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妹に婚約者を奪われました。育ての父からも裏切られて。でも、問題なし。私の婚約は、王家のお墨付きが付いた国家事業だと知らなかったんですか? 転落するのは裏切り者の貴方たちですよ!

作者: 大濠泉

 もうじき春になろうという季節の、ある日の夕刻ーー。


 学園卒業を祝って、テミスト王国の王宮にて、舞踏会が開催されました。

 私、公爵令嬢ランミス・レブロンも、青いパーティードレスを着込み、婚約者ビスト・バイタル伯爵令息によるエスコートで、王宮へと馬車で駆けつけました。


 舞踏会は夜まで続き、私、ランミスも幾人かの貴族令息とダンスを踊り、お肉やデザート、カクテルなどを(たの)しみました。


 そして、三時間以上続けられた舞踏会の終了間際ーー。


 突然、私の婚約者ビスト・バイタル伯爵令息が、「重大な発表がある」と大声をあげます。

 そして、私の妹シアラ・レブロン公爵令嬢の手を引いて、壇上に昇りました。


 学園の卒業舞踏会ゆえ、会場には、同学年の貴族令息、令嬢が勢揃いしています。

 ほかにも先生方や卒業生の親御さん、兄弟姉妹など、大勢の方々が集まっていました。

 そんな人々の前で、私の婚約者ビストは、壇上で、私の妹シアラを胸元に引き寄せ、宣言したのです。


「俺、バイタル伯爵家のビストは、ランミス・レブロン公爵令嬢との婚約破棄を、ここに宣言する。

 そして、こちらにおられる、ランミスの妹、シアラ・レブロン公爵令嬢を、新たな婚約者とする!

 俺は『真実の愛』を見つけたんだ。

 どうか、了承していただきたい」


 ざわざわーー。


 同世代の令息、令嬢たちのみならず、参加者たちはみな、大騒ぎとなりました。


 私、ランミスも、ビックリしました。

 婚約者に愛人の影は感じていました。

 でも、まさか隠れて付き合っていた相手が、私の妹シアラだったとは!

 開いた口が塞がらないとは、このことです。


 この学園卒業舞踏会には、姉妹揃って、彼、ビスト・バイタル伯爵令息によってエスコートされていました。

 まさか、妹をエスコートする出汁(ダシ)に、私が使われていたなんて、この時は思いもしませんでした。

 だって、私がビストの婚約者だったもの。

 妹のシアラの方が付き添いだと、誰だって思うじゃない?


 妹シアラが学園を卒業するのは二年後のはずですから、妹も私と一緒に馬車に乗るのは、少しおかしいな、とは思ってはいました。

 でも、兄弟、姉妹を連れて舞踏会に参加している卒業生は大勢います。

 卒業式とは違って、舞踏会はラフな集まりと相場は決まっています。

 卒業生の関係者なら、親御さんや兄弟姉妹のみならず、友人や従者ですら参加して良いとされ、それぞれがダンスをしたり、飲み食いできるのです。

 実際、私のお義父様オッド・レブロンも馬車に同乗していました。


 皆の視線が、集まる中、私、ランミスは振り返って、義父オッドに問いかけました。


「婚約者である私にとっても初耳ですわ。

 いったい、どういうことですの、お義父様。

 私の婚約は、亡き母上のみならず、テミスト王家の仲介によって果たされたものですよ?」


 正直言って、妹のシアラは頭のネジが緩い。

 婚約者のビスト・バイタル伯爵令息も、幼い頃からの婚約を自力で破棄しようと試みるような勇気を持ち合わせているとは思えません。

 だとしたら、シアラにとことん甘く、ビストを焚き付けて婚約破棄まで突っ走らせることができる人物は、私の継父であるオッド・レブロンしかいません。


 今では義父も、大勢の参加者たちからーー特に、卒業生の親御さんたちから、注目を浴びていました。


 義父のオッド・レブロンは茶髪を整え、コホンと咳払いしてから声をあげました。


「たしかに、我が娘ランミスと、ビスト・バイタル伯爵令息との婚約は、テミスト王家のお墨付きによって契約されていた。

 だが、それはビスト伯爵令息を、我がレブロン公爵家に迎え入れるためのものだ。

 そして、シアラも我がレブロン公爵家の娘だ。

 ならば、ランミス(おまえ)でなくとも、妹のシアラがお相手でも、ビスト伯爵令息を我がレブロン公爵家に迎え入れることができる。

 王家の承認も得られよう」


 私、ランミス・レブロンは、幼少のとき、テミスト国王陛下直々の承認の下、ビスト・バイタル伯爵令息との婚約が結ばれました。

 ビスト伯爵令息をレブロン公爵家に婿として迎え入れることになっていたのです。

 だがしかし、その条件は、同じレブロン公爵家の令嬢である妹シアラが婚約者であっても満たされるはず。

 だから、問題はないーー。

 それがお義父様、オッド・レブロンの意見でした。


 ちなみに、お義父様と私の間には、血の繋がりはありません。


 私の実父ミストール・レブロン公爵は、私が六歳の時に病没しました。

 その折に、残された母、ミリア・レブロン公爵夫人の尽力によって、私、ランミス・レブロン公爵令嬢の婚約が結ばれた、という経緯があります。


 そして、私が八歳のときに、お母様のミリアは、お義父様、オッドと再婚しました。

 二歳下の妹シアラは、お義父様の連れ子で、私とはまったく血の繋がりはありません。

 それでも、お母様は妹も私と分け隔てなく接し、お義父様も私に優しかった。


 ところが、二年前、お母様のミリア・レブロン公爵夫人が、お義父様と馬車で遠出した際に、事故で亡くなってしまいました。

 当時、私は学園の一年生で、葬儀において、母の(ひつぎ)に突っ伏して、わあわあと泣きじゃくりました。

 とても、悲しかったのです。

 それでも、亡くなった生命は戻りません。

 私、ランミスは〈テミスト王国の盾〉とも称されるレブロン公爵家の令嬢です。

 母の葬儀を終えると、いつもの調子を取り戻して、毅然と振る舞いました。


 ところが、私は次第に屋敷内で孤立を深めていくことになりました。

 お母様ミリア・レブロン公爵夫人が亡くなって以来、お義父様オッドが、細かなところで、妹シアラの方を優遇し始めたのです。

 食事の際、妹の方をお義父様の近くの上座に据えました。

 私の専任侍女を解任し、代わって妹に専任侍女を据えました。

 仕える使用人の数も、私が二人なのに対し、妹は四人です。

 おまけに、私を訪ねに来た婚約者ビスト・バイタル伯爵令息を、積極的に妹シアラと会わせようとしました。


 もっとも、婚約者ビストが、シアラとの懇談を好むのはかなり昔からで、彼は私よりも、妹の方が気が合うようでした。


「君の妹は明るくて、伸び伸びしていて良いな」


 と私にも語っていました。

 そして彼は、陰では、私のことを、


「生真面目で、面白くない」


 とこぼしていたことを、私は知っています。

 自宅の応接間で、ビストがお義父様と妹シアラを相手に演説しているのを、廊下を通り過ぎる合間に、私は漏れ聞いたことがありました。


「だいたいランミスは、婚約者である俺を立てようとする気構えがない。

 実家の爵位が上であることを鼻にかけているのか、学業成績が俺より上だから図に乗っているのか。

 でも、学園を卒業さえすれば、紙の上の成績なんか、意味はない。

 いまだ機会を与えられていないだけで、ほんとうは俺だって、頭は切れるし、実力だってあるんだ。

 結婚して、レブロン公爵家に入ることさえ出来れば、俺だってーー」

 

 シアラとの間で「真実の愛」を見出す前から、私の婚約者は鬱屈した野心を(たぎ)らせていたのです。

 その結果が、こうして今日、婚約破棄という形になって、顕れたのでした。



 妹のシアラ公爵令嬢が、ビスト伯爵令息の胸元にしなだれかかりながら、壇上から得意げに言い放ちました。


「お父様もビスト様との婚約を了承してくださったわ。

 ほんと、お義姉様は邪魔だった。

 姉だから、学業優秀だから、と皆から贔屓(ひいき)されて。

 でも、オンナとして私は勝ったんだわ。

 ざまぁみろ! あははは」


 なんとも、すがすがしいほどの口汚なさです。

 とても公爵令嬢の振る舞いとは思われません。

 これも、お義父様が甘やかし続けた結果なのでしょう。

 会場に居並ぶ貴族紳士、淑女の方々は鼻白んでいますが、壇上の二人は、それに気付かないようでした。


 同学年の貴族令息、令嬢のみならず、特に大人の貴族紳士、淑女たちがざわめき合います。

 お義父様オッド・レブロンが継父で、妹シアラがその連れ子である、という我がレブロン公爵家の事情を知る者も多かったからです。


「これは、お家乗っ取りではないのか?」


「筆頭公爵家の血統を継いでいるランミス嬢が、追い払われるのか?」


「でも、制度上、問題はないのでは?」


「婚約者ビストの父君であるバラン・バイタル伯爵は、長らく病床にある。

 それゆえ、学園卒業を機に、ビストがバイタル伯爵家の家督を継ぐと言われていた。

 それなのに、バイタル伯爵家ではなく、レブロン公爵家の家督を継ぐのか?」


「いや、入婿だから、彼はレブロン公爵とはなれないかも。

 家督は妹のシアラ嬢がーー」


「待て待て。

 長女のランミス嬢との婚約について、王家のお墨付きがあると聞いていたぞ。

 妹のシアラではない。

 それを反故にできるのか?」


「かと言って、ビスト伯爵令息が、レブロン公爵家に婿入りするということに、変わりはないのだからーー」


「それにしても、王宮での舞踏会で、よくもそんな大胆なことをーー」


 次第に、会場が騒がしくなっていきます。

 皆の注目が、私、ランミス・レブロン公爵令嬢に集まっていました。

 痛いほど視線を感じます。


 私は扇子を広げて、口許を隠しました。


「わかりました。

 二人が愛し合っているのなら、私は身を退きます」


 シーーン。


 一瞬で、会場が静まり返ります。

 居並ぶ貴族紳士、淑女たちは目を見開いて、絶句していました。


(まさか。お家乗っ取りが果たされるのか?)


(百年以上続く名門レブロン公爵家が事実上、(つい)えるさまを、目の前で見届けることになろうとは……)


 貴族の紳士、淑女たちは固唾を呑みます。

 同学年の卒業生たちも同様でした。


 彼らからの視線を一身に浴びながら、私、ランミスは扇子をパチンと閉じます。

 そして、扇子を後ろに振り向けました。


「仕方ありません。

 ジニアス様。

 申し訳ございませんが、お預けしているリストを持ってきてくださいませ!」


 私の声とともに姿を現した人物がいました。

 白い顎髭を伸ばし、片眼鏡を嵌めた、王宮の侍従長ジニアス・ドルテア侯爵です。

 ちなみに、王宮の侍従長は、国王陛下のみが任免権を持っています。

 ゆえに、彼、ジニアス侍従長は、実質的な、「国王陛下の代言者」と言われていました。


 そんな老侍従長ジニアスが、一冊の冊子を掲げて、私、ランミスに手渡します。


「どうぞ」


 冊子の表紙には、黒地に赤い星、そして翼を広げた鷹があしらわれた、王家の紋章が(ほどこ)されていました。


「それはなんだ?」


 と、壇上から、婚約者ビスト・バイタル伯爵令息が問うてきたので、私、ランミスは冊子に視線を落としたままで答えました。


「私の婚約者候補一覧表です。

 私の婚約者になりそうな人物を、私の好みで順位をつけてリストアップしたもの。

 テミスト王家が承認してくださったものですわ」


 ざわざわ。


 会場が騒がしくなっていきます。


「婚約者候補の一覧?」


「ランミス嬢には、そんなに多くの婚約者候補がいたのか?」


 後ろから、お義父様のオッドが、リストを(のぞ)こうとして近寄ってきました。

 なので、機先を制するように、私は声を張り上げました。


「ちなみに、私の婚約者候補リストの二番目は、ロイド・シュトレ辺境伯令息様です」


 わっと驚きの声があがり、皆の視線が遠方に向かいます。

 会場の壁際に立っていた長身の男性に注目が集まりました。

 白を基調とした礼服をまとった、銀髪の貴公子ロイド・シュトレ辺境伯令息です。


 彼、ロイド辺境伯令息は、ツカツカと私に歩み寄り、片膝立ちとなりました。


「ランミス嬢。

 お声がかかるのを、今か今かと待ち侘びておりました」


 壇上から怒鳴り声が響いてきます。

 元婚約者ビスト・バイタル伯爵令息が、割り込んできたのです。


「ど、どういうことだ、これは!

 俺という婚約者がありながらーー」


 彼は自分の胸元で、妹シアラが睨み付けているのにも気付いていないようでした。


 私は相変わらず、壇上に視線をあげることなく、答えます。


「ビスト様がリスト一位だったのは、ひとえに私と年齢が近かったからに過ぎません。

 私が六歳のときに選んだのです。

 当時は私も幼かったものですから、将来性も何もわからず、無条件に、親しい幼馴染の中からから、ビスト様を選びました。

 第二候補のロイド・シュトレ辺境伯令息様は、当時の私にとって、お兄様みたいなものだったのでーー幼い頃の四歳差は大きいですものね。

 でも、今なら……」


 私は冊子を閉じ、(ひざまず)くロイド辺境伯令息の手を取り、立ち上がらせます。

 そして声をかけました。


「ロイド様も、すでに婚約者がおられると(うかが)っております。

 今更、私の手をお取りになって、大丈夫なのですか?」


 銀髪の貴公子は、胸に手を当て、深々とお辞儀をします。


「ランミス様が私、ロイドをお選びになれば、それは王家のご指導によるもの。

 貴女様との婚約に切り替えましても、私の両親は言うに及ばず、婚約者に関係する方々も了承してくださるでしょう」


 じつは、私、ランミス・レブロン公爵令嬢の婚姻は、王家の承認のもとで行われた、国家事業だったのです。

 だからこそ、王宮の侍従長が、私の婚約者候補のリストを持っているのでした。


 私は扇子を広げて、自嘲気味に笑いました。


「だって、私の結婚は、文字通りの政略結婚ですもの。

 私が幼い頃から、婚約者候補は決まっていたんですよ。

 とりあえず、残る婚約者候補をリストからあげましょうか?

 ヒューズ・ベルヌ侯爵令息様。

 ヤング・ガバナ伯爵令息様。

 ポスカ・ジャイロ子爵令息様ーー」


 私の発する声に従って、金髪の青年、赤髪の坊ちゃん、黒髪の偉丈夫が、揃って私の許に集まって来て、片膝立ちとなりました。

 私は右手を差し出し、白い手袋越しに、彼らからの接吻を許します。


 周囲に居並ぶ貴族の紳士、淑女が黙って見守る中、私の縁談がどうして王家のお墨付きとなった国家事業になっているかを説明しました。


「我がレブロン公爵家の所領には、豊穣な農地、大漁の港、多くの鉱山などがあって、豊かな経済力を誇っております。

 ですから、大変な事情を抱えている貴族家と婚姻を結ぶよう、王家から要請されていました。

 バイタル伯爵家は、火山噴火による被害。

 シュトレ辺境伯家は、蛮族の侵略による戦禍。

 ベルヌ侯爵家は、大河の氾濫による洪水被害。

 ガバナ伯爵家は、日照りによる旱魃被害。

 ジャイロ子爵家は、隣国との紛争ーー。

 こうした貴族家とその領民を助けようにも、王国政府の予算は融通が利きません。

 そこで、レブロン公爵家が〈テミスト王国の盾〉として、王家から見込まれてしまったのです。

 こうした、やり繰りが厳しくなっている貴族家を救済するように、と。

 お父様のミストール・レブロン公爵亡き後、お母様、ミリア・レブロン公爵夫人が私、ランミスにレブロン公爵家の家督を譲ると同時に、名誉なことだからと、王家の出した提案を引き受けたのです。

 もっとも、『名誉なことですよ』とお母様には言われて育ちましたが、テミスト王国の安寧や、他の貴族家の台所事情のために、結婚することになるだなんて、

『私に自由な恋愛は出来ないの!?』

 と、思春期には、私も思ったりしたものでした。

 そう、初めっから政略結婚の駒だったんですよ、私なんて。

 王国のための人柱みたいなもんです。

 でも貴族ーーそれも筆頭公爵レブロン家の令嬢ですもの。

 そんなものだと受け止めました。

 ですから、近い将来、ビスト様と結婚することによって、火山噴火被害で、長年苦しんでこられたバイタル伯爵家を支える心積りでいました。

 けれども、ビスト様、そしてシアラーー貴方たちがバイタル伯爵領を盛り立ててくださるというのであれば、私は喜んで手を引きます。

 何を財源にして、被害地域の復興を試みるのかはわかりませんけど」


 バイタル伯爵家の領地は、何十年にも渡る火山の連続噴火によって荒廃していました。

 何世代もの領主が、復旧事業に大金を投入しており、その結果として莫大な借財を抱えていたのです。


 ランミス・レブロン公爵令嬢との婚約は、そうしたバイタル伯爵家の台所事情を救済するために、王家が斡旋したものでした。

 バイタル伯爵家の寄親貴族家でもある、レブロン公爵家の財力をあてにした縁談だったのです。


 四人の婚約者候補に取り囲まれた私、ランミス・レブロンに向かって、お義父様のオッドが喉を震わせます。


「財源はある。

 だからこそ、王家が斡旋していたのだ。

 レブロン公爵家は豊かだ。

 なんとか融通してーー」


 私は扇子をパチンと閉じて、お義父様に差し向けます。


「あら、誤解しておられませんか、お義父様。

 私、ビスト・バイタル伯爵令息との結婚は諦めました。

 ですけど、レブロン公爵家を貴方がたに譲る気なんて、毛頭ございませんよ」


「レブロン公爵家を譲る?

 何を言っておるのだ。

 私こそがレブロン公爵ーー」


「あら。

 それは通称に過ぎませんわ。

 ご存知なかったのですか、お義父様?」


 亡父ミストール・レブロンが、正式なレブロン公爵でした。

 そして父の死と同時に、レブロン公爵家の家督は私、ランミスに譲られていたのです。


 実母のミリア・レブロン公爵夫人が死んで以降、お義父様オッドが積極的に妹シアラ推しに転じて、私、ランミスは冷遇され始めました。

 ですが、法的には私、ランミスが、レブロン公爵家の家督者であることに変わりなく、お義父様オッド・レブロンは後見人に過ぎません。

 そして、十五歳を超えてすでに成人となり、学園も卒業した今となっては、私は後見人の意向に従う必要もなくなっていました。


「ビスト様が妹のシアラと婚約すると、私がレブロン公爵家を継げなくなる、と?

 残念ながら、そんなことはございませんのよ。

 レブロン公爵家の正式な家督者は、今でもこの私、ランミスなんですから。

 例えば年賀の挨拶ーー。

 国王陛下を前にして、テミスト王国すべての貴族家の家督者が挨拶をする儀式がありますが、私は六歳の頃から出席しております」


 義父のオッドが声を荒らげました。


「そんな儀式、私は知らんぞ!?

 そもそも年賀におまえが外へ出かけるのは、親族の集まりがあるから、とおまえの母親からーー」


「亡き母上が、夫であるお義父様に、気を遣っていたのです。

 もっとも、年賀の儀式について、お義父様が知らないのも無理ありません。

 お義父様はレブロン公爵家の家督者ではございませんから。

 まさかレブロン公爵邸に住んでいるだけで、正式なレブロン公爵になれた、と思っているんですか?

 亡きお母様をはじめ、派閥のお仲間さん方も、私に気遣って、お義父様を立てていただけですのに」


「……」


 正直、オッド・レブロンは、二人の娘の婿となった者が、将来、レブロン公爵家の家督を継ぐものと思っていました。

 それが叶わなくとも、妹のシアラでもレブロン公爵家を継げるものと思っていました。


 でも、それが不可能だと、今、知ったのです。

 自分は家督者ですらなく、亡き妻の忘形見、長女のランミスこそが、このレブロン公爵家の家督者だったのです。

 その事実は、ランミスの婚約者候補リストを、王宮の侍従長が保管していることからも明らかでした。


 正当な公爵であると明かされたランミス・レブロンは、さらに一歩、前に出て、壇上の元婚約者ビスト・バイタル伯爵令息と妹のシアラ・レブロンに、扇子を差し向けました。


「私が学園を卒業するまでは、レブロン公爵家の令嬢として扱っていただけるよう、王宮や学園の方々に配慮していただいていました。

 とはいえ、法的にはすでにレブロン公爵家の当主は私、ランミスなのですから、お義父様や妹、いわんやビストなんぞに、家督を渡しはしませんわ。

 いえ、仮に私がレブロン公爵家の家督譲渡を望んだとしても、国王陛下が許してはくださらないでしょう。

 そして、バイタル伯爵家の現当主バラン・バイタル伯爵が病に伏せっている今、血筋を引いているのはビスト様ーー貴方しかおられないのですから、ビスト様がバイタル伯爵家の当主になるしかないでしょうね。

 ビスト様がバイタル伯爵家を相続したら、火山被害による莫大な借金も全部、貴方が背負うことになる。

 もちろん、婚約が解消され、赤の他人になった私、ランミスや、レブロン公爵家は、まったく関係ございませんが」


 元婚約者ビスト・バイタル伯爵令息は、ガックリと膝を落とす。


「そ、そんな……俺がレブロン公爵家を継げないなんて。

 話が違うじゃないか……」


 嘆くビストの隣で、妹のシアラは呆然と立ち尽くしていました。


 姉のランミスを、ビスト伯爵令息との婚約から身を退かせた。

 それだけで、「よかったね」と誰もが祝福してくれるようになると思っていました。

 ですが、実際に、婚約者を奪ってみたら、大変な事態になってしまった。

 婚約者のビスト様は返済するアテのない莫大な借金を背負い、私、シアラとお父様はレブロン公爵家の一員とすら名乗れなくなろうとしているーー。


 お父様も意気消沈し、お義姉様の後ろで、へたり込んでいます。

 シアラが手にする扇子は、小刻みに震えていました。

 やっと、声を絞り出します。


「私とお父様は、これからどうなるの?」と。


 今やレブロン公爵家の当主と明かされたランミスは、扇子を広げて口許を隠します。


「そんなの、知りませんよ。

 何処へ行くのも、あなた方の自由です。

 ですが、とりあえず、あなたたち父娘は、今すぐに、レブロン公爵邸から出て行ってもらいます。

 王家が斡旋してくださった古くからの縁談を横から奪い去って破綻させたのですから。

 そんな叛逆罪もどきの人たちを屋敷内で(かくま)うなんてこと、〈テミスト王国の盾〉を担うレブロン公爵家にはできません」


 ジニアス侍従長が顎を引くと、騎士たちが進み出ます。

 騎士たちの手によって、義父オッドと妹シアラ、そして元婚約者ビストが、舞踏会場から追い出されてしまいました。

 あっという間の出来事でした。


 静まり返った舞踏会場で、老侍従長が背筋を伸ばして両手を広げます。


「さあ、最後は、若い方々のダンスです。

 今宵の舞踏会を賑やかに終えましょうぞ!」


 老侍従長の宣言で、舞踏会が再開されました。

 楽隊が音楽を奏でます。


「お嬢様、お手をどうぞ」


 ロイド・シュトレ辺境伯令息が、私、ランミス・レブロンの手を取り、会場の中央へと誘います。

 彼、ロイドの後ろには、ヒューズ、ヤング、ポスカといった、残り三人の婚約者候補が控えていました。


 私は、新たに顔を揃えた婚約者候補たちを前にして、苦笑します。


「私ばっかり踊るのは、疲れてしまうわ」


 すると、今現在、私の手を取ってダンスをリードするロイド辺境伯令息が、銀髪をなびかせながら微笑みます。


「でしたら、私とだけ、踊っていただければ」


「もう、いじわる」


 私は頬を膨らませながら、大きくステップを踏み出しました。


 かくして、公爵ランミス・レブロンは、婚約者候補すべてと、ダンスを踊ったのです。

 その姿を見ながら、学園卒業生や、貴族の紳士、淑女の方々は、誰がランミス公爵の新たな婚約者になるのかと噂し合ったそうです。


◇◇◇


 そして、王宮舞踏会が終了してから、わずか一ヶ月後ーー。


 ビスト・バイタル伯爵令息が、馬車でレブロン公爵邸に乗り付けて、私、ランミスと面会し、


「もう一度、ヨリを戻さないか」


 と提案してきました。


 彼の父親バラン・バイタル伯爵がいよいよ危篤状態となり、ビストが跡を継ぐのは秒読み段階となっていました。

 ところが、バイタル伯爵家の家督を継ぐ時期が迫っているということは、莫大な借金を背負いながら、火山被害地帯を擁する領地経営に腐心しなければならない未来図が、刻一刻と迫ってきていることを意味します。

 もちろん、ビスト自身も、バイタル伯爵家の台所事情が厳しいことは承知していました。

 ですが、レブロン公爵家に婿入りしさえすれば、レブロン領からの収益を投入して経営を立て直すことができる、と踏んでいたのです。

 レブロン「公爵」を僭称するオッドからの誘い水に乗って、気軽に妹のシアラに乗り換えたのがマズかった。

 自分がレブロン公爵家に婿入りできて、上手くすれば、レブロン公爵の爵号を手に入れることができるのでは、と夢想もしていました。

 ところが、その計画は見事に霧散し、オッド本人も知らなかったとはいえ、シアラと結婚しても、レブロン公爵家に婿入りできないと知ってしまいました。

 これでは自分も詐欺に遭ったようなものだと、ビストは大きな身振り手振りで、元婚約者であるランミスを相手に訴えたのです。


 ですが、ランミス・レブロン公爵は、(さげす)んだ目をするだけだでした。


「今更、何をおっしゃられるかと思ったら。

 ビスト様は『真実の愛』とやらを見つけたのでしょう?

 私は政略結婚を誰とするのか、検討するのに忙しいのです」


 ビストは(ひざまず)いて、額を床に打ち付けます。

 そして、「せめて、お金を幾らか融通してください!」と要請しました。


「このままでは、借金で首が回らなくなるんだ!」と。


 土下座する元婚約者に向かって、ランミスは扇子を広げて問いかけます。


「貴賤を問わず、自分でお金を稼いで妻子を養うのは、殿方の務めじゃありません?

 実際、ビスト様でしたら、大丈夫でしょう?

 機会を与えられさえすれば、ほんとうは頭は切れるし、実力だっておありなんでしょうから。

 あら? 妹はーー奥様のシアラはいらっしゃらないのかしら?」


 元婚約者ビストは、顔を床に向けたまま、言い淀みます。


「シアラとは、結婚しておりません。

 借金の額を知って、逃げられました……」


 ほほほ、とランミスは笑いました。


「それは大変でしたね。

 でも、私が紹介できる仕事といえば、レブロン領内にある鉱石採掘場の現場監督ぐらいでしょうか。

 これまでは平民出身の方が担っておいででしたけど、ちょうど欠員が出ているそうで。

 興味がおありでしたら、是非どうぞ。

 お給料、弾みますよ」


 嫌味としか思わなかったのか、元婚約者はユラリと立ち上がり、力なく無言で立ち去っていきました。



 それからさらに一週間後ーー。


 今度は義父オッドと妹シアラが、


「心を入れ替えるから、屋敷に入れてください」


 と懇願してきました。


 彼らは今まで、義父の実家筋の屋敷で暮らしていたらしい。

 義父の実家は男爵家だが、こちらもあまり豊かとはいえませんでした。

「金を稼げないならば出て行け」と、義父の甥っ子に追い出されたのです。


「やれやれ。

 どうせ、こんなことになるだろうと思っていたわ。

 ほんと、『真実の愛』って、吹けば飛ぶような軽いものなのね」


 私、ランミス・レブロンは、広げた扇子の陰で笑いましたが、もちろん義父と妹を屋敷内に招き入れるつもりはありません。


「下男が住まう納屋なら空いておりますから、ご自由に」


 と言い渡すと、彼らも嫌味としか思わなかったらしく、元義父と元妹はユラリと立ち上がり、力なく無言で屋敷から立ち去っていきました。



 邪魔者どもが立ち去ったあと、ランミスは中庭のテラスで紅茶を(たしな)みながら、|今夜に(もよお)される舞踏会について、思いを馳せていました。

 婚約者候補のうち、誰のエスコートを受けるかを考えながらーー。


(了)

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― 新着の感想 ―
追記で、実家男爵家(まあ公爵家の傍流だったのかも)の入り婿(しかも嫡流の女性で無く、嫡流の配偶者=夫人との再婚だから夫人含めてまももな奴ならどう見ても繋ぎ要員)が、嫡流の娘蔑ろにしてた段階で、浅はかで…
唯、女公爵の苦労は絶えんとも言えますな。 政略結婚で全部曰くつき案件ですし、どう見ても各人婚約者居ますしね。
面白かったです。 なぜ入婿と公爵家の血が入ってない娘に権利があると思うのか…。 あと元義父に従った使用人も入れ替えないといけませんね。
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