7 魔王の裏にボスがいたほうがやっぱりいい
それは魔王からの最後の報告であった。
邪神竜ナガレ殿
このメッセージが届く頃には私は第三形態に移行し、女神の加護を受けた勇者と最後の死闘を繰り広げているでしょう。邪神竜ナガレ殿はこの世界はこのイベントで死ぬ役割をする必要はありません。
この度のイベントは、私の命一つで足りるのです。
意図して魔王城内を空にして勇者一行との決戦を選んだことは悔やんではいません。ただ運命を華やかにしつつ双方の被害を抑えたかったのです。故に邪竜ハデス様が新たな道に行かれたことは喜ばれることであり、役割を継ぎ、いや超える可能性のある邪神竜ナガレ殿の今度を思うとこの選択が誤りではなかったと誇ります。
私は運命の役割を全うして死ぬのではありません。役割を全うした上で、自分の守りたいものを自分の意志で守るのです。この気持ちだけは創造神にも操れるものではありません。
どうか運命に囚われた世界を滅ぼしください。冥府より吉報をお持ちしております。
俺が文章を読み終えた瞬間、戦いは幕を下ろした。
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勇者ノエルは魔王の心臓に聖剣を突き立てていた。
魔王は血を吐きながら笑う。
「ーーーー見事。お前たちは役割を全うした」
「⋯⋯ああ。勇者は魔王を倒したぞっ」
聖剣が抜かれ魔王はその場に崩れた。
勇者の仲間が言う「やったっ!」「勝ったっ」「これで」終わりだ。
世界を救った。
歓喜に周囲が沸き立つ。
「勇者。良くぞーー」
アルテミシアが労いを口にしようとしたとき「いや、まだだ」とノエルは魔王の横に立つ乙女を見た。
「ーーーーナガレ殿」
仰向けに倒れた魔王の額を撫でるものがいた。
場違いなほど、美しい闇の乙女であった。
「約束通りイベントの囚われた今を滅ぼしに来てやったぞ。お前のものも、な」
「ははっ」
「お前は魔王としては優しすぎる。とっとと冥府に行け。あとは任せろ」
魔王は満足した顔でで小さな邪神竜に手を伸ばした。乙女は消えかけていた指先にそっと触れた。
「冥府に来られたときダンスの相手を願いますぞ」
魔王はそう笑って消えていった。
「そりゃ困る。俺は男だからな」
乙女は勇者の方を向くと正真正銘最後の戦い、運命のラストシーンが始まった。
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一つ勉強になる。イベントの節目には強制的に介入する手段があった。俺は今回のイベントを後世に解決を引き延ばす逃走エンドか、ここで勇者と決着をつけるエンドかに分かれていた。某少年マンガみたいな闘争引き延ばしは時間がもったいないので、決着イベントを選択したわけだ。
それ以上にあんな文章送られたら男として戦わないとだめじゃねえ?
我ながら馬鹿だ。
レベル1の分際で。
が、状況は最高にチャンス。勇者以外は戦闘不可。クライマックスの手前で加護を与えた女神アルテミシアも限界と見える。
「今ならイベントひっくり返す好機だろう?
では真実の最期をご覧あれ」
闇の乙女は漆黒の竜翼を生やし尻尾で気合を入れるように床を叩いた。純白の神性属性の服が異質さを放っていた。生まれたばかりのて女神と同じ神格を持つ存在であることは明白だ。
さてーーーー世界の声。
レベル1で現状で最も有効なスキルは?
EXスキル推奨。
おけ【EXスキル・邪神竜の威圧】っと。
強化・加護の無効、行動速度、演唱の速度低下。
裏ボスお得意のパーティー戦での強化技対策手段。
「女神の加護が、邪神竜めっ」
「ノエルっ。逃げてっ!」
勇者一行の魔法使いが叫び「体制をたてさないと」重戦士が立ち上がろうとした。
「アルテミシアさま! お力をっ」聖女と呼ばれたシスターが女神に助けを求めた。
女神はこころここにあらずと、聖女の言葉に反応せず一人で呟いていた。
「ーーーーここで出てくる利点などあるか。なぜだ? それに邪竜にして冥府神の力は封じた。これらのEXスキルは使用不可はずだ。邪竜に呪えば力は上がるがスキルが使用不可に、それがこのイベントの決められた悪役。なら、あれは呪いを克服した存在、次のイベントが介入し始めたのかーーーー」
「アルテミシアさまっ」
女神は聖女の声を右手で遮り、俺に向かって声を大きくした。
「一つ聞きたい。ハデスはもういないのだな?」
「ーーーー目の前にいるハデスを超えた存在が答えだ」と俺は笑って答えた。
俺の言葉にアルテミシアは息を呑んだ。
もうこの運命はしまいかと呟いたあと、勇者に向って言い放った。
「勇者っ。生まれたばかりの邪神だ! 今打たねば後世で勝てるとは限らん! ーーーーが」
「皆もう無理ですよね。女神様の最後の力を振り絞った加護も消えた。僕にあと少しあるだけ」
勇者が魔王討伐の経験値により、
レベル87→100レベルにアップしました。
勇者は新たなEXスキルを獲得しています。
世界の声、それは随分とまずいな。こっちは虚勢張っているだけだぞ。それにレベルの上がり方が。
他仲間は戦闘不能のため経験値が入らなかったようです。
なるほどね。
このような状況でもノエルは現状の最適解を出し終えたようだ。
「ーーーーアルテミシアさま。魔王城から皆を退避する力ぐらいはありますか?」
「それぐらいであれば。ーーーーまさか」
ノエルの言葉にアルテミシアは察した。
「そのまさかです」
「悔いは、ないか?」
「ーーーーはい」
勇者の決意に女神は瞼を閉じた。気持ちを押し殺すため。「待って」と首を横に振り受け入れないと伝えた聖女の肩にそっと手を置きながら。
皆が悩む中、勇者ノエルは止まらなかった。
お別れのようにこれまでもお礼を口にした。
「エルフの魔法使いクロエ。エリート思考はときには鼻についたけど、その厳しさがなければここまでこれなかった。禁忌を犯して来てくれてありがとう」
「ーーーーへぇ、小言が聞けないのは残念だよ。もう少し成長したらエルフのお姉さんを教えてあげたのに」
「もう、君はからかってばかりだ」
「まあね」とノエルの言葉にクロエはウィンクで返した。
「帝国の重装パラディンアガット。君という寡黙なしっかり者がいなければこの旅はうまくいかなかっただろう」
「何ーーーー大人の義務だ」
アガットは親指を立てた。
「30すぎて好きな人に告白できないのは漢として格好悪かったけど。帰ったらちゃんとしなよ」
「ーーーーまったく最後まで生意気だ」
アガットの優しい笑顔につられに釣られノエルは頬を緩めた。
「ーーーーノエル」
「聖女エリィ。君との出会いが僕の運命を変えた。正直田舎の農夫でよかったんだけどね」
「⋯⋯駄目だよ、こんなの。私は待っていたいもん」
「ありがとう。君の優しさで一杯救われたよ。成長が楽しみって言ってくれてありがとう。僕も君みたいな素敵な女性がいいな」
エリィは涙ながらも笑顔で「待ってるね。だから帰ってきてね」と伝えた。
「うん」
ノエルが気丈に振る舞っていたのが背中でわかった。
世界の声が言う。
勇者がEXスキルの使用をします。対抗としてEXスキルの使用を推奨。
やれやれ、悪役の主人公サイドのセリフを待つ気持ちを理解するとは思わなかったよ。いや、それはだめか。ならちゃんと悪役しないとな。
竜化推奨。
変身に時間と隙は?
有。勇者相手には致命的。
自身を変化させず、魔力体の竜化を創造して撃てるか?
魔力の無駄は多いですが奇襲性はあり。
やれ。
【EXスキル・邪神竜の吐息】
使用に制限あり。
体力、魔力、装備耐久、所有アイテムをランダムに44%破壊。
俺の背後に巨大な竜の影が現れた。持続を捨てた最速で竜化によるブレス攻撃。
「アルテミシアさま!!」
「ノエルっ役割ご苦労。さらばだ我が勇者よーー」
光りに包まれる途中でアルテミシアは俺とちらっと見た。
口パクで、お前もなと。
「私は君をーーーー」
勇者は崩れていく装備の中呟いた。
「エリィ、知ってるよ」
そして勇者以外の仲間がいなくなった。
ノエルの背後から紅の死が、麗しい闇の乙女の背後から伸びた禍々しい恐怖より迫った。
世界の声は言う。
勇者の残り体力30%なので確実に狩れます。
肉弾戦は一撃でやられます。このスキルで押し切ってください。
「ああ、ステータスはないが絶対的なスキルがあるとはずるいこった。まあ1回限りの理不尽だ、味わいな」
悪役らしく勝利を確信して微笑む。
「ナガレ。お互いに面倒な役割だね」
勇者ノエルの体力20%、
15、
10、
「面倒事は早く終えたいんだ」
5、
「そうだね」
1%、
「行くよ」
来ます。彗星級スキルの上、神域の創星級必殺技。
一瞬で周囲が光りに包まれた。
【絶技・天星回帰】
体力が一定以下で使用可能。周囲全ての対象の行動をキャンセルし、対象及び物質の体力と耐久を自身の体力と同じ値にする。
「ーーーーなっ」
【邪神竜の吐息】のキャンセルを確認。説明します。この世界の人は役割を決定づけるスキル以外に、経験や伝授で覚える技を持っています。剣技、魔法、強化といった彼らの経験値が作り出す奥義。この度勇者が放ったのは敵味方を問わず巻き込む至高の一撃。
「レベル1の俺ができる対抗技はーーーー」
経験値なし、かみつくぐらいです、てへ。各技の呼称は地域もよって違いもありますが、勇者ノエルなど武人が使う技の代表的な威力表示としては、下級、中級、上級、彗星級、創星級に分類されます。基本的に彗星級以上しか名乗りませんが。
「チュートリアル損だよっ!」
床が崩れ始めたっ、くそ。
魔王城の耐久が1%になっています。踏むだけで崩れます。さあ、チュートリアルももう少しで終わるかもです。
くそ案内役め。
「無茶苦茶だなっ」
「君こそ。さらにっ!」
来ます、本命のEXスキル。
【EXスキル・永久の楽園】
別空間に対象と自分を飛ばし、強化、空間影響を無効化。空間外からの支援不可。
自身をスキルの効果を上げる。
なんて、
【邪神竜の威圧】の無効化を確認。
なんて綺麗なんだ。
飛ばされた空間は墓場というのに戦闘を忘れさせるほど綺麗な場所であった。
青い空、素朴な街並み、揺れる黄金の麦穂、冷たい川のせせらぎーーーー
「これは僕の故郷の景色。それを再現した僕だけの楽園。家族といた些細な幸福な記憶。姉さんやっと帰ってきたよ、もう地上にない僕の故郷に。
そして君に放つはーーーー僕が最初に覚えた技」
勇者に一瞬で間合いに踏み込まれていた。
【星天剣】
ナガレさま回避をーーーー。
ああ、今度はちゃんと死んだよ。
でも大丈夫か。家族を泣かせることはない。あの馬鹿が俺を演じてくれる。なら死ぬ前に走馬灯で見る家族も悪くない。さあ、今度こそ忘れ去られよう。
死が、
死がーーーーこない。
「えい」
「いたっ」
目を開くと勇者に聖剣で小突かれていた。
「やっと捕らえたーーーー世界の声。
聖剣も砕けた、始めよう」
ノエルが砕けていく聖剣と神聖装備に目もくれず、俺に微笑んだ。
「君の物語をーーーー」