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ああ、だめだ。これ、低血糖じゃない?幼児なんて半日食べないだけで低血糖で倒れると聞いたことがある……。
お兄ちゃんが慌てて私を椅子の上に座らせ、壁際の物入れの引き出しから何か取り出して私に差し出した。
「ご飯……の前に、これ飲んめ。解毒剤で毒は消したが体力が奪われてるだろう」
ぼーっとしてきた頭で、何も考えずに言うことに従う。
目の前に差し出された小瓶を受け取り、蓋を……蓋、あかない。
「蓋も開けられないなんて、やっぱり赤ちゃんじゃんっ」
子供の声がする。ルーナだっけ?
「そうじゃないよ。人間は赤ちゃんじゃなくても力が弱いんだ」
お兄ちゃんが蓋を開けてくれた。
「ありがと」
条件反射で奴隷にしようとする人間にまでお礼を言ってしまった。……このまま奴隷にされたら、私はお兄ちゃんのことを「ご主人様」とか呼ばなければならないんだろうか?
うへー、やだやだ~!
どうせなら鍛冶師のところに売ってくれ!奴隷になるなら、鍛冶師の奴隷になる!
ごくごく。
「ぷはーっ!」
なんじゃこりゃ、うまいぞ!
「おかわり」
お兄ちゃんに空になった瓶を差し出すと、にこりと笑って、頭をぐりぐりと撫でられた。
「美味しかったか?だけど、これはおかわりできないんだ。ポーションはジュースじゃないからな」
「ポーチョンッ!」
人生、初ポーション!……ではないかもしれないけど……。風邪ひいたりしたときにはスプーンで何か飲まされてた。あれ、薬でなくポーションだった可能性もある。でもそれはノーカウント。
始めてポーション見た!瓶に入ってるの見た!そしてそれを、飲んだ!しまった、もっと味わえばよかった!
伸ばした手を引っ込め、瓶を観察。
それから、もう一度瓶を口に当てて上に向ける。
うお、あと1滴、1滴でも、味わうのだ。
うん、これ、あれだ。濃厚な桃のジュースみたいな香りがする。さらりとした液体。味は桃にリンゴを混ぜたみたいな……。幼児の口にはとても美味。大人の口なら、お酒で割ってカクテルにしたい味だ。
「あはは、気に入ったみたいだな。だけど、薬みたいなもんだからな、飲みすぎると体に悪い」
もう一度、お兄ちゃんは笑って私の頭を撫でた。
黒く少し襟足の長い髪。片目が薄茶で、もう片目は長い前髪で隠れて見えない。
目鼻立ちは……まーまーイケメン。いや、顔が半分見えないからね。そして、まとう空気は、面倒見がいいお兄ちゃん。
いや、実際、ルーナちゃんの面倒を見ているお兄ちゃん。
「ほら、こんなもんしかないけどな」
私が観察している間に、お兄ちゃんは暖炉に火を入れ、吊り下げた鍋をかきまぜていた。
薄く切ったパンに、野菜がたっぷりのスープが出された。
「自分で食べられるか?」
お兄ちゃんが、スプーンでスープをすくいあげ私の口に運ぶ。
まてまてまて!ミチェは赤ちゃんじゃないぞよ。
「ミチェ、自分でたべられりゅ!」
スプーンに手を伸ばす。
「そうか、偉いぞ!ミチェ!」
しまった!名前を名乗ってしまった。従属契約とか名前を知られるとまずいのでは?
ニコニコと笑って褒めてくれるお兄ちゃん。
「ミチェ、偉い!」
ふんすっ。と鼻息を出し、スプーンでスープをすくって口に運ぶ。
こぼれないように、慎重に。ふーふーしてさましてから。
ぱくん。
「おいち」
空腹は何よりの調味料というけど、お腹がすいてるからおいしいを差し引いても、たくさんの野菜がくたくたに煮込まれたスープは美味しい。
野菜嫌いだけど、くたくたになったスープの味の染みた野菜は好き。
「そうか、そうか、おいしいか」
お兄ちゃんがニコニコして私が食べているのを見ている。
うん、この顔、猫を見る目と同じだ。やはり、私はペット。そして、かわいいは正義なペット。
このままかわいいを貫けば、もしかしたら大事にしてもらえる。従属契約さえされなければ、様子を見て、力をため、計画を練って逃げればいいのでは?
よし。私天才。そりゃ、見た目は幼女、頭脳は刀剣女子(いい大人)。
ご覧いただきありがとうございます。
ミチェの物語も10話目まで来ました。
おどろくことに、全然話が進まないw
書いてて楽しいんですけど、幼女の行動力低すぎて話が進まず……。
このままのんびりお付き合いいただけると嬉しいです!