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「ロッドにーたん、ありがとうごじゃいましゅ。ルーナしゃんも朝早くからありがとうごじゃいますと伝えてくだしゃい」
私がのんびり寝ている間に、ルーナちゃんはたくさんの実をとってきてくれた。それをロッドさんが時間をかけて煮てくれたってことだよね。
私のために。
ぺこりと頭を下げると、サーベルフェンリルが、大きな頭を私の顔に寄せて、べろりとほっぺをなめた。
「こらこら、口の周りを人間はなめて綺麗にしないんだ、ちゃんと覚えておけよ」
ロッドさんが布を取り出して私の口周りやほっぺをふいてくれた。
布が赤く染まっていく。
おや、私、そんなにジャムを口の周りにつけてましたか?……幼女なので、仕方がない。
口の周りについたジャムをサーベルフェンリルは綺麗にしてくれようとしたのか。
「ありがとごじゃいましゅ!」
椅子から飛び降りると、ぺこりと頭を下げた。
よし、この流れで……。
「お世話になりまちた。お礼に、剣を磨きまちゅ」
すてててと、壁に立てかけてあった剣に向かってダッシュ。床のでっぱりで転んでごろんごろんと2回転して壁に激突。
大丈夫、ミチェは頑丈だから、痛くないよ。
激突した拍子に、壁に立てかけてあった剣が倒れてきて、下敷きになった。
剣だ、わーい。
剣を抱きかかえようと思ったら、あっという間にサーベルフェンリルが私の上に乗っかった剣を前足で弾き飛ばした。
「ふええ……」
思わず涙がにじむ。
剣、私の剣!……あ、私のじゃないけど……。
「ああ、すまん、俺が悪かったな、そんなところに置きっぱなしにして。怪我はないか?」
ロッドさんが私を抱っこしてよしよしと背中をさすってくれた。
「怪我ない……お礼、しゅる……働かざるものくうべかりゃじゅ……」
ロッドさんがふぅと溜息をついた。
「こんな小さいのに、働けなんて言うもんか……お前の親は」
あ、そうだ!
親!
「おうち、帰るっ、ミチェ、おうちに帰るっ!」
ついつい、モフモフとジャムと剣につられて忘れそうになっていたけど、家に帰らないと。
じたばたと手足を動かして抱っこから逃れる。
それからドアに向かって走っていく。またまた転びそうになったところを、サーベルフェンリルに服をくわえられて床との激突を免れる。
……あのね、私がドジっ子じゃないのよ。
幼児はよく転ぶの。そういう生き物なの。普通よ、普通。
ただ、私の場合は痛みによって学習するということがすっぽり抜けているから困ったものだけど。大丈夫、もうちょっと成長すればそこまで転ばなくなるはず。
……って、私、また手足ぷらーんとなって、サーベルフェンリルにくわえられている。脱力。
やっぱり私は逃げられないのだろうか。家に帰れない?
ペットにされるのだとしても、朝早くから私が喜ぶだろうと木の実をとってきたりジャムを作ったりと……自分の食費を削ってお高い缶詰の餌を買うみたいな溺愛された猫のような待遇で……大事にはされそうだけど。
「落ち着け。まずはミチェ、家はどこにあるか、分かるか?」
へ?
「うんと……」
分からない。だって、幼児って自分の家の住所とか知らないよね。家族の会話で出てこないよね。
「村の名前かなにか分からないか?……えーっと、〇〇村のミチェのような言われ方をしたことは?」
ないな。
「名前は?ミチェがすべてか?家名があったりしないか?」
……あるかもしれないけど知らないよ。田中一郎です!とか名前を言う練習をしない限りイチロー君とかイっちゃんとか呼ばれてるだけでしょ。幼児って。