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第45話 生と死の境界で 2

「クリスティー!」


 弾かれるようにして、少女は幼さの残る顔を上げた。

 そこは見覚えのある部屋だった。聖都の隠れ家にある、子供部屋だ。

 状況がうまく呑み込めず、ぼんやりとした頭で周囲を見回す。


 目の前に、母が立っている。

 絹糸のように艶やかな白髪は……だが今は、赤く染め上げられていた。

 慣れ親しんだ家を焦がす、炎によって。

 毛嫌いしていた魔道書も、宝物だった人形も、無慈悲な紅蓮の舌に、チロチロとなぶられている。

 松明を手にした仮面の男達が屋敷を取り囲んでいた。逃げ場は、ない。


 ──これは、過去の記憶だ。


 少女は、はたと気づいた。

 自分は今……あの日の、記憶の中にいる。

 ハッとして、子供部屋の扉を見る。心の奥底から、恐怖心が湧き上がった。

 奴が、もうすぐ来てしまう── 


 祭服を着た男が、部屋に飛び込んだのはその時だ。手には拳銃が握られている。

 ──審問官!?

 思わず悲鳴を上げかけ……少女は、ぎりぎりのところでこらえた。

 その黒髪の男は、敵ではない。


「同志に、内通者がいたようだ」


 部屋に入るや、男は忌まわしげに吐き捨てた。

 頭から出血し、祭服はボロボロだ。外で激しい戦いがあったに違いない。


 母が、その男がナカマであると話していたことを思い出す。それがどんな関係性であるのかは……よく理解できない。

 だが母が、その男に信頼を寄せていることだけは確かだった。


「私が時間を稼ぐ。君らは逃げろ」


 男は拳銃から空薬莢を抜くと、新たな銃弾を装填する。


「アーロン、一緒に戦うわ」

「わたしもっ!」


 少女は勇ましく宣言したが、母からじっと見つめ返されただけだった。答えが否、であることは明らかだ。

 白髪の魔女は、ワードローブの前に立った。


 重厚なオーク材でできたそれは、人の背丈ほどの高さがある。

 アイボリーに塗装された扉を開けると、ぎっしりと洋服が吊されていた。

 扉を閉じ、手をかざす。

 鈴を鳴らしたような、澄んだ声が響いた。


「結べ」


 もう一度開いた時、洋服は跡形もない。

 それどころか、ワードローブは見たこともない部屋へと繋がっていた。薄暗い……雑貨屋の、店内のように見える。

 陳腐な手品などではない。

 ──空間を結び合わせる、恐ろしく高度な魔法だ。


「クリスティー、あなたは逃げなさい」

「お母様も一緒に!」


 母を置いて一人で逃げるなど、断固として受け入れられない。

 いや……心中で少女は焦りを募らせた。それよりも、すぐに警告しなくてはならないことがある。

 だが、意識は清明であるのに、その言葉が口から出せない。


「駄目よ。奴らの狙いは私だもの」

「嫌ですっ!」


 腕を掴み、強く引く。

 時間がない。奴が来てしまう──!


「──■%$●#&で待っているわ」


 突然響いた破裂音が声をかき消し、少女を絶望の淵に追いやった。

 母の背中越しに、黒髪の審問官が床に崩れ落ちるのが見えた。みるみるうちに、赤い色が床を浸食して行く。

 間に合わなかった……


「行きなさいっ!」


 母が腕を振りほどき、ワードローブの中へと押しやった。

 部屋の入り口に、硝煙を吐く拳銃を手にした審問官が立っていた。虚ろな顔をした男と、一瞬だけ目が合う。

 それが誰なのか、今なら分かる。


 ──上級審問官、ベラナだ。



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