4話
……ここか
変哲もないマンションの一室、ここが彼女の部屋らしい。
あれだけの事をしていて今さらなのだが、女の子の家を訪問するというだけで変に緊張してくる。
……すぅー……はぁー……
覚悟を決めて、チャイムを押す。
少し待つが、反応が無い。
二度、三度とチャイムを押してから確信する。
これ……壊れてる
鍵が開いてなければ、帰ればいい。
そんな風に思いながらグッと力を込めると、何の抵抗も無くノブが回るった。
……不用心過ぎるよ
これはチャイムが壊れているせいだ、そうなんだと、そう誰にするわけでもない言い訳をして、ドアを引く。
他人の家独特の匂いの様な物を感じつつ、僕は玄関へと歩を進めた。
どうやらワンルームらしく、一本の通路にトイレと思しきドアと台所がある。
台所の様子を見るに、あまり自分で料理などはしないようだ。
(というか、一人暮らし?)
台所の前で立ち止まった僕の死角からかさりと物音がして、僕の背後に人の気配がした。
さっきまで気配など全然しなかったのに、だ。
「……誰?」
静まり返った部屋に、聞きなれた確かな声。
学校では見たことの無い、着崩した私服姿のキミの姿に、ほとんど反射的に僕は飛びかかった。
キミは驚きも見せずに僕をそのまま受け止めて、そのままどすんと床に倒れ込む。
「……痛いな」
……ごめん
キミの冷たい手の平を感じながら、僕は謝罪を口にする。
心ここにあらずと言った感じが、自分でも分かるほど適当な謝罪だが。
「突然家まで来るなんて、凄く驚いたよ」
全然驚いていないようにしか聞こえない声で、キミが言う。
そうだ、プリントを渡すのが目的だったのだ。
僕は鞄を開くために、手を引こうとする。
……?
「……ふふ」
イタズラっぽく笑いながら、キミは僕の手をぎゅっと握る。
僕も思わず、その手を握り返した。
「ここまでしておいて、まさかその手を離そうってわけじゃないよね?」
……
どこまでも、どこまでも奥が見えない瞳に、僕の心がどんどん吸い込まれていく。
そして、まるで誘われるように僕の手がキミの首へ伸びて……
……っ
「……?」
僕は伸ばした腕をそのまま首の後ろへ回し、キミが最初に僕にしてくれたようにぎゅっと抱き締めた。
顔を近づけた時一瞬見えたキミの顔は、今まで見たことの無い、少し驚いた時の顔。
もしかしたらキミは、僕にこんな事望んでなどいないのかもしれない。
幻滅されてしまったら、もう二度と会えない可能性だってある。
それでも、僕は……僕は
「……温かいな」
しみじみと味わうように呟いて、僕の背中にくるりとさも当たり前のように腕が巻きついてきた。
ひんやりとした感触が背中に伝わって、だんだんキミの手も温かくなっていく。
……うん、温かい
そのまましばらく、僕らは抱き合っていた。
時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。