8 新しい物語と新生というなの身勝手
「つぎのうんめい?」
俺はノエルの言葉に小突かれた額を抑えながら疑問を口にした。
「うん。僕という勇者はここで終わり」
「終わりだから俺にトドメは」
「刺さない」
優しい風が頬を撫でた。
「ーーーーーーーー助かったあ」
やべええ、負けたあっぶね。あの野郎の言う通りにイベントの役割演じたけど三途の川が見えたわ。
ノエルは子供が悪戯するように話し始めた。
「よくそのレベルでラスボス演じたね」
「いや。ハデスの野郎が元の世界に戻りたいにしろ、この世界にいるしろ、イベントの役割をこなせってな」
「ーーーーそう、この世界はイベントに囚われている。それが本当の呪いだよ、ナガレ」
ノエルはどことなく寂しく呟いた。
「まっ、捉え方次第じゃないかな。まあ⋯⋯そのなんだ。見逃してくれてありがとう」
「ーーーーううん、謝らないでいいよ。僕の野望のため逃がす気はないから」
やだこの子怖い。
「それと君もだよ。
世界の声、このイベントの調停官」
『ううううっ、あれ、どうしてっ』
一つの青白い光が空中のホタルのように飛び回っていた。
『外とリンクしないっ』
「ここは僕が極めた時空魔法の領域。中々習得できなかったけど最後に得た力。別空間を作っているから創造神とのリンクもできないよ」とノエルは冷めきった顔で見上げていた。
『ーーーー勇者ノエル。自分の役割を放棄する気つもりですか?』
世界の声は光の強弱で感情を表現していた。
「いや。勇者ノエルは世界を守るために邪神竜と一緒に滅んだ。そう世界に公布してイベントを終えてほしいんだ」
『なぜ、そのようなことを』
ノエルは一体何をする気なんだ?
彼は簡潔に世界に伝えた。
「世界を運命から解放するために」と。
これが本当のノエルか。
勇者のときの眩しい笑顔とは違う、どこか影のある明るいキャラクター。そんな彼を心なく心配するように『貴方はこのイベントのあと世界の救世主になります。全て手に入りますよ?』と世界の声は伝えた。
「ーーーー僕が戦った理由は知っているよね?」
『この故郷とお姉さんを焼いた魔王を滅ぼすため』
「うんーーーー教会に言われたよ。君のお姉さんは僕が勇者になるための役割なんだって」ノエルは拳を握り「ふざけている。故郷が、父さんや母さん、友達、近所のおじいさん、町の皆、姉さんはーーーー勇者を産むための役割で死んだのかっ」
それは、なんとも⋯⋯⋯⋯悲しいな。
「身勝手な、イベントだな。でも、さすがに偶然、だろう?」
俺の経験のない軽い言葉に「ナガレ、この世界の運命は決まっているんだ。イベントの選択機会はあれど、ときには回避できないような物がある。それがアレクサンドリアの悲劇、僕の故郷の喪失だ」と低い声で応えた。
ーーーー俺が何かを言えることはなかった。
『創造神が決めた物語に異議があるのはわかります。でも生きているものはいつしか死ぬでしょう?』
世界の声にノエルは髪を逆立てた。
「わかってるさっ。でもっ、もっと自由な物語の結末があってよかったっ。あんなーー僕を庇って死ぬような運命が創造神が決めたのであれば、世界を恨むしかないよっ」と怒りを押し殺しながら答えた。
世界の声は何も答えなかった。
場が重くなる。
双方の言葉がなくなったので俺は話題を変えることにした。
「俺は別世界の人間だけど、戦争とか理不尽な死は悲しいのはわかる。でも、どうやって運命から世界を解放するんだ?」
ノエルの顔に冷静さが戻った。
「ーーーーナガレ。君の言葉でハデスが運命から逃れたこと教えてもらったろう? それは創造神とは言えど絶対じゃないってことだ。だからイベントをこなして力を上げ続ける。それと共に運命に左右されない自由な勢力を作り、創造神とは違った形で世界に可能性を示す」
力強い言葉、ノエルの決意は固かった。なんて眩しい真っ直ぐな瞳だ。
『創造神は貴方は逃さないでしょう。対立した場合はどうするつもりですか?』
世界の残酷な問い。
小鳥のさえずりが消えた。
勇者はどうする?
「ーーーー倒すよ」
ノエルは高らかに故郷に向けて宣言した。
それが俺の世界で日本政府を倒すとか、世界革命を起こすとかそういうレベルでないことがわかる。地球を運命の世界にする。それほどまでに無謀極まりない。
『この世界の裏側を見てみていながらーーーーその選択は魔王よりも重い役割を演じることになりますよ?』
「わかっているさ。それに一人じゃないよ。創造神のイベント通りで手に入れた力では対立した際に負けるけど、予想していなかったイレギュラーがここにいる。創造神の物語の外側」
ノエルは俺を見て、いや俺からその先の未来を見ていた。
あの、ノエルくん。重い空気を完全に壊しますが。
「あははー、俺、創造神への憎しみは女体化されたことぐらいだけど?」
ノエルの顔がきょとんとした。
「ーーーーははははっ! まったく、ナガレがいなかったら僕はこのあと地獄に真っしぐらだったよ」
ノエルの顔から影が消え、勇者の顔に戻った。
「てか、俺をそんな危ないことに巻き込むつもり?」
「うん、じゃないと君も元の世界に戻れないでしょ? 創造神を超えなきゃ世界の運命から逃れられない」
「平凡に、探すという手段も」
「君専用のイベントが用意されているはず。どうせ騒がしくなるよ。実際に創造神の命令で観察し続けていた。そうだろう? 世界の声」
えっ、そうなの?
光は一定の輝きで応えた。
『イベントはノーコメントで。だから捉えられると確信したんですね?』
「ーーーーああ」
ノエルは剣の腕以上に頭が回った。若いのに隙がないな。
そして、才覚溢れる少年が俺に宣言をした。
「ナガレ。僕は世界を運命から解放し、君の世界のような自由な役割の時代にしたい! それが達成された暁には君の世界に行こう! 僕は勇者としてハデスを殴り飛ばしに行くよ!」
ノエルはそう笑顔で告げた。
真っ直ぐな夢は時に無謀を生む。かつて消えた友達のように。だからこそ聞かなくてはいけない。
「ーーーーそれでアルカディアの皆が平凡にのんびり自由に生きられるかい?」
俺は思う。そんな特別でなくていい。友達も同級生もそれで飲まれてしまった。理想が自分を殺すことがある。
それでーーーーこの世界の人は、らしいかい?
「ああ、約束するよっ。
故郷と敬愛した姉さんの正義に誓って!!」
その熱意ーーーーきっと消えていった友達が持っていたものだ。それを捨てた僕にとって痛いものだった。そして人生で一番輝く子が目の前にいた。
これが勇者か。
世界を導く勇気ーーーー
ちっくしょう。
俺はあの時のように誰かを見捨てる人ではありたくない。本物の平凡を。だからーーーー
「わかった付き合うよ。それが一番いい答えな気がする」
俺の決意など目の前で理想を夢見る少年と比べて明らかに軽い。彼らのようにらしくあれるだろうか?
そんな不安を勇気づけるように、俺の右手を両手で握りしめ「ありがとうっ」のノエルが純真な笑顔で応えた。
「⋯⋯⋯⋯頑張るよ」
元の世界の価値観なのか、一生懸命が小っ恥ずかしくなっていた。目を逸らしながら、気持ちではノエルに応えようと決意した。
うんうん、とノエルはずるい笑顔する。まったく。
そんな状況を世界の声は冷静に進行していた。
『どうやら2人の話は決まったようですね。それで勇者ノエルは世界の声に何を願うつもりですか?』
ノエルは、光に振り返り両手を広げた。
「僕たちのイベントの調停官になってほしい」
『自分たちで物語を』
「起こす」
ノエルは続けた。
「僕らのイベントを独占権を君にあげる。創造神の手前があるから、完全にこっちの味方にならなくていい。創造神とこっち好きに調停してくれ」
どうやら考えるぐらいには良い提案らしい。
『ーーーーその誘い文句は魅力的ですね。ですが世界の声はイベントの数だけいます。無限であり1が世界の声です。そんな不確定な存在に願ったところで』
「わかってるよ。君が創造神の御使いである以上はね。でもナガレにはクラスチェンジする能力がある。創造神に匹敵する力だ」
ノエルが俺を見た。
「どうやって知った?」
まだ自分のことすらわかってないんだぞ?
「【真眼】があるからね」
ノエルはウィンクをした。
「あー。それでか」
「うん。今回の肝はクラスチェンジすること。アルテミシアさまの加護でなくナガレじゃないと創造神の予測の外側には行けない」
『ーーーー勇者ノエルはイベントの独占以外に何が言いたいのですか?』
それは個体を持っていない存在によってたれてくる蜂蜜ではあった。
「クラスチェンジして、自由な役割、登場人物にならないかい?」
ノエルの言葉に光が揺らいでいた。
それは同時に一度味わうと抜け出せない依存性も持っていたものだ。
どうする?
いやーーーー好奇心は人だけでなく知的生命体全てを殺しうる。システムは個に憧れていた。
『魅力が増しました。それであればーーーー自由に。
ーーーー断るとどうする気でしたか?』
ノエルは笑顔で答えた「始末して次の世界の声を探す」と。
あっやっぱりこの子怖い。
「予定だったけど、ナガレを見て変わった。次の世界の声に聞くさ」
ノエルの笑顔にどこか安心した。
『ーーーーそんな絶品を他にあげるのはもったいないです。いいですよ、どのような形にしろナガレさまを観察するのが私のいう存在の役割です』
彼女は舐めてみたいと言った。
『ナガレさま。個として顕現するための体の提供及び【邪神竜・堕天の加護】により進化させてください』
その声はどこか楽しそうであった。世界の声は欲求を知ってしまった。
ということで今後の話はまとまったかな。
「まったく勝手に話進めて。スキルの使い方も世界の声だよりだぞ。えーっと」
『その前に【物質創造】で依代となる体は人形の類で。心臓部に今のエーテル体を内包して起動します。えっと、見た目は13歳ぐらいの美少女で、イメージとしては西洋人形×SFドローン使いみたいな感じです』
「ーーーー」
この世界の声はノリノリで注文してきた。
「自分のイメージ送ったら正確じゃないか?」
俺は呆れながら伝えた。
『ですね。では【邪神竜・堕天の加護】を世界の声に使いますか?』
「ーーーーああ」
まさに自作自演であった。
【世界の声→機械人形・エコーレベル1として地上世界での個体を獲得
各種能力の変更・スキル及び特性の獲得
火・風属性A獲得
物理耐久D獲得
全属性耐久B獲得
幸運B獲得
体力上限規制有
ユニークスキル
自動修復機能獲得
自動防衛機能獲得
自動索敵機能獲得
マッピング機能獲得
変形及び操作獲得
EXスキル
雷属性EX獲得
状態異常無効獲得
精神攻撃無効獲得
特殊創造EX獲得
唯一無二の世界の声
邪神竜の加護を受けたものの世界の声を担当。
自動修復、防衛、索敵及びマッピング機能を共有し、獲得経験値を上げる】
若葉色の長髪をなびかせる美少女人形が登場となった。ゆるふわヘアにドレスは古風なお嬢さまの印象を与えるが、瞳の中の歯車、人工物とわかる関節や首元のチョーカー、浮遊する球体の上で電子声で話していた。SFパンクに染まったいたずらのお嬢さまであった。
ぐれてるかってくらい自由になってんじゃん。。
「エコー。参上」
「ずいぶんなイメージで。まっ可愛いじゃん」
「女体化した人がいうとヘンタイ感がありますス」
「ーーーー」
少し電子音じみたアイドルみたいな可愛い声と小生意気な態度。この性格はどうしようもないらしい。
「邪神竜さま。では僕の願いを受け取ってください」
それは砕けた聖剣だった。ノエルは騎士のように片膝をつき差し出してきた。
『【邪神竜・堕天の加護】を勇者ノエルに使用しますか?』
「ああ」
『個体名ノエルのクラスチェンジを開始します』
光と闇がノエルと包んでいく。
【クラスの変更
勇者ノエル→反英雄ノエル
各種能力の変更・スキル及び特性の獲得
物理攻撃A→継承
物理耐久B→継承
各属性耐性C→継承
状態異常耐性A→継承
精神攻撃耐性A→継承
幸運EX→Bに変更
ユニークスキル
魅了A獲得
剣聖獲得
隠密獲得
変装獲得
神速→継承
天賦→継承
魅力A→継承
体力及び魔力回復B→継承
教会の加護→破棄
EXスキル
勇者の心得→破棄
戦女神の加護→破棄
神聖属性EX→継承
次元属性A→EX獲得
闇属性EX獲得
真眼→継承
永久の楽園→継承
反英雄の剣極
剣練度EX
全ての剣技が習得可能になり、使用時の効果を上げる。対象のレベル・ステータスが一定以上の場合自身のステータスを向上する。
邪神竜の相棒
邪神竜及び庇護下のメンバーの場所に転移可能。
元いた時点に対象を伴い次元移動も可能。
邪神竜からの加護の効果が上がる。
※※※※武器
【双剣・空位天星】
勇者ノエルの極めた技の具現化武器。威力はレベルに比例。耐久は魔力に依存し再生可能。
極めた右手に光属性、左手に闇属性を持つ相容れぬ双剣。扱えれば次元を超越するというーーーー
かっけええええ。
主人公だこれっ、ぜってえ強いじゃん。
【邪神竜・堕天の加護】のペナルティによりステータスを初期化。レベルが1になります。
やはり俺と同じ運命になるのか。俺の加護は役割を変えるに近い。使っていい人を考えないとな。
でもここから育つのやばいでしょう。
光りに包まれていたノエルが指を鳴らした。
周囲の光と闇が混ざり、世界が夜になった。
『空間の時間変更を確認』
エコーは変わらず頭の中に解説音を入れてきた。乗っていた球体の似た玉を抱く。液晶の玉のようだ。映像でびっくりしたピクトグラムのような猫で表現していた。
やはりこの景色は綺麗だ。
夜にも光がある。月光と天の川。
その下に反英雄が顕現した。
好青年だったのノエルは肩辺りまで髪が伸びて、どことなく美少女っぽくなっていた。
ーーーーなっていた?
お兄さんびっくりだぞ。
エコーもびっくりしているぞ。
「ノエル?」
「ーーーーナガレ。僕たちが起こすイベントは姉さんが一番好きだった姿でこなしたいんだ」
中性的というか、いやもともと中性的な美少年だったがこれでは格好がボーイッシュな女の子寄り、いやまるで美少女騎士みたいな感じにーーーー
「かわいい格好なんて勇者のままでできないだろう? 姉さんはこういう姿をしないとよく怒ったんだ。素材がもったいないって。まっ、クラスチェンジでこんなに変わると思ってなかったけど」
ちょっと女の子っぽいなっと、ノエルは髪や腰回りを触っていた。筋肉のつき方がステータス減少のせいか変化していた。
「ナガレさま、あなたの体験するイベントはまったく予想を超えてきまス」
「俺もーーーーだよ」
ノエルはもじもじしながらニコっと笑った。
こんな展開予想できるか。
ノエルのお姉ちゃんは、純粋無垢な弟をーーーー自分の趣味で染め上げていたという功罪が後世に発覚したのだった。