試合
昨日のことを受け、部室にいた小夜先輩に氷上先生との試合についてのことを報告した。
「ということで今週の金曜日に先生との試合が決まりました」
「まあ何回でもやってもらえますから、とりあえずやってみるといいと思います」
「それで聞きたいんですけど、先生はどういった学術を使うんですか?去年と同じのを使うって言ってました」
去年の試合を突破した実績のある小夜先輩に、僕と真田が一番気になることを聞いてみた。
「氷上先生の専門は哲学です。哲学の学術は習得が大変難しいですがその分とても強力なんです。フロイトって哲学者が提唱した『防衛機制』って知ってますか?」
「いや、わかんないです」
「まあ簡単にいうと、不安から生まれる無意識の行動ってところですかね」
「はあ、それをどう学術に落とし込んだんですか?」
「うーん、最強の防御術といったかんじでしょうか」
「先輩方はどうやって攻略したんですか?」
「それを言っちゃあ楽しくないです。そこは自分たちで攻略するんです」
「……わかりました。とりあえずやってみます」
「がんばってくださいね、応援してます」
氷上先生といい、小夜先輩といい、なんだか多くを語らないかんじだ。
これは試験なのであくまで自分で攻略法を探せということだろうか。
試合は2日後のため、部活動終了後も近くの公園で真田と作戦会議をしていた。
「なあ、試合どうする?」
「まあとりあえずやってみないとってとこだよね」
「小野が今使える学術ってなにがある?」
「ベクトルでの1次元移動と、質点の生成くらいかな」
「攻撃に使える学術はなしか......まあまだそんなもんだよな、勉強始めたばっかだし」
「真田はどうなの?」
「同じくらい。でも今ちょっと練習してるのがあって......」
金曜日、ついに試合本番を迎えた。
ここ数日、常に不安を抱えている状態であった。
今日も朝からずっとそわそわしており、授業の内容は頭に入らずすぐに出て行ってしまった。
この状況で縋れるものといったら真田と練習したあの学術だけである。
「それでは行きましょうか」
ジャージに着替えた僕と真田は氷上先生の後をついて行き、第2体育館へと赴いた。
第2体育館は普段使っている第1体育館よりは少し狭くなるのだが十分に大きかった。
床は30m四方くらい、天井は4階の高さくらいであり、私立学校の財力を見せつけられるような広さであった。
2階のギャラリーには小夜先輩と如月先輩が見に来ており、手を振ってくれた。
「学術の試合とかは大体ここで行いますね」
氷上先生の説明が始まった。
「それでは今回のルールを説明します。君たち2人で僕と対決して、僕に1度でも攻撃を当てればよしとします。攻撃と言っても学術の攻撃だけでなく僕に触れればそれでもクリアです。ほかに質問はありますか」
「時間制限はありますか?」
「そうですね、ここの使用時間もありますし、20分にしましょうか」
「はい」
「それではあそこで準備してください」
氷上先生と向かい合うような形で僕と真田は位置についた。
「あの時計の秒針が12を指したら開始としましょうか」
時計の秒針を見る。
刻一刻と回る秒針が上を向くにつれ緊張が高まってきた。
体育館はとても静かで自分の鼓動がよく聞こえた。
「はじめっ!」
「「座標生成!」」
開始の合図と同時にまずは座標を生成した。
これにより、座標の範囲内に瞬時に移動ができる。
まだ氷上先生は動いていない。
「「ベクトル」」
座標上の移動を駆使して、真田は先生の前に、僕は先生の背後へと回った。
ここまでスムーズにできている。
真田のほうを見て、頷いた。攻撃の合図だ。
「ベクトル!」
真田はそのまま直進し、先生のほうへ高速で移動を始めた。
瞬時に先生に近づき真田の手が触れたかと思った。
「防衛機制-『逃避』」
ここで先生が初めて学術を使った。
手が触れたかと思った瞬間、先生は移動しており、真田の手は空を切った。
回避する学術であろうか。しかし、ここまでは想定通りだ。
今度は後ろから僕が近づき手を伸ばす。
「防衛機制-『投影』」
「……?」
先生に触れられる距離に到達した瞬間、なぜか棒立ちしていた。
一瞬にして戦意を喪失させられたのか戦う気がなくなってしまい、伸ばした手を下げてしまっていた。
まずい、このままでは反撃される。
「ベクトル!」「防衛機制-『逃避』」
真田と先生の声が同時に聞こえた。
「小野っ!」
真田は先生の脇を掠め、僕を引っ張って先生から遠ざけてくれた。
先生はその場から1歩も動いておらず、僕らを見つめている。
「多分あれは近づいちゃあだめだ、戦意を喪失させられる」
「こうなったら、あれか」
体勢を立て直し、先生のほうへ身体を向ける。
今度は真田が後ろに回り込む形となった。
真田の合図と同時に腕を前に出し、自分の掌に意識を集中させる。
「質点生成」
よし、上手くいった。掌の上にビー玉くらいの点が生成され浮いている。
「慣性の法則!」
思いっきり浮いている質点を殴って先生のほうへと射出した。
近距離がダメなら遠距離攻撃だ。
質点は先生のほうにかなりの速さで一直線に近づいている。
先生も学術を使う暇がなかったのか身を逸らして交わした。
質点は速度を保ったまま先生を越えて今度は真田のほうへと近づく。
「弾性衝突!」
真田の掌に質点がぶつかると、そのまま反射してよろけた先生のほうへと向かっていく。
軌道は完璧だ。いける。
「防衛機制-『身体化』」
くそっ、学術を使われた。
先生はその場で大きく跳んだ。
2mくらいだろうか、人の跳躍ではありえない高さと速度であった。
この攻撃に賭けていたのだが呆気なく交わされてしまった。
これにて万策尽きた。
20分経たずして、試合は終わってしまった。
「いやあ、2日でよくここまで考えましたね。近距離から遠距離へ即切り替えするところも見事でした」
講評を聞いていたがほとんど頭に入ってこなかった。
圧倒的な技量の差に勝てるビジョンが全く見えなかった。
これはあと1か月練習したところでたどり着ける境地ではないことは分かった。
僕も真田も戦意喪失してしまった。
これは試合が終わってからも続いたので学術の影響ではないことは確かだった。
探偵部の部室では先輩から助言をもらった。
「いやー、惜しかった瞬間はあったね。さっきの試合録画しといたからこれ見直すといいよ。学術の試合は観察が1番大事だからね」
如月先輩がスマホを取り出して動画を送ってくれた。
こんなものあったところでと半分自暴自棄になっていた。
「先輩はどうやってあんなんクリアしたんですか?」
真田もやけになっている。
「相手の学術をよく調べるといいですよ。『防衛機制』について調べてみてください」
こうして1日が終わった。
途中まで真田と一緒に帰ったが、会話は「じゃあね」の一言だけであった。




