唱えようにも間に合わない。怪我を覚悟したセナローズは思わず目を閉じる。いつまでも地面への衝撃と体の痛みが訪れない。恐る恐る目を開けると地面の上ではなく、黒い服を着た魔術師の腕の中にいた。見上げるとそこには見定める様な隻眼が覗いてくる。怪我をしないために助けてくれたのだろう。
「あ……ありがとうございます」
お礼を述べると魔術師は黙ってセナローズを下ろして持っていた槍で後ろの枷を壊す。自由になったのを確認して「ふう」とため息を吐くと遠くの方からイルファーナが怪我はないかと言ってきた。いかにも予想していた言動だったので本当は感謝の意を表したいがそれよりも驚きや恐怖がまさってしまった。
「助けるならもう少しやり方ってものがあるでしょ!」
「あはは、悪かったって」
手を振って対応しているが、絶対反省していない。一緒に住み始めてからというもの振り回されてきたのでそのくらいわかる。悪いと思ってない。同時に助け出すという思いは彼の中にある。証拠としてふざけた言動をしていても一度もダークカルセから目を離していなかった。
セナローズはイルファーナの援護をしなければと杖を片手に構える。先程よりもダークカルセの数は極端に減ってきている。これらは長くない時間に片付くとして、あとは、とイルファーナたちは高い場所にいる敵を見る。
「あーあー、逃げられちゃったよ」
一方、捉えていた魔術師を逃してしまったことが悔しいのか、残念そうに頭に手をやる。せめてラグナロクを起こす方法とか聞いておけばよかったなーなど冗談にもならないことを言っている。
こいつが今回の襲撃の主犯者だろう。放って置かずに捕まえるか倒すかのどちらかをしようとイルファーナが再び狙いを定める。が、両脇から二つの人影が目に捉えきれないほどの速さで通り過ぎていったのを確認する。一つはオーディン。彼は槍を構えては助走をつけて敵のいる場所に跳躍する。着地と共に切っ先を向けた。
「よう久しぶりだねー」
「何故貴様のようなものがここにいる」
「何故って、僕はただ楽しみたいだけさ」
おどけた動作で話している。何を話しているのか解らないが、イルファーナは彼らは知り合いなのかと遠目から考える。こんな事件を起こす輩だ。きっと穏やかな会話などしていないだろう。
オーディンは鋭い眼光を向けた。
「貴様が扱えるようなものじゃない」
「君だって同じじゃないかー。なんだって僕は悪者にされるんだろうね」
現に悪いことをしているのだから仕方ないか。そう嘆くも反省している様は見せておらず、口元が笑っていた。ダークカルセの青年はどうしたものかと思案しようとしたとき、真上から殺気が舞い降りてきた。力強く剣を振り下ろす。三人の間には砂埃が上がった。
「やあ、君生きていたんだね」
「後悔させてやるといったはずだろ。有言実行しに来たんだ」
煙の中でのやり取り。ダークカルセはもう一つの陰が自分を斬りに来たのだと解っているにもかかわらず余裕を持った口調だ。
「でも、おかげでせっかくの変装が解けてしまったじゃないか」
だんだんと砂煙が晴れていく。
「な……?」
下で見ていたイルファーナは、砂埃が晴れたことではっきりと様子を確認できた。だが、ダークカルセは先ほどまでと姿が異なっているように思えた。背中に合った黒い翼は消え、服装も灰色のローブに変わっている。金色の髪は光の川が流れるように長く、隠されていた瞳は恐ろしいほどに赤い。若々しく整った表情は嘲笑っていた。
「邪神……ロキ」
セナローズがぼそりと呟いた名前は、イルファーナも知っていた。すべての神族の敵である霧の巨人族の血を引き、オーディンとは義理の兄弟の悪戯の神。彼の行いは世界を渡っているため、悪名高いことは有名だ。加えてロキは姿を変えることが得意。ダークカルセになっていたのも安易に手下たちを集めるだけだったのかもしれない。
正体を検めさせられてしまっては面白味が無くなってしまったのか、ロキはやれやれと両手を肩の位置にやる。
「うーん、君たちがいるとは思ってなかったからね。今回は諦めるとするよ」
邪神はそういうと、一瞬セナローズの方を見ては「またねー」とにこやかに微笑み、翻しては闇の中に消えていった。気が付けば生き残っていたダークカルセたちの姿も無くなっている。何者もいなくなった空間に武器を向けていた二人は相手がいなくなったことを確かめるとそれぞれ武器を仕舞う。イルファーナたちがいる場所へ戻っていく。
「オーディン、あいつは」
「消えた。だが、またいつ現れるか分からない」
用心するべきということか。敵はセナローズを狙ってくる。再び対峙するときまでに準備を進めなければならない。イルファーナはひとまずの出来事が終わったことで安堵感を得たのか深々と溜息が出る。
イル、と自分を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると助けられた黒髪の幼馴染が此方を見つめてくる。そういえば、弓術者試験もまだ途中だった。大事な家族を助けるために試験のことを考えずに洞穴へと乗り込んだのだった。
「えーっと、まだ終了時間まで間に合うよな?」
若干不安を覚えながらも質問してくる受験者に試験官はそんなこと気にしていたのかと可笑しくなって苦笑する。
「報告するだけならまだ平気だよ」
「そ、そうか。良かったー」
正直落ちるんじゃないかと思ったんだぞ。そう言って腕を上げて軽く伸びをする。戦いの中でも試験の事を気にしていたのだから本当になりたいのだなーとセナローズな感心した。
「さて、戻るか」
「うん」




