1話
僕は昔から、よく顔に出ると言われていた。
喜びや悲しみ、嫌悪まで分かりやすいらしく、トランプゲームで勝てた試しはない。
……はぁ
今日も頼まれ事が面倒だと思ったのが顔に出ていたらしく、相手に大分不快感を与えてしまったようだ。
出しているつもりはないのに、出ているだとか。
そんなこと言われても、僕には分からない。
……にー
ガラスに映る自分の顔を、笑わせてみる。
別に常にこんな顔でいろってことじゃないのは分かってる、分かっているのだけれど。
ガラスに映った僕が、僕をあざ笑っているような気がして視線を逸らす。
……?
別方向からの視線を感じて振り返ると、同じクラスの……名前は忘れた。
とりあえずその女子と、視線がぶつかった。
「……」
目の下の隈が目立つその子は、僕を一瞥すると去って行った。
何か言いたいことがあったのだろうか?
まさか、また話しかけづらい顔をしていたのか……と、僕は表情をむにむにしてみる。
頑張って普通にならないと、といつも思う。
普通でないと、誰かを不快にさせてしまうから……それは僕も不快だ。
……はぁ
僕が悪い、僕が悪いのだ。
こんな顔しか出来ない、僕が。
頭の上から出かかった感情を、何とか飲み込み。
自分の頭をガシガシと掻くことで何とか発散する。
……?
また、視線を感じた。
うっすらと笑みを浮かべ、こちらを見つめる視線。
僕に何か用なら話しかけてくればいいのに、今日もそのまま立ち去ろうとする。
……ま、待って!
その子の背中を追って行くうちに、だんだんと人気のない校舎の裏の方へと進み、気付けば日差しも陰る位置まで来てしまっていた。
そのままどこかへ消えていってしまいそうな背中が、あなたの目の前で立ち止る。
……っ
暗がりで光るその子の瞳が、僕の瞳と重なった。
どこまでも吸い込まれていきそうな、真っ黒い瞳。
「……何か用?」
小さな声で聞き取り辛かったが、その子は確かにこちらを向いて声を発した。
何か用、って……それはこちらの台詞なのだが。
「……」
無言のまま立ち去ろうとするその子を、僕は咄嗟に出した腕で引き留める。
自分でもびっくりするほどに俊敏で、無意識のうちの行動だった。
……あ、あの、その……
行ってほしくない、行ってほしくない一心で
「……っう」
僕はその子の首元へと、手を伸ばした。
自分の腕に自分とは思えぬほどの力が加わり、目の前の対象を逃がさないように、ギリギリと締め上げる。
手に広がる他人の熱が、僕の感情を昂ぶらせた。
もっと、もっと……
「がっ……ふ」
対象がもう一度、声を漏らしたところで、体が僕の意識下へと舞い戻る。
……っ!!
すぐに手を離し、女の子を突き放す。
元々貧弱そうな女の子の体が、どさりと地面に横たわる。
そんな女の子を心配する余裕も無く、僕は壁を背に女の子を見下ろした。
はぁ……はぁ……
まるで僕の方が首を絞められていたかのように、息が荒くなる。
なんてことをしてしまったのだろうか。
感情的になりやすい自覚はあったが、まさかここまでの事をする人間だとは自分でも思っていなかった。
じっとりとした手に、まだ生暖かい感触が残っている。
「……」
ゆらり、と女の子が立ち上がった。
僕はビクリと肩を震わせて、後ずさる。
逃げようか、とすらも思えないほどに足が竦んで動けない。
あ……ぅ
女の子と頬が触れて、唇が耳たぶに触れそうなほど近寄る。
こんな状況で何だが……このドキドキは自分がしてしまったことへの動揺だけではない気がした。
「――――」
耳をこそばゆい感触が通り抜け、そのまま女の子も僕の隣を通り抜けて行ってしまった。
緊張の糸が切れた僕は、その場にぺたんとへたり込む。
……
手に残った感触を確かめるようにもう一度握り込んで、僕は彼女が言った言葉を繰り返す。
……ま、た?