4 魔王城で勇者一行が分断されるお約束です
勇者の見た目は13、4歳ほどの青年だ。
金髪とエメラルドの瞳。顔に幼さが残っているが知性と気品を感じる顔立ちをしていた。
「君は何者だい?」
突然話しかけられたため「俺はしがない大学生黒埼永礼だ。ひょんなことからここにいる」と答えてしまった。
馬鹿か俺はっ。
「学生? なるほど確かに魔王城には優秀な人材を幽閉していたね」
「そ、そうなんだ」
そうだそうなんだよ。
「ーーーー入口までエスコートしようか?」
「だっ大丈夫だ。集合場所があるんだ」
「ふーん」
勇者ノエルは疑っていた。ですよねー。
「なら一緒に行こう。途中まで護衛するよ。君と行く道は一緒そうだし」
爽やか笑顔で監視宣言された。
うーん、やばい。
迷宮のような魔王城の巨大通路とクモの巣のように連なる連絡通知を走りながら思う。勇者って滅茶苦茶強い。何よりこいつめっちゃ良いやつだ。
「手を伸ばして」
「ありがとう」
ノエルはひょいっと小さい体に隠した怪力で俺を持ち上げた。大の男をいとも簡単にーーーー背中に背負っているでかい剣振り回せるんだから当たり前か。
「レベル1じゃあ魔王城の尖兵やゴーレムに一撃でやられるよ」
「まあ、なんとかなるかなーって」
「そんな目立つ格好ーー神聖属性の服、か」
「ーーーーまあ色々と」
「色々とね」
勇者の背後にワイバーンが飛んできた。
「危ないっ!」
【星天剣】
勇者の一言でワイバーンの首が肉体と別離した。
星天剣。耐性無視でダメージを与える勇者の十八番です。使い勝手以上に技の発動速度とコスパの良さがあります。
世界の声さんっ、俺大ピンチでは?
はい、そうですね。最強勇者に監視されて。
もう、いい性格しているシステムボイスめ。
「ケガはない?」
「いや、こっちのセリフ」
爽やか年下イケメンに自分心配をしろと年上のツッコミ。
「ははっ。面白い性格しているって言われない?」
「そうかな?」
「役割に必要のない余白を感じられる」
「ーーーー」
この世界の特徴なのかな。
役割とイベントに捕らわれて自由がない、とか。
ノエルは剣についた血を振り払うと「早く仲間と合流しなくちゃ」と先に行こうと言う。
「分断されているんだったね」
「この先が合流ポイントだ」
俺はマップを確認して走り出した。勇者に警戒せず先に行くと首元に冷たい悪寒が走り止まった。
「ーーーー」
ナガレさま、背後からの寸止めです。
わかってるよ。
「ーーーー君は死んだよ。本当はね、分断されたって嘘なんだ。僕が意図して分断した。魔王にあとに出てくる邪竜を、女神と引き分けるイベント後に仕留めておこうと思ってね」
はあ、無理か。
俺は両手を上げて振り返った。勇者は真っすぐにこちらを見ていた。
【EXスキル・真眼】
幻術、弱点、虚言などを見破り真実を見通す目です。
嘘は。
不可能です。
「ーーーー勇者に軍配か」
「一応歴代最強とも言われてますので。邪竜改邪神竜、麗しいお姉さんの姿で逃げられるとでも?」
「ーーーーはっ?」
俺は思考を停止した。
「神聖属性の服を着ていれば連合の捕虜として間違えるとでも。僕の目を侮らないで」
お姉さん?
いやいや俺男だし。
胸筋、いや立派なーーーー柔らけえ、じゃねえ。なんだこの罪悪感は。そうだよな、きれいな手足。紫色の長髪、そしてーーーーそして。
ないですよ。
グッバイマイボーイ。
世界の声さん、変身って男になれないの?
永礼さまは女性設定で決まっており、幻覚で偽ることはできても竜人変化以外習得不可です。竜の姿か、そのどこか影のある色白の魅力的なお嬢様か。
なぜ。なぜだっ。
【それが貴方がイメージした堕天だから】
「世界の声かーーーー」
ノエルが呟いた。直接話しているらしい。
「⋯⋯⋯⋯俺は」
「俺は?」
ノエルは首を傾げた。
「男だああああっ!! 死ね創造神っ!!」
「ーーーーーーーー」
ノエルが呆れた顔になった。
俺はその場であぐらをかいて座った。
「イベントこなすの馬鹿らしくなった」
「⋯⋯話を聞こうか? とりあえず飲む?」
ノエルは貴重な飲み物を差し出してくれた。
「ノエル。話そう。この度の現状を」
俺の気迫に押されたのか、ノエルは剣をしまい目の前に座った。
俺はノエルに嘘偽りなく話した。
ハデスに助けられたこと。役割を押し付けられたこと。クラスチェンジで逃げ切っただけのこと。そしてしがない男子学生が世界から辱めを受けていること。
ノエルが子供のように無邪気に腹を抱えていた。
「くっだ、ら、ないっ」
「ノエル笑うな」
「だって」「だってじゃない」
お兄さんの現状を考えなさい。
「ハデスのやつ異世界で使命のない時間を望んだ。でもさ、永礼ってとんだとばっちりだね。これから僕に負けるっていうのに」
ノエルは泣くまで笑って袖で拭っていた。
「ノエルはそんなに強いのか?」
「魔王を単独でやれる程度には」
「ーーーーすごっ」
俺の反応を小馬鹿にした中学生のような顔で笑い続けた。
「永礼、この世界の役割とイベントは理解した?」
「なんとなく。なんだか俺の世界と違いでやることと結末が決まっているらしい」
「間違ってはいない。正確にはスキルなどの天性によって役割やジョブが決まり、使命すなわちイベントを全うする。ただ舞台であるイベントには複数の可能性が用意されており、創造神はどちらに転ぼうと気には止めず新たなイベントを始める」
「例えば魔王が勝つ可能性は?」
「ーーーーあるよ。例え邪神竜と女神が婚姻して和解する可能性も、勇者と魔王でも」
えっ、やだ。
どこかで女神がくしゃみをした気がした。
「いや、あの暴力女は無理だ。それと物語的には勇者と魔王は死力を尽くして戦ったほうがいいぞ」
「ーーーーははははっ、邪神竜に断られるとは今後もイベントは続くかな。まあ、安心して。魔王が最強の宿敵だ。故に倒す」
「うん」
俺は勇者ノエルという小さな男の真っ直ぐな目を見た。ヒーローになりたい、アニメや小説に出てくるような、でも君はヒーローだ。
「すごいな。ノエルは」
「何、当たり前ですよ」
できるやつの決め台詞。羨ましいよ。
「ーーーーで、永礼はどうするんだい?」
「⋯⋯とりあえずこの世界に来たばっかりだ。わからないなりにイベントを進めてみる。魔王に呼ばれていてな。うまく生きていたら、そうだな、この世界を旅するか、元の世界に戻るか、このふざけた設定をした創造神を殴りに行くか」
ノエルは目を見開いたあと「いいね。君の世界の考え方は」と答えた。
「そうか? 大変だぞ。俺なんてこれから就職先を探す予定だったんだ」
「生きる理由が決まっているのは楽ですが、楽じゃないんですよ」
ノエルはどこか遠くを見ていた。
「ないものねだり、だな」
「ーーーーはい」
ノエルという少年を垣間見た気がした。
永礼さま。魔王より催促の連絡が来ています。
「悪い、呼ばれた。それとも今やるかい?」
「ーーーーいえ。それよりもまた話してみたくなりました。もし僕の一太刀を浴びて生きていたらぜひ」
「レベル1で頑張ってみるよ」
俺はノエルに差し出された右手に応えた。
ゲームのようなフレンド申請が来た。邪神竜の初めての友人が勇者とは面白い。
「永礼。この世界の先輩として一言、
世界の声には気をつけて」
世界の声は反論すらしなかった。