入部
探偵部に入部してから1週間が経った。
生物室での件は校長先生から話があり、探偵部と一部の先生だけの機密事項となるらしい。
逃走した不審者については警察と協力し、捜索中とのことだ。
今回の件で学校も対策を講じており、監視カメラや警備員の数を増やした。
さらに学術実践の授業の特別講師として学術事件対策部の警察官が先生として勤務することになった。
学校の授業も本格的に始まり、学術についても授業で学び始めた。
最初は座学中心で学術とは何たるかといった基礎的な知識を学ぶ。
学校の授業で教わる学術では進みが遅く、実践に対応できないとのことで、探偵部では実践向けの学術練習を今日から始めるらしい。
「後輩君たち!先週言った『ベクトル』についてちゃんと理解してきましたか?」
学術を扱うためには前提として「知識」がいる。
理解度に応じて学術のレベルも変わる。
同じ学術を使っても素人と学者では段違いなわけだ。
そのため、僕と真田はこの1週間「ベクトル」についての勉強をひたすらにしていた。
初めての概念に戸惑うことばかりであったが、真田と先輩の助けも借りてなんとかものにすることはできた気がする。
今日の学術練習は、小夜先輩が僕と真田の相手をしてくれた。
「ではまず、ベクトルとはなんでしたか?小野君!」
「えっと、大きさと方向を持つ概念のことです。これを学術へと応用することで移動や回避に使います」
「そうです!」
良かった。1週間の勉強が役に立ったみたいだ。
「いいですか、数字を使う移動にはまず座標の生成が必要なのです。
まずは1次元の座標を生成してみましょう。目を瞑って自分の前に真っ直ぐな道を想像してください。
しっかりとイメージできたらはいっ、目を開けて!見える?線が?」
小夜先輩に言われるがままにするが、何も見えてこない。
「先輩、見えません」
「うーん、イメージですよ。とにかく具体的なイメージを持ってください。自分が今から動く道を想像するのです」
道か。自分が今から進む道、線路みたいなものか......。
いろいろ考えているうちにあるイメージが浮かんだ。昔見た映画だろうか。
広い野原に敷かれているレール。その上を歩いていくようなイメージ。
ぱっと目を開けると自分の足元に1本の線が見えた。
「お、見えました」
「いいですね、どれくらいの長さですか」
「1mくらいでしょうか」
「それでは、こんどはそのまま前に進んでみましょう。
これもまたイメージです。空港とかにある動く歩道をイメージしてみてください」
目を瞑ってイメージしてみる。
地面が勝手に動くイメージ……。
「うわっ」
急に身体が20cmほど前に動いた。
エスカレーターに乗るときのように重心を前に傾けたら、転んでしまった。
「お、もう動けるようになりましたか」
「エスカレーターみたいですが、重心の移動が起きないのでそのままにしてれば大丈夫ですよ」
これは面白い。
目を瞑ってイメージして、移動。
さっきより少し長く動くことができた。
繰り返し動くと1mの線の端まで来てしまった。
「先輩、これ端まで来るとこれ以上前に進めないんですか?」
「小野君たちが今生成しているのは絶対座標です。なので座標をリセットする必要があります。最初にやったみたいにもう一度目を閉じて道をイメージしてみてください」
なるほど。これを繰り返すことで移動ができるのか。
横の真田を見ると、もうスムーズに移動ができている。
にしても体力の消費が激しい上にずっと頭を使っているのでものすごく疲れる。
1m移動しただけなのに50mを全力で走り切った後みたいだ。
「はーい、注目!
今君たちがやってるのは絶対座標による1次元移動です。この意味はわかるよね。」
小夜先輩もゆっくりと横に滑っていく。
「今はまだまっすぐにしか進めないけど、次元を上げると……」
今度は壁まで滑ると、横に曲がった。
「これが2次元座標への移動です。
こんな風に次元を上げることで移動の幅が広がるわけです。
まだ君らの理解度じゃあ難しいかもけど、もっと知識をつければいずれはできるようになります。
がんばりましょーね!」
こうして本日の探偵部の活動が終わり、真田と別れて帰路につく。
初めて学術を使うことができた。
ただ、できることになったのは1m程度の移動のみなので、先輩方のようになるにはどれほど勉強しなければいけないのか、考えると気が遠くなる。
しかし嫌ではなかった。
中学の頃とは違い、毎日が充実している。
部活に所属できたし、先輩や友達もできた。
満足感が心を覆ってくれているおかげでネガティブな気持ちにはならず、がんばろうと思えた。
「ぐぇお」
いきなり僕のネックレスが動き出し僕の首を絞めた。
「なに浸ってんだ?ちょっとあそこの柱に隠れろ」
ネックレスが喋りはじめた。
「え?なんで?」
「いいから、早く隠れてあっち向けよ」
僕はネックレスに言われるがままに校舎の柱に隠れた。
「ぐぉ」
またネックレスが動いて後ろの建物を指し示している。
小さなマンションだろうか、建物のほうを見ると植え込みの木の影でマスクをつけた大人2人が学校のほうを指さしてなにやら話している。
身を乗り出して見ようとすると、片方の男と目が合ってしまった。
「やべ」
目が合った瞬間2人は逃げ出してしまった。
慌てて追おうとすると、ネックレスに引っ張られた。
「やめとけ、お前じゃあ無理だ」
「でも」
「あいつらの服装は覚えてるか?」
「マスクとスーツ」
「お前ができんのはそれを覚えておくくらいだ。明日にでもまいに報告しろ」
「わかったよ、であんたは何者なの?」
僕は今ネックレスに話しかけていると思うと不思議な気持ちになった。
「アタシはベル、あんたの体内にある学術の成長を止めてんのよ」
「喋れたんだ。僕は小野零、よろしく」
「まあね。レイの体力を使いながらだけど」
「だから最近体力の衰えを感じてたんだ」
「いや、それは関係ねーよ。ただの運動不足だろ。
アタシも成長止めんのに精一杯だからそんな頻繁に動かねーよ。」
「そうなんだ」
「でもさっきみたいになんかあったら出てくるからね」
「それは助かるよ、ありがとう」
「なんかお前余裕だな?けっこう生命の危機だってのに」
「まあ目標みたいなのができたからなんか前よりいい感じというか」
「わかったわかった。ってことでたまに出てくるからよろしくな」
というわけでベルという小さな相棒ができた。
少し口が悪いのが気になるけれど。




