今後
目を開けると知らない天井が視界に入ってきた。
身体がだるく全身が重い。
状況を理解しようと周りを見渡してみると、白いカーテン、ベッドの上、外から聞こえる話し声、保健室のベッドの上にいるのだと悟った。
入学して2日目で保健室にお世話になってしまった。
カーテンを開けてみると奥で校医さんが何やら書類を書いていた。こちらに気づくと、「目覚めたか」と言って携帯でどこかへと電話をかけ始めた。
連絡が終わった校医さんに聞いてみた。
「あの、僕はどうして」
「大変だったのよ。相良ちゃんが血相変えてあんたを連れてきて」
「う、ご迷惑をおかけしたみたいで」
「相良ちゃんにとんでもない貸しができたわね。あとでお礼言っときな」
すると、保健室にぞろぞろと人が入ってきた。
相良先輩と如月先輩、それと真田ともうひとり知らない女の子がいる。
4人は僕のベッドを囲んだ。
唯一しらない女の子が話し始めた。
「こんな状況なのですけれど、初めまして、私は2年B組の彩羽といいます。探偵部の2年生です」
先輩だった。
「初日でこんな事に巻き込んでしまったのは本当に申し訳ない、私の過失だ」
相良先輩が頭を下げる。
「いえ、こちらこそ大変なご迷惑をかけたようで、僕をここまで運んでくれたのも相良先輩だと聞きました。ありがとうございます。
僕がまだ未熟なばっかりに。もっと学術について学んでいれば」
「まだ自分の状況がわかっていないようだね」
如月先輩が言う。
「え?」
「そのネックレスを見て」
首元を触ると、いつの間にか僕の首にはネックレスがかけられていた。
ネックレスには翡翠色の綺麗な宝石がつけられている。
相良先輩がそのネックレスに触れる。
ネックレスの宝石は生命が宿った様に動き出す、と同時に僕の首が締め付けられる。
「ぐぅぇ」
「これは私の子『ベル』よ
そしてこの子は成長を止める能力を持っているわ」
「じゃあ僕の背はもう伸びないってことですか?」
「対象はあんたじゃあないわ、あんたに寄生した生物に対してよ」
「僕に寄生?」
今の僕の身体の中になにかがいるってことだろうか、考えている内に鳥肌が立ってきた。
「あんたが気絶する直前、不審者になにか投げられたでしょ?」
そういえばそんな気がする。ああそうだ、僕の足を噛まれたんだ。
ふと思い出してズボンを捲って右脚の様子を見る。
くるぶしよりも10cmくらい上のところに何かに噛まれたような跡がある。
「ロイコクロリディウムって知ってる?」
「いえ、知らないです」
「カタツムリに寄生して、カタツムリを操る吸虫。恐らくそれに学術で改造を施したものだろう」
「ええ、じゃあ僕は操られてしまうんですか?」
「だからベルで成長を止めてんのよ。ベルがいる限りそれ以上進行はしないわ」
「はあ、なんだ」
安心したのも束の間、ひとつの疑問が湧いてきた。
「いや、でも、僕は一生このままですか?」
「言いにくいんだけど、そうなる」
「学術って同時に複数使用することはできませんよね、あの不審者が別の学術を使用すれば自然とこの虫も消えるんじゃあないんですか」
「そこがちょっと複雑でね」
相良先輩が説明に困っていると、小夜先輩が説明を始めてくれた。
「学術が複数併用できないことは間違っていません。恐らくこれは相良先輩が使っている『憑依型』の学術なんです」
「はあ」
「学術はどういう仕組みで動いてるか知っていますか?」
「なんとなくは」
「学術を使うときには使用者の体力が消費されることによって起こります。人やものに魂を憑依させる『憑依型』の学術は体力を消費するタイミングが3つあるんです。
魂を入れる瞬間の『憑依』、そのコントロールを行う『制御』、魂を抜く『解除』
ラジコンで例えると、ラジコンに電池を入れた状態です。これだけではラジコンは暴走してしまいます。そこで「制御」を行います。ラジコンを動かす操作がこれに当たります。そして「解除」。ラジコンの電池を抜くという操作に対応しています」
「なるほど?」
「そして今の小野さんの体内の虫は「憑依」をさせただけの状態です。「制御」は行われておらず、ラジコンが体内で暴走している状態です」
「つまりどういうことですか?」
「さっきの不審者は今学術を使用していない状態になっています。なので、先ほど小野さんが言っていた『不審者が別の学術を使用すれば消える』ことはないということです」
「え、あ、え?」
「じゃあ僕はずっとこのままってことですか?」
「まあ、そうなるね。」
如月先輩が他人事のように軽く言った。
まあ実際他人事ではあるのだが。
「君が助かる道は3つある。
1つは、学術を駆使して君の体内にあるそれを破壊することだ。
ただし、君の身体が危ないし、そんな高度な技術を持っている学者がこの世にいるかも怪しい。
最悪の場合死に至る。
2つ目は、さっきの逃げた不審者を見つけて「解除」を行ってもらうこと。
しかし、不審者を見つけることは困難だし見つけたとしても素直に解除してもらうとは思えないし......最悪の場合もう殺されているかもしれない」
「その場合どうなるんですか?」
「言ったでしょ、もう1つの道が残っている。
ただし、何倍も厳しいけれどね」
噂なのだが、『エントロピーの増大』に抗う学術を操る学者がいるというのを聞いたことがある」
「エントロピー?」
「まあとっても簡単に言うと、時間の巻き戻しだ。
その噂の学者を見つけ、時間を戻してもらう」
「え、その学者ってどこの誰なんですか?」
「それが全く分からないから難しいんだよ。
ひとつだけある手がかりが、かつて『紳士教』に所属していた、ということだ」
「紳士教……」
その言葉を聞いた瞬間、真田の目が変わったのを僕は見ていた。
「紳士教ってのはどこにあるんですか」
「それ以上は、言えない。これを書いてからだ」
そう言って如月先輩は1枚の紙を取り出した。昨日書きかけた誓約書だ。選択肢はない。
こうして僕の探偵部員としての活動が始まった。




