作戦
試合から2日経った。
高すぎる目標を前にしたときの脱力感は大きいもので、普段通りに振る舞おうと心がけても常に頭の中に「試合の敗北」があり、気持ちが悪かった。
そのため料理に時間をかけることにした。
昔から落ち込んだ時には時間をかけて料理をする。
料理中は常にその料理のことを考えなければいけないため、余計な思考が入ってこない。
その間だけは嫌なことを忘れられるのだ。
今日の昼ご飯はパスタを作ろう。
主役となるベーコンから調理に取り掛かり、ブロック状に分厚くカットされた市販のベーコンを取り出し、まな板の上で切り分けていく。
切り分けたベーコンをキッチンペーパーで丁寧に拭き取った。
こうすることで、フライパンで焼いたときに雑味のないクリアな旨味だけが引き出されるのだ。
熱したフライパンに少量のオリーブオイルを引き、切ったベーコンを投入する。焦がさないよう中火で揺らし、表面がこんがりとした黄金色になるまでじっくりと火を通す。
ベーコンの旨味あふれる油を使ってソースを作っていく。にニンニクと唐辛子を加え、弱火でゆっくりと香りを引き出す。ニンニクが色づく直前、程よく茹で上がったパスタを投入。
ジュッという音と共にソースがパスタに絡みつき、油が乳化して、クリーム色に変化していく。皿に盛り付け、ベーコンを上から散らして完成。
なかなかいい出来だ。
口に入れると、ベーコンの凝縮された塩気と香ばしさ、そしてオイルの豊かな風味が合わさって広がる。
やはり落ち込んだ時には料理をするのが一番だ。
お腹も心も満たされる。
少し気分も落ち着いたため、昨日は見ることのできなかった試合の動画を見返して見ることにした。
うーん、見返してもひどいものである。
序盤のしてやったという顔までしっかり撮影されていて、とても恥ずかしい。
1回通してみたけれど後半は見ていられない。
策が尽きた途端、次の一手が出ずにそのまま隙だらけで押されてしまった。
改善するとしたらここであろうか、戦意を失うのが早すぎた。
メンタル的な問題が多いのだろうか、メンタルケアなんかをしてみなければ。
「おい、ちゃんと見たのかよ」
「うわっ」
常にしているネックレスが下に引っ張られ、声が聞こえた。
このネックレスに憑依している、ベルだ。
「もっかい映像見てみろよ」
「そんな何度も見たくないのに」
「いーから!」
もう一度試合の映像を見返してみた。
「なんか気づかない?」
「心が折れるのが早すぎたよね」
「そこもそうだけど戦ってるとき!惜しいとこあったろ」
試合の中で惜しいところなどあっただろうか。
全ての攻撃を見透かされ、避けられていたように思うが。
もう一度注視して見てみる。
「......!ここだ......」
なぜ気づかなかったんだ。
明確にチャンスがあったではないか。
月曜日、学校へ登校して一番に真田へ報告しようと思っていた。
しかし、なかなか時間がなく、昼休みになってしまった。
昨日の気づきを教えてあげなければ。
キョロキョロと周りを見回していると後ろから声をかけられた。
「よっ、俺気づいちゃったんだよね」
「あ真田、僕もそれ言おうとしてて」
真田は僕の座席の前に座ってスマホの画面を見せてきた。
「ここだよな、俺がお前を助けるところ」
「うん、ここで先生にすごく近づけてる。先生の学術も不発になってるし」
そして3日後、リベンジの時がきた。
第二体育館のギャラリーでは先輩3人とも見に来てくれている。
この前のような恥はもうかかないようにしなければ。
初期位置につき、試合開始の合図を待つ。
真田と目を合わせて頷いた。
「はじめっ!」
昨日真田と『防衛機制』について調べて分かったことがある。
『防衛機制』は自分が危険な状況になったときに、それに対してはたらく心の動きである。
先生がこれを学術に落とし込んでいるのであれば、防衛機制がはたらくためには条件を満たす必要があるのではないかと考えた。
その条件は「自身が危険な状況にある」ではないか。
試合の様子を見返すと、一度だけ先生に近づいてもなにも影響がなかった瞬間がある。
真田が僕を助けにきたときだ。
真田は先生に触れられる距離を通ったのにも関わらず、先生の『防衛機制』ははたらいていなかった。
これは先生が危険な状況に陥っていなかったからだろう。
真田は攻撃などするつもりもなかったため、攻撃判定にはならず、『防衛機制』が発動しなかったのではないか。
つまり、攻撃をしようという意識を持たずに先生に触れる必要がある。
「座標生成!」
まずは自分の前に1次元の座標を生成した。
そして、『ベクトル』で移動を行う。
これを繰り返して僕は氷上先生の周りを四角で囲むようにぐるぐると移動し続けていた。
先生は動かない。
「座標生成!」
ここで真田も座標を生成した。
真田は四角形で回っている中心に先生がいて、四角形の外側からそれを見ているという状況だ。
真田は回っている僕をじっと見つめている。
そろそろ僕も疲れてきた。
頭の中は「座標」と「ベクトル」で埋め尽くされており、そろそろ体力の限界も近い。
「今だ!ベクトル!」
真田の合図とともに僕は中心へと先生へと引き寄せるように移動した。
自分の意思ではないベクトルの移動は初めてだったので急な勢いに驚いてしまった。
「防衛機制-『逃避』」
先生は学術を発動しようとするが、はたらいていない。
そして、
「ぐほぅっ」
僕と先生が衝突した。
「よっしゃあああ」
真田の大きな声が広い体育館に響き渡った。
ついに勝ったんだ。
試合後の講評を真田と聞いていた。
「いやあ、よくわかりましたね、私の学術の特性を。
私の学術『防衛機制』は自身への攻撃にしかはたらきません
そこで小野さんを人間弾丸にして突っ込ませたというわけですか」
これが僕たちの作戦であった。
真田が僕を動かすことで僕には攻撃の意思がなく、先生に当たるというわけだ。
「いやあ見事な作戦でした。
私がこの試合を通して伝えたかったことがわかりましたか?
学術での勝負で重要なこと、それは『観察』と『理解』です」
「「ありがとうございました!」」
こうして探偵部の登竜門である外出許可を得ることができた。
探偵部の部室では見ていた先輩から激励の言葉をいただいた。
「小野君、真田君、おつかれさまです!」
「この作戦を自分たちで考えられたのは良かったわね」
「やるね」
満を持して如月先輩が話し始めた。
「これでやっとアポトーシスの話に戻れるね、外出許可ももらったし、早速明日行ってみようか」
「え、アポトーシスのアジトってことですか?そんな急に?」
「いやいや、そのアジトの場所を聞きに行くんだよ」
「え、誰にですか?」
「まあ明日になればわかるよ。とりあえず小野君と真田君明日の放課後にここ来てね」
「はあ」
次の日、僕と真田は如月先輩に連れられ駅まで来た。
「あそこの建物ね」
駅から3分くらい歩いて離れると、人通りは少なくなってきたところにレンガの建物が建っていた。
看板がかけてある。
「ボードゲームカフェ?」
ボードゲームカフェってボードゲームで遊べるカフェみたいなところだよな?
今回の件と全く繋がりが見えずに困惑の表情が顔に出てしまった。
「まあまあ、そんな顔せずに入ってみよう。お邪魔しまーす」
如月先輩の後ろから店内へと入っていった。




