2話
結局、昨日は一睡も出来なかった。
浮かんでは消えるあの子の最後の言葉が、僕が眠りに落ちるのを妨げるのだ。
また、と彼女は言った。
あんなことをされておいて『また』などと言えるなんて、一体どんな神経をしているのだろう?
あんなことをした僕が言えたことではないのかもしれないが……
……あれ、いない
確かあの子は同じクラスだったはずだ。
なのに、教室を見回しても姿が見当たらない。
誰かに聞こうにも、あの子の交友関係など知る由も無く、とりあえず確実であろう担任に所在を聞いてみる。
「ん?あー……多分、保健室にいるんじゃないか?」
教師から帰ってきたのは、話半分の返答。
まぁ、自分も同じ質問をされたら似たような反応をしてしまうだろうし気にはしなかったが。
……失礼、します
保健室に入ることなど滅多にない僕は、何故だかこの部屋に妙な緊張感を感じてしまう。
別に健康な奴は入室禁止、などとルールがあるわけでもないのにも関わらずだ。
誰も、いない……?
シーンと静まりかえった保健室は人の気配を感じさせず、いつもニコニコと愛想を振りまいている保健室の先生すら見当たらない。
消毒液の匂いがツンと鼻を突き、僕はけほけほと咳をしてしまう。
……ん
ベッドにいる人を隠すベールの向こうに、人影が見えた。
性別まではハッキリとしないが、こんな時間に保健室にいるのは大抵元からこの場所にいる者だけだろう。
……
なぜか忍び足になり、変に緊張しながら僕はベールの向こう側へと歩を進める。
見えた影から考えてどうせこちらの動きは筒抜けだと言うのに、滑稽にも僕は隠れている『つもり』になりたかったのだろう。
「……誰?」
ほんの小さな音だったが、静まりかえった保健室では十分な大きさを持ったその声は僕の耳へと届き、僕の体をビクリと震わせた。
あなたが手を伸ばす前にシャーッとベールが横へ動き、正に予想通りの姿がそこにあった。
「……なんだ、キミか」
『なんだ』に込めた意味は落胆なのか、それとも安堵なのか。
そんな些細なことまで気にしてしまう僕は、やっぱり普通じゃないのだろうか。
そもそも普通の人ならこんな時どういう事を考えているのか、僕には分からない。
「……ねぇ」
くだらない思案を巡らせていた僕の首元に、そっとその子の手が伸びてきた。
そのままくるりと僕の首の後ろで交差し、またあの時のようにこそばゆい感触が耳元に広がった。
「―――『また』なんでしょ?」
背中にゾクリと、冷水を掛けられたような感覚が襲って、彼女がそっと僕の首から手を離した。
「……ふふ」
ボクは普通になろうと思っていた。
その気持ちに嘘は無い、と今でも思っている。