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第11話 薔薇の再会

 聖都には、大陸一の蔵書を誇る大図書館がある。

 聖書、哲学、古典文学、自然科学……五百年をかけて収集された書は、十万冊を超えるという。

 同じ重さの金よりも価値がある書とて、珍しくはない。


 アルヴィンは禁書庫の鍵の手がかりを求めて、大図書館に足を運んでいた。


 午前の早い時間だからだろう、人影はまばらだ。

 人の背丈よりもずっと高い書架が、整然と列をなしている。

 館内はインクとカビ臭さが混ざったような、独特な空気に満ちていた。


 彼がまとっているのは、着慣れた黒の祭服だ。

 仮面もつけてはいない。

 あの格好は威圧的で、目立ちすぎる。それに血で汚れた祭服を着るわけにもいかなかった。 

 そして傍らに、教え子の姿はない。


 ベネットには、謹慎を命じた。

 厳しすぎただろうか……そんな思いが頭をよぎる。

 そもそもアルヴィンとて、見習い時代から相当な数のルールを破ってきた自覚がある。


 彼女とも、取引をした。


 清廉潔白だとはとても言えた身ではないし、ベネットに罰を与える資格すらないかもしれない。

 それに……アルヴィンの肩の傷と、心は痛む。

 昨夜教え子に向けた感情は、嫉妬、と呼ぶべき物だった。


 もし彼女が道を踏み外したのなら、止めるのは自分しかいない、そんな自惚れがあった。

 それを、教え子に横から攫われそうになった。

 焦りと苛立ちを、ぶつけてしまったことは否定できなかった。


「適性がないのは、僕の方かもしれないな」


 自嘲気味に、小さく呟く。

 この件が片付いたら、やはり指導官は辞すべきなのだろう。

 アルヴィンの悩みは深い。


 その深さが、猛迫する影に気づくのを遅れさせた。


「アールーヴィーンーーーーー!!!」


 図書館の静寂が、突如として破られた。

 何者かに体当たりされ、アルヴィンは不覚にも転倒する。

 まったくの不意打ちだった。

 後頭部を痛打するのは、かろうじて避ける。


 ──魔女か、それとも処刑人の襲撃か。


 咄嗟に反撃に移ろうとして、アルヴィンは凍りついた。

 仰向けに倒れた彼の腹部に抱きつくようにして……目を輝かせた女がいたのだ。

 黄色い声が上がった。


「アルヴィン! 夢みたい! 本当に来てくれたのね!!」


 さらさらとした、絹糸のような銀髪が肩から落ちた。 

 けぶるように長いまつげの下にある瞳は、翡翠のような神秘的な色をたたえている。

 年齢はアルヴィンと同い年ぐらいだ。


 エレガントな雰囲気の、紺色のワンピースを着ている。立ち襟のデザインで、胸元にはプリーツとレースの刺繍が装飾されていた。

 大図書館の司書、なのだろうか。


 文句なしに美人の部類に入ると言ってもいい。

 だが……まったく記憶にない。 

 内心どぎまぎしながら、アルヴィンは尋ねる。


「──し、失礼、君は一体……?」

「ボクだよっ!」


 勢いよく女は叫ぶ。

 アルヴィンは困惑を深めた。

 神に誓って、初対面である。


 きっとアルヴィンという、よく似た同名の人間がいるのだ。

 それしか考えられない。


「僕たちは、その……初対面かと思いますが?」

「酷い! あの夜のことを忘れたって言うのっ!? 遊びだったんだね!」 


 目鼻立ちのはっきりとした美麗な顔が、ずい、っと目の前まで近づいて、アルヴィンは声を上ずらせる。


「あ、あの夜とは!?」

「プロムナードだよっ!」

「プ……プロっ……!?」


 アルヴィンの表情が、驚愕でひきつった。

 聖夜の悪夢が甦った。

 黒歴史が脳裏に再生され、動悸と冷や汗に襲われる。


 プロムナードとは……学院時代、諸事情により女装して出場したダンスパーティーである。

 ティタニアという、名誉な称号までいただいた。


 その時のパートナーは……そこまで思い出して、目の前にいる美女の声に、聞き覚えがあることに気づく。

 過去と現在が、一本の糸で繋がった。


「も、もしかして……フ、フェリックスなのか!?」

「やっと思い出してくれたね、アルヴィン!」


 美女がウインクをして見せる。 

 思わぬ悪夢との邂逅に、アルヴィンは叫ばずにはいられない。


「どうして! 君がっ! ここに! いるっ!?」

「職場だからだけど。おかしい?」


 当然でしょ、と言わんばかりにフェリックスは答える。

 そして胸元につけた名札を見せた。


「ボクは古言語学担当のキュレーター(※)、フェリシア女史なんだよ」

「女史……」


 見た目だけではなく、社会的にも女になっている……


 熱い視線を注いでくる美人を前にして、暗澹たる気持ちに陥る。

 運命の悪戯に呻くしかない。


 この再会が思わぬ福音をもたらすことを……アルヴィンはまだ、気づいてはいない。





※博物館や美術館で資料の収集・調査研究に携わる専門職員のこと。


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