赤いゆりかご
森の奥、誰も近づかない古い館に、ひとりの幼児が住んでいた。
彼の名はノア。
銀色の髪、琥珀の瞳。年は四つ。
使用人も家族もいない館で、ノアは赤ん坊の面倒を見ていた。
その赤ん坊はミレイユという。
黒い髪に、夜の湖のような瞳をしていた。ノアが見つけたとき、彼女は館の前のゆりかごに入って泣いていた。
ノアはミレイユを「およめさん」と呼び、大事に育てた。
泣けばおしゃぶりを口に運び、夜泣きには抱いてあやした。
絵本を読んで、おもちゃを作って、ごはんを食べ、ミレイユにはミルクをあげた。
だが、奇妙なことがひとつあった。
ミレイユはまったく成長しなかった。
どれだけ月日が過ぎても、赤ん坊の姿のまま。
ノアが五つになっても、六つになっても、ミレイユはいつまでも、赤いゆりかごの中のままだった。
館のまわりには花が咲き、季節が巡っているのに。
ミレイユの時間だけが止まっていた。
ある日、ノアはふと外の世界に興味を持った。
ミレイユに言った。
「ぼく、大きくなったら騎士さまになって、ミレイユをおひめさまにするんだ」
だが、ミレイユは泣いた。
言葉も話せぬはずの彼女が、かすれた声で言った。
「ノア……いかないで……」
ノアはその夜、夢を見た。
夢の中で、自分は年老いていた。
白髪になった髪をなでながら、赤いゆりかごを揺らしていた。
ゆりかごの中には、ミレイユがいた。
あの日とまったく同じ赤ちゃんの姿で、笑っていた。
そして、ノアが死ぬとき、ミレイユは──にったりと笑って、言った。
「これで、やっと一緒だね」
──目を覚ましたノアは、館から逃げようと決意した。
彼はミレイユを抱いて森を駆けた。
だが、森の奥に出ることはできなかった。
木々は絡まり、道はどこにも繋がっていない。
逃げられない。
ミレイユの声が脳内に響く。
『ノアはわたしのもの。だから成長しちゃだめ。外に出ちゃだめ。いっしょに、ここでずっと、遊んでて』
ノアの手足が冷たくなっていく。
視界が少しずつ狭まり──
ノアは、赤ん坊に還った。
ミレイユの望んだ通りに。
ミレイユが、この館で死んだ赤子だったことに、ノアはそのとき気づいた。
ノアは最後の言葉を紡ぐ。
「ミレイユ……ごめんね……きみを外に出してあげたかった……」
その夜、館には新しい赤いゆりかごがもうひとつ増えた。
今も館では、二つのゆりかごが仲良く揺れている。
赤ん坊の、くすくすという笑い声が、時折、森に響く。
お読みくださりありがとうございました。
★★★★★評価を本当にありがとうございます♪
↓ちょっと不思議なお話、こちらもよろしくお願いします!↓
神々の振る舞いー創世の使者は天眼鳥ー
https://ncode.syosetu.com/n4712ha/
(下のリンクから飛べます♪)